第六話 静かな逃走劇

「罠を……ですか?」


 セリーは俺の提案を信じられないかのようだった。

 まさかこんな状況下で冗談を言うわけがないのだが、俺は状況を整理してセリーに説明することにした。


「ああ、残念だが、あの化粧台に行くにはどうしても電線が入った場所を踏む必要がある。俺が全力でジャンプしても届かない、しかもあの椅子には罠が仕掛けられている。その解除もしなくちゃいけない。残念ながら警報を鳴らすしか方法はない」


 電線が繋がっているところ切断するなり、何かしらの細工を入れて、警報が鳴らなくすることは可能かもしれないが、仕掛けは絨毯の下に隠されている。絨毯をはがして、繋がっている線を確認するなんて、もはや工事だ。絨毯をはがした場合、痕跡が残らないようにするのは至難の業だし、職人でもない俺にそれが出来るわけもない。


「で、でもそうしたら警備員が来るんじゃ?」


「ああ、来るだろうな」


 この屋敷で鳴り響く警報は屋敷中に響き渡るほど大きい。恐らく睡眠薬で寝かせておいた塀の外の警備員も起きてしまうだろう。持ち場を守るよりも警報に反応するほうが優先順位は高い。そのため、警報が鳴れば彼も屋敷の中に駆け付けるだろう。


「だからこそ、ここからは二手に分かれるしかない。俺は他の部屋にかかった罠に片っ端からかかりに行く。警備員が他の場所の罠で慌てているときにセリー……お前があの化粧台を調べるんだ」


「わ、私一人で……ですか!?」


「……ああ、そうだ」


 ここで二人で行動するのは無駄が多い。手分けをして一人が罠を作動させつつ、もう一人が契約書を探したほうが、効率がいい。俺は間取りを確認するために、この屋敷に何度か侵入したことはあるし、大体どこにどのような罠があるかは把握していた。どこの罠から先に作動させるか、おおよそ目途はついていた。


「俺はお前に沢山のことを教えたつもりだ。特に罠の解除はお前の器用さも相まって、技術は十分に高い。お前になら十分やれると判断した……やってくれるな?」


 化粧台に仕込まれた罠は、見落としやすいように作ってあるが、構造自体は単純に見えた。もちろん遠目でしか確認できていないため、具体的にはどれほど手が込んだ罠になっているかは分からない。だが、どれほど複雑な罠が設置されていたとしても、セリーなら解除できる自信が、俺にはあった。


 セリーは少し悩む素振りを見せる。


 それも仕方あるまい、今までクエストなどをこなしていても常に俺のサポート役だった。

 一人で置いていかれることはなかったし、大きな責任を伴う仕事を受けたこともなかった。それらと比べたら、今回はかなり重い仕事だ。セリーが速やかに罠の解除が出来ず、警備員がこの部屋に来るほうが早かったら、この作戦は失敗する。


 セリーは最後決心を決めた表情を見せる。

 

「……はい!」


「……いい答えだ」


 セリーの感情は不安で埋め尽くされているに違いない。それも己の義務感と正義感でそれを抑え込むように、自分のなすべきことをなすと決めたのだ。

 俺もその気持ちに答えなければならないだろう。


「恐らく警報の鳴る順番で警備員は確認しに来る……三回目の警報が鳴った時に化粧台を調査してくれ」


「わかりました!」


 警報が複数同時に鳴れば、警備員は手分けして確認しに来るだろう。

 しかし、手分けしすぎると侵入者に数で負ける可能性があるので、細かく手分けすることはない。三回目の警報後にこの部屋の罠を発動させたほうが良いだろう。


「契約書が見つかったら、裏口から先に脱出しろ。そして、侵入するときに待機していた茂みまで行くんだ。いいな?」


「……ゼルさんは、大丈夫なんですか?」


「俺の心配をしてる暇があるんなら、脱出しろ」


 盗賊は自分が捕まらないことを最優先させなければいけない。

 仲間が本当に大事なのであれば、自分一人でも脱出した後にその仲間を助ける方法を考えればよい。仲間を助けようとして自分も一緒にお縄にかかってしまっては次打つ手がなくなってしまう。


「ここからは素早さの勝負だ……頼んだぞ、セリー」


 セリーがコクリと頷くと、俺は静かに、そして素早く部屋を飛び出す。


 間取りを確認したところ、ほぼ全ての部屋に何かしらの罠が仕掛けられている。警報は警備員を集合させる合図であると言っても過言ではない。では、どこに集合させるのが最も効果的かを考えなければならない。


 可能な限り、今セリーがいる部屋から最も遠い部屋へおびき寄せるのが良い。セリーが今一階の中央付近に潜んでいることを考えると、俺は二階の角部屋から攻めることにした。二階の角部屋はグランテ公爵の息子と空室が置かれている。


 グランテ公爵の息子の部屋には、扉にワイヤーが引っ掛けられており扉を一定間隔以上開閉するとワイヤーがちぎれる罠が仕掛けられていた。これは切断すればすぐに警報が鳴った。


