第3話 這いよる恐怖

 今日の訓練を迎えるにあたり三人で相談した結果、狙いは薬草の採取に絞られている。


 理由の一つは、この森が豊富な種類の薬草の生息地である事。

 もう一つは、自分達の魔法の技量では、獲物を狩る事は出来ても素材を傷めずに仕留める事が難しい事。

 更にもう一つ、制限時間がある為、見つけてしまえば逃げられる心配のない薬草の方が、確実だからである。


「離れすぎないように気を付けて、正午に集合な」


 リーバスの言葉にナズナとメグが頷き、薬草探しが始まった。

 左右に顔を振って視線を這わせ、時に草木を掻き分け覗き込む。

 そんなナズナを眺めるギンタは、後ろから鼓舞するように鳴き声を上げている。

 端から見る分には、なんとも微笑ましい光景だ。


「ぐぇええ(おい、腹が減ったぞ、メシよこせ)」


「なにー? もしかしてギンタもやる気満々なの?」


「ぐぇえええ(阿保か、メシだ。さっさとメシをよこしやがれ)」


「わかった、わかった。頑張って探そうね」


 薬草探しに没頭しているナズナは、ギンタを顧みることなくそう返した。

 その内容は、明後日の方向にズレまくりなのだが、今のナズナにはそこに意識をさく余裕はない。

 文字通り、開いた口が塞がらないといった有様で立ち尽くすギンタ。

 事実は小説よりも悲なり、だったりする。

 

 

 あっと言う間に正午を迎え、集まった三人は収穫物を持ち寄っていた。

 メグとリーバスは、ナズナの前に並ぶそれらを無言で見つめている。

 どうにもバツが悪そうなナズナが、取って付けたように薬草の分類を始めた。


「それじゃ、まずはメグさんのから……えーっと、これはまた、見事なまでに毒草ばかりですね。これはこれで需要がある、とは思いますけど……」


 メグの反応をうかがうように視線を向けたナズナは、頭に浮かんだ疑問をわちゃわちゃと掻き消した。

 いくらなんでもそれはないだろう。うん、飛躍させすぎ――ナズナが胸中で反省していると


「お前、誰に使うつもりなんだよ」


 リーバスがずばり口にした。

 真っすぐな物言いは彼らしいと言えばらしいのだけど、もうちょっと何とかならないのだろうか、この幼馴染みは。

 ナズナは心の中で、溜息混じりにくすりと笑う。

 

「偶然に決まっているでしょ。それとも何? あんたに使ってほしいの? それで、――とりあえずリーバス、あんたはそれっぽっちなの?」


「ばかばかしい」と言わんばかりの呆れ顔を作ったメグが、ちらりとナズナの前に並ぶ品に目を向けたのだが、避けるように後回しにして鉾先をリーバスに向けた。

 

「悪いな、傷薬になる薬草があっただけで俺はこんだけだ。それでだ、ナズナ、お前のそれは?」


「えーっと、落ちていたと言うか、置いてあったと言うか……」


「何それ? どういう事なのよ?」


「ボクにもわからないんだよね、あはは……」


 メグに小首を傾げられても笑うしかないといった様子のナズナ。その前には薬草の山の他に、二羽のウサギが横たわっていた。


「その召喚獣が獲ったのか?」


 手に取ったウサギを調べ、ギンタに視線を向けてリーバスが言った。

 三人の視線を集めるギンタは、退屈そうに欠伸をしている。


「そう……なのかな? 薬草を探している時に音がしたと思ったら、ギンタの前にウサギが落ちていたんだよ」


「一度に二羽も? ……とにかく血抜きしとくか。俺がやっとくから、二人は先に昼飯食っとけよ」


「ありがと、そうさせてもらうね。ギンタ、お昼だよ。あ、ウサギはあげられないからね」


(阿呆、それは森の獣どもからオレ様への献上品だ。生肉などお前らにくれてやる。メシを早くよこせ)


「今日は約束通り、奮発して【霜降り一番亭のローストビーフ】だよ。よく噛んで、味わって食べてね」


(やっとか、どれどれ。ん、んっめぇぇえええ! なんだこれ、今まで食った中で一番旨いぞ! 噛むほどに口に広がる肉汁と旨味。この食感は、火の通し加減か? 炙ってあるのに柔らかい。かかっているソースとかいうのがまた絶妙で、こいつの旨さを一段昇華させてやがる。まったく、人間は愚かだが、食への欲望だけは褒めてやっても良いな)


