5 「……ど、どちら様っスか?」

 その日は珍しく帰りが遅かった。

 というのも顧客先のトラブルに巻き込まれてしまい、それに対応している内にあれよと時間が過ぎてしまったからだ。

 現在の時刻は二十一時を過ぎた頃合い。普段より三時間前ほど遅い帰宅。

 この手のトラブルは特に珍しくもない訳で、今回みたく帰りが遅くなるようなケースはある事である。深夜まで引っ張らない辺りは、まだホワイトな区分なんだろうな。


 そういった場合シオンはどうしているのかといえば、俺が帰るまでゲームに没頭しているか、買い置きの食糧に手を付けているかの二択になる。

 これは外出が可能となった今でも同様で、律儀に俺の帰宅を待っているという事でもある。別段何か制約を設けている訳でもないのだが、あれ程口ではとやかく言う割に、独りでにアパートの外へ出ようともしない。

 まぁ、その代わり帰ったら帰ったで小言を言われる羽目になるのだが。


 せめて連絡手段があれば良いんだろうが、アパートに固定電話を設置するのも何だかなぁと思えてしまうし、もう一台携帯を買って渡すのも正直億劫だ。端末代を払うのはどうせ俺なんだろうし。

 曲がりなりにも魔王なんだから、テレパシーとかそんな感じの魔法でも使えりゃ良いのに。


 そんな事を考えながら一人家路につく。

 途中コンビニで弁当を多めに買っていたのは、間もなく身に刺さるであろうシオンの小言への対応策だった。

 あいつにとっての不平不満の最たる理由は、主に食が取れない事で魔力の回復がままならないというストレスに寄るものだからな。


「ただいま。すまん、遅くなっ──」


 アパートの玄関を開けると、下駄箱からすぐ正面にある台所で、タキシード姿にエプロンを付けている見知らぬ爺さんが立っていた。


「おや」

「──った……?」


 思わずビジネスバッグとコンビニ袋すら地に落としていた俺は、かの人物と目が合ったにも関わらずそのまま玄関を閉めた。


「……疲れてんのかな」


 バッグ等を拾う事も忘れ、その場で目頭を指で揉む。

 そして再び玄関を開けて中を確認し、再度外から閉めて溜息を漏らした。


 何故なにゆえ俺のアパートで見ず知らずの爺さんが洗い物をしているのだろうか。

 玄関口の部屋番号を確かめても、その数字は間違いなく自分が住んでいる場所のものである。当然なぞ雇った覚えもないし、これからだって雇うつもりもない。

 ならばあの爺さんは誰だ。不法侵入にしちゃ落ち着き過ぎだろあいつ。というかシオンは何やってんだ。


 警察でも呼ぶべきだろうかと少し迷ったが、相手は老人っぽいし、一応話だけは聞いておこうと思いながら三度玄関の取っ手に手を付ける。


「おかえりなさいませ。一村様」


 玄関を開けると畳んだエプロンを腕に置いた先ほどの男が、こちらへ向かって慇懃に首を下げていた。


「……ど、どちら様っスか?」


 思いがける筈もない出迎えに、我ながら素っ頓狂な切り返しをしてしまった。


******


 その男性は、鼻元や顎に蓄えた白髭と、年輪を重ねた皺が似合う老人だった。掘りの深い顔付きは皺こそ出ていれど、各パーツの輪郭が整っており元は精悍なものだったのだろうと推測出来る。

 髭と同じ色の白髪はオールバックに纏めてあり、うなじ付近で一つに結んである。

 改めて対面すれば頭一つ分ほど大きな背丈に、俺の顎は自然と上を向く。細身ながらもその身長は190はあるんじゃなかろうか。ピンと伸びた背筋は服にすら油断も許さないとばかりの佇まいで、老齢の風貌に見合わない若さを感じられた。


