第2話 実地訓練とやらが始まるらしい
なんの因果か、召喚獣として過ごす羽目になったギンタ。
今日も退屈な一日が始まろうとしていた。
ナズナが着替えやら持ち物の確認を手早く済ませていく傍らで。
薄目を開けたギンタは、ベッドの上でその様子を
「ギンタ行くよ? 今日は早く出るって言っておいたでしょ?」
いつもより早口になったナズナが、「先に出て」と促すように扉を開けて待っている。
(ああ、何やら初めての実地訓練がどうとか言っていたな。勝手に行ってこい)
目を瞑ったギンタは、見送る代わりに持ち上げたしっぽをゆらりゆらりと、左右に振ってみせた。
「もちろんキミも、ギンタも行くんだよ?」
(行く訳がないだろ、このオレ様が)
「ちなみに帰ってくるの夕方だから、お昼ご飯抜きになっちゃうけど? せっかくお昼は奮発しようと思っていたのに……仕方ない、ボクだけで堪能してくるね」
(別に飯なんぞ抜いた所でどうって事ない――ないのだが、行かない訳にはいかぬだろ? 召喚獣のオレ様が。やれやれ、召喚獣という奴はままならないものだな)
ベッドから飛び下りたギンタが、扉の隙間からスルリと抜け出た。
前を歩くギンタの踊るしっぽを眺めて、ナズナが勝ち誇った顔をしているのをギンタは知らない。
☆
街から西へ馬車で二時間ほど行くと森が広がっている。
大きな街の近くにある森の危険度はそれほど高くはない。人に危害を加える魔物が住み着かないように、普段から傭兵ギルドによって定期的な調査が行われているからだ。
その森の前に、本院生となったナズナたちが集まっている。本院生となると、段階的に外の世界での訓練が実施されるのだ。
「今日もよろしくね、リーバス」
「おう、よろしくな」
ナズナのパーティーは、男一人に女が二人。ついでに召喚獣が一匹。
その召喚獣のギンタは現在、ナズナの足元で目一杯に大きく口を開け、
ナズナにリーバスと呼ばれた短髪赤毛の少年は小さな頃からの友人で、いわゆるナズナの幼なじみというやつだ。威勢の良さが顔立ちに表れている。
「メグさんも、よろしくお願いします」
「し、仕方ないわね。パーティーを組むのだから、よろしくしてあげるわ」
ナズナよりも背が低く、肩まである茶色の髪を左右の耳の上でしっぽのように結わえている。真っ赤なほっぺが印象的な少女だ。
訓練前で緊張しているのか、落ち着かない様子でちらちらとナズナに視線を送っている。
「おいメグ、パーティーメンバーにそんな言い方はないだろ」
「なっ、なによ、別に普通でしょ!」
「まぁまぁ、ボクは気にしてないから。仲良く、ね?」
メグの態度をリーバスが注意し、ナズナがなだめる。いつもの光景だった。
パーティー単位での訓練が課されるようになると、この三人がパーティーを組むようになった。
幼なじみの二人がパーティーを組むのは当然として、あと一人をどうしようかと困っていた所に声を掛けてきたのがメグであった。
「誰も組みたがらないみたいだから、私が入ってあげてもいいわ」
これが、その時のメグの言葉。
実際、困っていた理由はメグの言葉通りで、リーバスはまだしもナズナ――落ちこぼれと役に立ちそうにない召喚獣――とパーティーを組もうと考える者はいなかった。
メンバーの力量で訓練の評価が変わる可能性を考えれば、それも仕方のない事であった。
ナズナもリーバスも、それまでメグと特に仲が良かったという訳ではない。
平民の出である二人は、男爵家の娘であるメグとは顔を合わせたら挨拶をする程度の間柄であった。
その為、突然の申し出に戸惑ったというのが本音であったのだが、ありがたく受けて無事パーティーを組む事が出来たのだった。
ちなみに、ナズナはメグを素直に良い人だと思っているが、リーバスは何か魂胆があるのではないかと勘ぐっている。
各パーティーが事前に打ち合わせをした内容を確認したり、装備類の点検を終えた頃、壮年の教師が簡易に設置された台に上がった。
「今日の訓練内容は、リストにある薬草の採取や獲物を狩ってくる事です。制限時間は午後三時まで。制限時間を越えたパーティーは評価無しとします。
評価方法は持ち帰った品の査定額ですが、そこから武器や防具の修理費といった必要経費が差し引かれます。もちろん、その査定額に応じた報酬が各パーティーには支払われますので、メンバーで協力して成果を上げて下さい。それでは、始め!」
教師の号令とともに、各パーティーが森へと分け入っていく。
「最下位になる事はないから気楽だな」
「役立たずのお荷物を抱えて、最下位が決まってるあいつらの方が気楽だろ」
「違いない、足手まといのせいで分け前まで減ってかわいそうにな」
ナズナたちの横にいたパーティーが、わざと聞こえるように悪口を残して森へと入っていった。
口にはせずとも、同調するように含み笑いをしていた他のパーティーも似たようなものだろう。
「マルコムたちの野郎、何かにつけて絡んできやがって。家が貴族だからって、エリート気取りが鼻につくんだよ。ナズナ、気にすんなよ」
「わかってるよ、リーバス」
「あなたたち、さっさと行くわよ!」
パーティーの先頭をきって森に入ろうとするメグ。
その足取りは小柄な体格には似合わない、ズン、ズンといった大地を踏みしめる勢いのものであった。
「メグさん、あの、ごめんなさい。ボクのせいでメグさんまで……」
「そんな事で怒ってなんかいないわよ! 見てなさい、目に物見せてやるわ。大体、本当にエリートだったら第一学院に行ってるっての」
足を止めて振り返ったメグは、いつもの頬だけでなく耳の先まで真っ赤になっていた。
鼻息荒く、捲くし立てるように言いきると、再び前を向いて歩き出す。
「メグさん?」
ナズナは小首を傾げた。
同じパーティーというだけで、一括りに馬鹿にされて申し訳ない――そう考えたのだが、それを否定したメグは、それでは何に対してあれほど怒っているのだろう。
「ほら、俺らも行くぞ」
「うん。ギンタ、行くよ」
早足でメグに追いついた二人を、面倒だと言わんばかりに大あくびをしたギンタが、テテテテテッと追いかけていった。
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