 パクリと頬張ったギンタは夢中で咀嚼している。

 その様子を微笑ましく眺めながら、メグと並んで座ったナズナもローストビーフサンドをついばむように食べ始めた。

 昼食を済ませた後、三人は休憩がてら、これからの行動を話し合った。


「午前中に採れた薬草とうさぎを合わせれば、ある程度の査定額にはなると思う。せっかくだから、もう少し欲しいところだな」


「何言っているのよ、リーバス。 全然、足りないわ。マルコムたちに完膚かんぷなきまでに敗北の二文字を刻むには、ぜんっぜん、足りない。リストには高価な薬草も載っているから、探せばある筈でしょ?」


「えっと、刻むうんぬんは置いといてですね、メグさん」


 いつも以上に頬を赤くして息巻くメグに、ナズナが遠慮がちに声を掛けた。


「な、なに? どうしたのよ?」


「この森には自生していない筈の薬草もリストに載っていましたよ」


「えっ、ほんと!?」


「そうなのか? ナズナ」


「うん、だからそれに絞って探すと時間の無駄になっちゃう。幾つか不自然な物がリストにあったから、先生たちからのトラップみたいなものかな。でも魔力草のツキミソウなら、この森にも自生している筈だよ」


「それで良いんじゃない? 戻るのに一時間として、残り時間でそのツキミソウってのを探しましょうよ」


「ただ、魔力草はその魔力を感知できれば見つけられるんですけど、ツキミソウは昼間はほとんど魔力を外に漏らさない特殊な魔力草なんです。今の時間だと、蕾を葉っぱで包んで隠しているから、見ればわかると思うんですけど」


 再びメグの気勢を削ぐ事になったナズナが、申し訳なさそうに付け加えた。


「どのみち俺たちには、そんな高度な感知能力なんて無いしな。見つけられたら儲けもの、ってくらいで良いんじゃないか?」


「うん……そうだねリーバス。ボクもそう思う」


「仕方ないわね。でも私は見つけてみせるわ。マルコムたちには絶対に負けない。ふふっ、ふふふ――必ず吠え面をかかせてやるわ」


「メグ、こえーよ。ほんとに毒草使わないよな?」


 それぞれの思惑を胸に、ナズナたちは再び手分けして薬草探しに取り掛かった。


「ない、ないなぁ、ツキミソウ。リーバスやメグさんの為になんとか見つけたいのに。もう残り時間も少なくなってきちゃった。お願い、ギンタも探して」


(知ったことか。メシさえ食ってしまえば、もうお前は用済みだ。オレ様にはやる事があるのだ)


 ギンタは行動を開始した。

 ナズナの近くでキョロキョロしていたかと思うと、突然、テテテテテッと駆け出し草陰に姿を消す。そうして、しばらくすると戻ってくるという奇妙な行動を繰り返していた。


(召喚されてからというもの、どういう訳か大気中の魔素を取り込めない。そうなると唯一の魔力源があのガキだというのに……魔力量がショボ過ぎてまるで話にならん。おかげでオレ様は常に枯渇状態で――っと、あっちに群生しているな)


 不用意に駆けだしたギンタを密かにつける者がいた。不幸な事に、何かに気を取られているギンタは気付けなかった。


(うまい具合に、この森には魔力を蓄えた野草が生えてやがる。微々たるものだが、今はこいつを食って少しでも魔力を貯め込むしかない。それにしても不味い魔力だ。このオレ様にこんな苦労をさせやがって、あのガキが死んだら絶対に喰ってやる――殺気!?)


 ギンタが振り返るとナズナが見下ろしていた。


「ギンタ、それツキミソウ……だよね。見つけてくれたんだ。それで? ねぇ、どうして食べちゃってるのかな? ん?」


 普段であれば快活さを感じさせる瞳は細められ、口元には薄っすらと笑みが浮かべられている。

 その口から発せられた声音は不自然に抑揚を抑えられた、剣呑さをはらんだものであった。

 ギンタは、生を受けて以来初めて感じる感覚に体をブルッと震わせた。


(!!!!! こいつ、なんだこのえも言われぬ感覚……心臓をじかに鷲掴みされているようなこの圧迫感は――)


 ギンタは頬張っていたツキミソウを、恐怖というスパイスと共にゴクリと飲み込んだ。

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