「──申し遅れました。わたくし、名はセバスチャンと申します。

 第七代目魔王であらせられる、グラシオンディーヌ=イフィニス様の執事をしております。どうぞ、セバスとでも御呼び下さい」

「執事?」

「はい。以後、お見知りおきを」


 訝し気な視線にも穏やかな表情を崩そうとせず、セバスチャンと名乗った男は低音ながらも良く通る声色で、恭しく腰を折った。


「あいつの?」

「恐れながら、私には判り兼ねます」

「……シオンの?」

「……魔王様、であれば然様にございます」


 なるほど略称で呼んでも反応が悪い辺り、本人は至って真面目のようだ。


「あー、えーと、セバスチャンさん?」

「呼び捨てで結構ですよ。して、如何されましたか?」

「……ひとん家で何してんの?」

「私は魔王様の執事にございますれば」


 シオンの夕食後の片付けを行っていたと言うセバスチャン。

 答えになってない気はしたものの、少しばかり気が動転していた俺はそれに構わず続けた。


「そのシオンは?」

「……魔王様、であれば現在身を清めておられます」

「身を……? あぁ、風呂か」


 人に片付けをさせといて自分は風呂とは、さすが魔王は良いご身分である。

 それにしても先程からシオンの名前を発した際、セバスチャンがわざわざ一拍置いてから答えるのが少し怖い。まぁ従者なら主を呼び捨てにされて良い気分にはならないだろうし、当然といえば当然の反応ではある。

 だが俺があいつの事を魔王と呼ぶのは何か癪に障るので言わないぞ。


「ところでセバスチャン」

「はい」

「俺は何時までここに突っ立ってればいいんだ?」


 未だ玄関先で両手に荷物を持ったままの俺は、セバスチャンの顔を見上げながら確認をする。それを聞いたセバスチャンはやおら自前の顎髭を撫でた後、僅かな間を置いて答えた。


「魔王様がお出になるまで」

「過保護か」


 嫁入り前の娘じゃあるまいに。


「そんな事を言われてもなぁ。風呂上がりの姿なんてもう散々見たぞ?」


 俺はセバスチャンに肩を竦めてみせ、自身のラッキースケベ談などを語ってみせる。というか部屋の間取り上、こればかりは避けようの無い事案だった。

 同居し始めた頃には、風呂上りに素っ裸でうろつかれた事もある。

 当時こそ慌てふためき煩悩にさえまみれたが、如何せんシオンの反応が恥じらいも糞もない淡白なもので、回数を重ねる内にこちら側から慣れてしまっていた。


「人間如きが魔王様の玉肌を見てしまったと」


 言いながらセバスチャンが僅かに眉間へと皺を寄せた。しかし直ぐに元の優し気な雰囲気に戻り、セバスチャンは仕方なしと言わんばかりに首を振った。


「魔王様は、まだ御生まれになって日が浅い。

 性教育がまだ先の話であった事がある意味、功を奏したようですね」

「一般的な教養として最低限教えておいて欲しかったなぁ。

 そもそも俺、たぶんあいつに異性として認識されてないぞ」


 魔王という立場でも教育は受けるらしい。しかも人間如きとか卑下するような事を言っておきながら、その中身は現実世界のものと大差なさそうである。


「生まれてまだ日が浅いって言ってたけど、じゃあ実際いくつなんだ?」


 素朴な疑問をセバスチャンの言葉で思い出した俺は、シオンの実年齢をここで聞いてみることにした。それを聞いて「こちらの世界でどれ程の月日が経ったのか存じ上げませんが」と前置きをした後、セバスチャンは続ける。


