35.昔の話

 中学生のときの私には仲の良い友達がいた。

 当時、人と話すことが苦手で学校に居場所がなかった私に出来た中学初めての友達。出会いは単純でただ席が隣だっただけ。だがそれでも私と彼女は話の馬があった。


「花蓮ちゃん、そういえば今日の朝に大事件があったんだよね」

「へー、大事件ってなに?」

「それがね、なんと卵から黄身が二つ出てきたんだよ。スゴくない?」

「……ふふっ、それが大事件なの?」

「おっ、笑うなんて酷いな。花蓮ちゃんも実際に黄身が二つ出てきたら絶対に驚くって」


 校内では常に行動を共にし、登下校も一緒にするくらいの仲。周りからはきっと親友だと思われていただろう。実際、私自身もそう思っていた。



 そんなある日のことである。彼女はいつものどうでもいい話ではなく、珍しく恋バナを始めた。いつもの彼女らしくない発言にそのときばかりは驚いたが、それでも彼女はお年頃の女の子。恋バナをしたとしても何らおかしいことはない。


「ところで花蓮ちゃんは好きな人とかいるの?」

「わ、私? 私はいないよ、そんな人」

「えー、勿体無い。花蓮ちゃんスゴく可愛いのに。だって男子達の間で千年に一度の美少女だって噂になってるんだよ? 今なら誰でも選びたい放題だよ」

「何それ初めて聞いたよ……」


 嘘だ、男子達の間で私が噂になっていることは知っている。そして私はそんな噂というやつが大嫌いだった。人の迷惑も考えずに好き勝手に広まっていく身勝手な噂というやつが。

 おかげで私は女子から嫉妬の視線を向けられ、彼女と出会うまで学校に居場所がなかった。

 まぁ私が積極的に関わろうとしなかったのにも原因があるだろうがそれでも噂が私の学校生活に悪影響を与えていたのには変わらない。

 だがもういいのだ。私はただ一人、彼女さえいれば他には何もいらない。


「へーそっか。実はね、私にはいるんだよね。好きな人」

「え、そうなの!? 教えて!」


 だから彼女には幸せになって欲しいと私がそう願ってしまうのはもはや自然なことだったのかもしれない。

 私を外見で差別したりせず、内面を見て付き合ってくれている彼女に対して、私はとにかく恩返しがしたかった。


「それがね、同じクラスの男の子で……」

「大丈夫、私も協力するよ!」

「まだ何も言ってないんだけど」

「私に任せて!」

「全く花蓮ちゃんったら話聞いてないでしょ。でも花蓮ちゃんがいれば百人引きだね」


 しかしこの頃からだろうか、彼女の態度は段々とおかしくなっていった。まるで噂を聞いて嫉妬した他の女子生徒みたいな目で私を見るようになったのだ。

 原因は分からない。ただ彼女は私と話すときに決まってこう言うようになった。


「花蓮ちゃんは良いよね。人生苦労したこと無さそうで」

「え、いきなりどうしたの?」

「いや、何でもない」

「そっか、いきなりどうしたのかと思っちゃった」

「驚かせてごめん。あと今日も先に帰ってて。私ちょっと用事があるから」

「うん、分かった……」


 まただ、最近彼女は私のことを避けている。

 日に日に冷たくなっていく彼女の態度にもしかして私は何かしてしまったのだろうかとそう思って彼女に聞いてみても『別にそんなことはないよ』と返されるだけ。


 そんな態度が毎日のように続けば彼女の用事というのが気になってしまうのは至極当然のことだった。

 彼女の用事とは一体なんなのだろう。気になった私はある日、放課後なっていつもどこかに行ってしまう彼女のあとを付いていくことにした。


「……アイツの近くにいるのはもう限界」

「まぁそうだよね、男子は寄ってくるけど全員アイツしか見てないもんね」

「そうそう、そうなんだよ。私がどんなアピールをしてもアイツには敵わないし、本当にムカつく。だってアイツは何も努力してないんだよ? それなのにちょっとだけ顔が良いからってさ。だからみんなにハブられるんじゃないの?」

「まぁまぁ、ムカつくのは分かるけど少しは落ち着きなよ」

「これが落ち着いていられるかって。ああ、本当に何で私はあんな奴のことを今まで友達だと思ってたんだろ」

「ご愁傷様だね」

「アイツさえいなければ今頃私は前園君と付き合ってたのに。それなのに何? いきなりしゃしゃり出てきて。それで私の邪魔をして。良いことしたとでも思ってるの?」


 彼女と思われる声が聞こえたので咄嗟に隠れて、盗み聞きしてしまったがこれはどういうことなのだろうか。聞こえてくるのは私のことだと思われる陰口。

 別に私に対する陰口なんて今更どうってことはない。ただ今問題なのは陰口を言っている相手だ。


「もしかして一花ちゃんが言ってるの?」


 どうにも信じられず何度も声を聞き直すが、聞こえてくるのは紛れもなく女の子らしくて可愛らしい彼女の声だ。

 最近態度が冷たくなっても彼女だけは他の人と違うとずっとそう思っていた。彼女だけは私の味方でいてくれると。

 だが今の話を聞いたらもうそんなことを思えるはずがない。


「そっか。うん、そうだよね……」


 きっと今まで私は心地の良い夢を見ていただけなのだろう。私のことを友達だと言ってくれる人なんて元々現実にはいなかった。そうだ、落ち込むことなんてない。こんなのはいつも通りで私はただいつものように陰口を言われているだけ。


「ふざけないでよ……」


 『そんなこと言うんだったら、初めから私と関わらないでよ』と思ってしまうのはきっと私の我が儘なのだろう。

 しかしどうしてもそんな我が儘を思わずにはいられなかった。こんなことなら最初から彼女と友達になんてならなければ良かった。


「違ったのか……」


 友達だと思っていたのは私だけで恐らく彼女──長谷川一花の方は最初から私のことを友達だと思っていなかったのだ。


 それに気づいたとき、私の頬には涙が伝っていた。

 拭っても拭っても流れ続ける涙、そのときの私はただひたすら溢れてくる涙を拭い続けていた。

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