咎人たちの聖戦

白騎士58

序章

第1話 ある少年の勿忘草

  血は鉄の錆びた味がする。


  血は鉄の錆びた匂いがする。


 どうしてみんなは、血の味や匂いをこう表現するのだろうか。


 鉄の錆びた匂いはいつも嗅いでいるからわかる。

 何に近いって?

 何だろう、よくわかんない。


 ただ不快で鼻につくような匂い。


 こういう言い方をするとほら見ろ、やっぱり嗅いだことないじゃないかとツッコミが入りそうだが、ごめん、それ以上の言葉が思い浮かばない。


 そこはもう僕を信じてもらうしかない。


 結論が遅くなった。

 血は鉄の錆びた匂いに近いということだ。


 問題は味だ。


 鉄など僕は食べたことない。


 みんなはどうなのだろうか。

 大人になれば食べられるようになるのかな。

 そんなことはないだろう。


 ではどうしてみんな、血は鉄の錆びた味がすると言うのだろうか。


 きっとそれは最初に言いだした人が悪いのだろう。


 その人は自分の惨めさを隠したかったのだ。自分の臆病さを隠したかったのだ。


 自分より強くて沢山の敵に対して傷だらけになってでも拳を振るって戦った。

 決して今の今まで臆病にふるえ、無抵抗に殴られていたわけではないと自分に言い聞かせるために鉄という表現を使ったのだ。


 何故鉄なんだ、他の言葉もあるだろう。

 それを言い始めたらキリがない。


 その文句は、血は鉄の味がすると言い始めた人に言ってくれ。


 それはどこのどなたかは知らない。

 全部僕の妄想で言っているのだから。


 そんなことを考えている僕はやはり惨めな負け犬で、そんな奴に追い打ちをかけるように今日もどす黒いアスファルトをじりじりと溶かす暑さが容赦なく襲う。


 ペッと唾を吐き捨てる。

 吐き捨てた唾は真っ赤であった。


 ちくしょう、思いっきり殴りやがって。


 ユラユラとコンクリートが眩くのは暑さだけではない。


 しこたま殴られた、けど今日はマシな方だ。

 明らかに彼らはその行為に飽き始めている。


 そしてそれはいい事ではない。


 わかっている、次からは殴られる以上のことが始まる。


 殴られるのはまだマシだ、身体に染み込んだ痛みはすぐになくなる。


 でもきっと次からはそうはいかない。

 言い訳が自分を救ってくれることを期待するしかない。


 ペッと再び唾を吐く。

 もう鉄の錆びた味はしなかった。



 ボロボロのアパートがようやく見えてきた。

 どこもかしこも錆び付いて、雑草も好き放題に伸びている。


 ここの大家を動かすことがどんなに困難なことか窺い知ることは容易だ。


 階段を上るとギシリと鈍い音が響く。


 いつか誰かが踏み抜くと思いながら今日も無事にあがりきる。


 何て言おうか、いつも通り学校の階段を転げ落ちてしまったと。

 不規則な抵抗と甲高い悲鳴をあげるドアの前でうじうじと悩み、大きく一息する。


 どうせ何も聞いては来ない、いつもすべてお見通しの笑顔で僕を迎えてくれる。

 暖かで包み込まれるようなあの笑顔で


「ただいま!」


 まだ鉄の錆びた匂いが鼻についた。

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