「少なくとも我らの世界にて魔王様がその御姿を現してから、およそになります」

「さんかげつ」


 見た目からしてセブンティーン、なんて次元ですら無かった事実に対し、さすがに唖然とせざるを得なかった。


「どんな成長速度だよ」

「何か勘違いをしておられるのやも知れませんが、魔王様は」

「──声がすると思って出てみれば、ようやく戻りおったか」


 セバスチャンが何か訂正を加えようとしたその時、奥の方から一糸纏わぬ姿でシオンが現れた。


「余を差し置いて密談とは良い度胸だな?」


 蠱惑的な裸体を惜しげもなく晒すシオンは、その豊満な乳房を掬い上げるようにして腕を組む。黙ってればほんと、唾を飲み込むほど良い身体の持ち主なんだけども。


「魔王様、御身体に触りますのでせめて服を御召し下さいませ」


 それを見たセバスチャンは冷静に腰を折って頭を下げ、柔らかい物腰で提言した。さすがは執事と言った所か、全く動じていない。

 しかしこいつへの対応は


「こんな狭い部屋で密談も糞もあるか。

 良いからさっさと服を着ろ三ヶ月みかげつ児。風邪引いたらどうすんだ」

「この余が出迎えてやったというのにその態度は何だ貴様」

「全裸で出迎えとか何処の風俗だ」

「ぐぬぬ。言うに事欠いて風俗だと……!」


 「良いからほら、戻れ戻れ」と顎を振り、ふくれっ面になったシオンをその場から追い出す。何か向こう側でぶつくさ文句を垂れる声が聞こえるが、無視を決めておく。


「な?」

「……な、とは?」


 となれば自分の主に対し猛烈無礼な態度を取った事で、こちらに冷ややかな視線を浴びせるセバスチャンの眼を真っ直ぐ捉えたまま、俺は続けて答えた。


「向こうの世界であんた等がどんな主従関係だったかは察しが付くけども、こっちの世界じゃこれで普通なんだよ。

 手前等の都合を俺に押し付けんな。俺は俺で、シオンはシオンだ。あいつが魔王だろうが知った事か」


 何でこんな事を言ったのかといえば、セバスチャンよりも先んじて釘を刺しておく為だ。どうにもセバスチャンはシオンの執事たる所縁からか、俺にまでその対応を迫ってくる節がある。

 もちろん物事には節度もあろうが、それにしたって、あいつが魔王だからという理由で膝を付いて首を垂れる義理や義務など俺にはないのだ。

 何故ならそれは文字通り、が違うのだから。


「……ふむ、面白い方だ。

 我ら魔族に対し、ここまでおくびれもせず言ってのける人物は、恐らく貴方か勇者くらいのものでしょう」


 こちらの意図を汲んだのかどうかはさておき、小さく笑みを溢したセバスチャンの表情は既に温かみを取り戻していた。


「そうか? 他の人間だってきっと同じ事考えてると思うぞ?」

「そうでありましょうな。しかし、それを面と向かって言える者は限りなく少ない」


 言いながらセバスチャンは俺に向かって姿勢を正し、先と同じようにお辞儀をしてくる。


「非礼をお許し下さい。一村様。

 加えて、今まで我が主を匿って頂き、誠に有り難うございます」

「……そんな改まって言われると何か照れるな」


 恭しく述べられた謝辞に胸がくすぐられるような感覚を覚え、堪らずはにかんだ表情を浮かべてしまった。

 よくよく考えたらシオンの面倒を見る羽目になっていた現状に対し、ろくにあいつから礼を言われた事は無かった。そう思えばセバスチャンから受ける、この慇懃な礼も悪い気はしない。


「さ、どうぞお入り下さいませ。中で魔王様がお待ちでございます」

「そうだぞ。疾く余に次の夕餉を献上せい」


 ともすればその張本人が奥からひょっこり顔を出し、偉そうに指示を放ってくる。


「せっかくの感慨が台無しだよ腹ぺこ魔王」


 呆れた口調でそれに応え、ようやく俺は玄関の戸を内側から閉めたのだった。


******


「素朴な疑問なんだけど良いか?」


 着替えを済ませて人心地ついた後。

 テーブルを囲んでコンビニ弁当を食っていた最中、ふと思い付いた事をセバスチャンに尋ねた。


「何でしょうか?」


 差し出した弁当の蓋も未だ開けず、床に正座をしているセバスチャンがこちらを見た。ちなみにシオンは座椅子に座って弁当にがっついている。


「セバスチャンはどうやってこの世界に来たんだ?