 屋敷中に警報が鳴る。警備員はこれでみんな目覚めたに違いない。


「……二階の角部屋だ、急げ!」


 警備員が次々と屋敷の中に入ってくる。

 グランテ公爵は留守なのだろうか、叫び声ぐらい聞こえてきそうだが、音沙汰がない。俺としては非常に好都合だ。


 次は二階のもう一方の角部屋だ。

 ここは元々グランテ公爵の部屋であり、面積はかなり広い。だが、罠はかなりシンプルであり、扉を開けて一歩踏み出す位置に不自然なくぼみがあるのだ。恐らくこのくぼみが何かのボタンになっているのだろう。載せられるがままに俺はそのくぼみを踏みつける。すると、再度警報が鳴った。


 全く、各部屋で違う罠を仕掛けるとは、面倒なことをするものだ。

 各部屋を掃除する使用人の苦労が目に浮かぶようである。


 俺は警備員が来る前に素早く一階へ移動する。

 残りの一つはセリーがいる反対側の角部屋にしよう。同じく一階だが、距離があるので鳴らしても来るまでに時間が必要なはずだ。


 ここは同じく倉庫化している部屋なのだが、面白いことに入室した瞬間に発動する罠は設置されていなかった。

 無造作に置いてある品々は実は固定されており、それを移動するなり、倒すなりして衝撃を与えることで警報が鳴る仕組みになっていた。俺は木箱を倒し、罠を発動させる。他の二つと同様に、警報が鳴り響く。


「なんなんだ、今日は……! 次は一階だ! 急げ!」


 ここまで各部屋種類豊かな罠を設置するとは、かなり優秀な罠師なのだろう。

 グランテ公爵も相当な金を積んでここまでの仕掛けを作ったに違いない。おめでたいことに、俺はその罠にことごとくかかって差し上げているのだ、罠師は光栄に思ってもよいだろう。


 俺は階段の下に隠れながら、全ての警備員が部屋の探索に入ったことを確認する。

 このままセリーのフォローに入ってもいいのだが、せっかくセリーが一人で仕事をしているのだ。邪魔をしてもよくないし、彼女の仕事を奪って変に自信を損ねたくもない。


「……はあ……俺も甘くなったな」


 俺は布袋から睡眠薬が入った瓶を三つほど取り出し、罠を起動させた部屋へ戻っていくのだった。


***


 俺がしばらく茂みに隠れていると、セリーが戻ってきた。

 ホクホクとした表情を見ると、どうやら彼女は順調に仕事をこなしてきたようだ。


「見つかったか?」


「はい、ばっちりです!」


「……それはよかったな」


 俺はセリーの頭をなでる。初めて自分で重い責任を負った仕事だ。

 これ以上ないほど緊張していたのだろう、俺が笑みを見せると、彼女の肩の力が抜けたようだった。


 俺たちは忘れ物がないか周囲を見渡すと、セリーが盗んだという魔法契約書も確認する。

 しっかりグランテ公爵の太い親指指紋が拇印として残っていたし、契約内容も村を襲わせる旨が書いてあった。レミアンにこれを渡せば、とりあえず何とかなるだろう。


「……でも、不思議なんです」


「どうしたんだ?」


 俺たちはグランテ公爵の屋敷から家へ帰宅することにした。

 本来であれば帰りも全力疾走するのが普通なのだが、セリーに疲れが見えたため、ゆっくり帰路つくことにした。


「思っていた以上に罠が複雑で、ちょっと時間取っちゃったんですけど、誰も来なかったんです」


「……まあ、お前の感覚がずれていただけだろう。お前が遅いと感じていても、実際は警備員が来るよりも早く処理出来たってことだ」


 セリーはこんな時だけ勘の鋭さを出すのだから、侮れない。

 俺は気づかれないよう、母さんとメッテに磨き上げられた演技力で何とかごまかす。


「そ、そうですかね……えへへ」


 褒められたセリーは無垢な笑顔を見せる。

 何とかごまかせたようで、俺も安堵する。


 そこまで派手に罠を発動させれば、俺たち盗賊が侵入したことをごまかすのはほぼ不可能だった。いつもであれば痕跡を最低限にするところだが、状況を踏まえると痕跡を残してでも目的を完遂したほうが理にかなっていると判断した。

 俺は警備員が全員部屋の中に入ったことを確認すると、すぐさま睡眠薬を投げ入れて外から鍵を閉めた。換気しようにも今や全ての部屋は小窓しかない。睡眠薬が部屋に充満するのが先か、空気が入れ替わるのが先か、答えは明白だった。


 一人足りとも警備員を外に出させてはいけないため、一秒でも早く全ての部屋に鍵をかけなければならない。俺ですら手に冷や汗をかいたが、何とか全ての警備員を夢の中にいざなうことが出来た。


 だが、あの屋敷に俺の痕跡がかなり残ってしまった。


 警備員を眠らせたとはいえ、俺の姿を見ていないとは言い切れないだろう。

 睡眠薬を投げ入れる時に使用した瓶も、俺が残した足跡も、全てが証拠になりうる。今回は現行犯で捕まることがなかったから免れたものの、他の貴族に俺の情報が知れ渡ったら、相当面倒だ。当面は外を出歩けなくなるだろう。


「……ありがとうございました、ゼルさん……私のわがままに付き合ってくれて……」


 まあ、いいか。


 セリーのその言葉を聞けただけで、十分だ。


「……ゼルさんは、世界で一番優しい盗賊ですね」

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