 シオンと同じく転移に失敗でもしたのか?」


 事実なら偶然にも程がある疑問に、セバスチャンは首を横に振って否定した。


「いえ。私は魔王様が転移をされた際に残った、魔力の残滓ざんしを頼りに転移して参りました」

「……達?」

「そういえば、まだ紹介しておりませんでしたね──キール」

『へーい』


 少々気怠そうな声はセバスチャンの胸元にある、ポケットチーフから発せられた。

 ポケットから覗く、薄手の真っ白な布が少し動いたかと思えば、宙に吊られる様に浮き上がる。開けば30センチ程度の大きさだろうか、やがてそれは唐突に膨らみ出していく。

 泡吹くように盛り上がっていく布地は、最終的に綿菓子のような形を成した。


「よっす人間」


 白い綿菓子の一面に、真ん丸の目が二つと小さな口が一つ。申し訳程度に生えた五指の無い腕。

 どこぞの漫画にでもありそうな造りをした何とも可愛らしい物体は、宙に漂いながら、片腕をこちらに上げつつ陽気な挨拶をかもしてきた。


「よ、よぉ」


 声色からして十代前半かと思われる少年のその態度に、俺も釣られて片手を上げて答えてしまう。


「キール、一村様が驚かれておりましょう。ちゃんとご挨拶なさい」

「へーい。あたしゃキールと言いましてね。代々魔王様の使い魔をやっとります」

「使い魔」

「こう見えてキールはから生き続けている、魔族の中でも最古参の一人でもあります」


 付け加えられたセバスチャンの言葉を聞いて、俺はキールと呼ばれた綿菓子もどきをマジマジと見やる。こんなのが魔族の最古参。世の中分からんもんだ。


「件の残滓を辿って転移して来れたのも、キールの働きがあっての事です」

「へぇ。どう見ても綿菓子にしか見えんけどすげぇんだなお前」

「おぅ。どう聞いてもバカにしてるよねそれ」


 何ともからかい甲斐のありそうな反応をしてくれる。

 そんなキールの背後にスッと現れていたのは、いつの間に食事を終えていたシオンだった。


「綿菓子とな」


 両手で彼の胴体を掴み取るシオンは、そのまま無造作に身体の一部を引き千切り、何を考えたのかそれを口に運んだ。


「ギャー!?」

「おま、何してんの!?」


 それによって悲鳴を上げたキールを尻目に、口の中を蠢かすシオンは程なく喉を鳴らす。


「ふむ。特に味がある訳ではないのだな」


 不満気に鼻を鳴らすシオンはキールへの興味が早々に失せたらしく、再び座椅子へと腰を落ち着けた。一方でその身にが生じたキールは、突然の出来事に白目を向いたまま硬直している。


「……なぁセバスチャン」

「何で、ございましょう?」

「幼児教育って概念くらいは、当然そっちの世界にもあるんだろうな?」


 余りにも突拍子もない一連の流れを見てしまった俺は、思わずセバスチャンに問い掛ける。

 するとセバスチャンはわざとらしく顎髭を撫でた後に答えた。


「……さて。弱肉強食という概念ならばあるいは」

「よーし分かった俺があいつを教育してやる」


 少なくとも、俺の目の前でカニバリズム染みた行為は御免だ。とはいえ幸か不幸か、キールの見た目的な問題でグロさは皆無だったのだが。

 見ればキールは未だ固まったままである。とりあえず励ましてでもやろうかと手を伸ばすと、身体に触れる直前でキールの目に光が戻った。


「やらせるかーいっ! くそぉ! お前もあたしを食うつもりなんだろ!?」

「食わねぇよ落ち着け」

「これが落ち着いていらいでか!」


 突如として復活を遂げたキールは、室内を縦横無尽に飛び回り始める。

 床に壁にと身体を弾ませて飛び交うおかげで、衝撃により発した埃がルームライトに照らされて飛散していく。


「ほーれほーれ! 捕まえてみさらせー!」

「こら、埃が立つからやめろっ……あぁもう意外とすばしっこいなてめぇ!?」


 例えるならば紐を引っ張られて移動する風船さながらの、掴み所のない回避力といったところ。


「……おいシオンっ、お前の使い魔なんだろっ? 何とかしろ!」

「余は食後の一服に忙しいのだ。貴様だけでどうにかしろ」

「えぇー……」


 頭上を行き来するキールに全く動じる素振りも見せず、シオンは事も無げに茶をしばく。


「しかしまぁ、せっかくの余韻に水を差されるのは煩わしいな? セバス?」

「仰せの通りに」


 何度か髪をなびかせた時点で再度口を開いたシオンは、そう言いながら横目で執事の方を見やる。それを受けたセバスチャンは頷いた後に静かに立ち上がり、右腕の肘から上を頭より高く掲げた。


「静かになさい。魔王様の御前にあらせられる」


 落ち着き払った台詞の後に響く、軽やかな炸裂音。

 瞬きの合間に振り下ろされたその右手の先で、キールが床にへばり付いていた。


「きゅー」


 叩き落された衝撃によってか、平面と化した白い物体は床に貼り付いたまま微動だにしない。やがて膨らんでいた身体の箇所が見るからに萎んでいき、キールは最初のポケットチーフの形に戻っていく。


「……大丈夫なのかそれ」

「はい。気絶しただけでしょう」


 欠けた部分はそのままな布地を拾い上げたセバスチャンは、それを手元で丁寧に畳みながら胸元に収めた。


「お騒がせ致しました」

「うむ。ご苦労であった」

「恐れ入ります」

「そんな事より貴様」

「お前はもうちょっと部下をいたわれ」


 体の一部を食われたどころか、羽虫のように叩き落されたキールの気持ちなど押して図るべくもない。

 それこそ些末な事だと言わんばかりに鼻を鳴らしたシオンは、セバスチャンから俺へと視線をスライドしてこう述べてきた。


「そういう訳でな」

「どういう訳だ」

「ええい、いちいち水を差すでない」


 こちとら脈絡のない台詞へツッコミを入れただけなのに怒られてしまった。


「此奴らもに来たは良いが、帰る手段が無いとほざくのでな」


 更に敢えてスルーしてたのに、嫌な問題を掘り出される予感。


「寛大な余はこの場所に泊めてやろうと決めたのだが」

「思うどころか決定事項かそうか」


 この狭いアパートに三人……いや一応四人か。どちらにせよ他人に等しい輩をこれ以上増やすのは、さすがに面倒にも程がある。

 とはいえセバスチャンやキールも向こうの住人である以上、当初のシオンのような症状が出ないとも限らない。


「私はただの執事にございますれば。

 魔王様と住まいを同じにするという恐れ多い事は出来ませぬと、夕餉の時に申し上げていた所でございました」


 するとセバスチャンが申し訳無さそうに、会話に割り込んできた。


「私は外にて魔王様へ害を成そうとする、不逞な輩を見張る役目を頂きたく」

「ある意味お前が不審者扱いされそうだから止めてくれ」


 外に出れるのかどうかはさておき、背広を来た謎の老人が一夜玄関先で立たされていたら、それはそれで通報されかねない。


「……仕方ねぇなぁ」


 せめてこちら側の住人だったなら対策のしようもあるが、今回に関しても俺が折れるしか無さそうだ。


「テーブルどかせば、大人二人くらい楽々横になれるだろ」

「うむ。物分りが良いのは褒めてやろう。セバスもそれでよいな?」

「……御二人がそう仰るのであれば。寛大なお心遣い、痛み入ります」


 それが当然の対応だと頷くシオンに対し、セバスチャンはまたしても恭しく一礼をしてみせる。シオンもここまでとは言わんが、彼の良識を多少は見習ってほしいものだ。


 こうして、部屋の住人がまた一人二人と増えてしまった。

 どうにも平々凡々なはずだった俺の日常が、どんどんと遠くに行ってしまう気がしてならない。在るべきはずの現実が、非現実的な現象に上書きされていく。

 魔王に執事、使い魔と来たら次は何だ? 四天王か? それとも勇者か?

 もはやちょっとの事くらいじゃ驚かない自信すら出てきた。その代わりに失われつつある自信もあるのだが。


 の区別とは一体何だったんだろうな。これが夢であったらそれこそ失笑ものだ。


 とりあえず、寝て起きてからも未だこの現実が続くようであれば、今度はもう少し広い賃貸でも探す事にしようか。

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