第四話 俺のクエスト

「おばさんから聞いたよ、ゼル! 盗賊やめたいんだってえ?」


 幼馴染のメッテがからかうように俺に声をかける。


「別に盗賊をやめたいわけじゃねえよ……もう少し人のためになる何かをやりたいなってだけで」


 どうやら多少尾ひれがついた形で昨晩の話がメッテに伝わっているらしい。

 メッテは別の家庭に生まれたが、自分と生い立ちは似ている。盗賊の両親に生まれ、自身も小さいころから盗賊の心構えと技術を徹底的に叩き込まれた生粋の盗賊である。


「そんなの無理に決まってんじゃん、盗賊なんだしさ。そもそも自分たちが生きるのでさえ精いっぱいなのに、『人のため』とか言ってる暇あるんの?」


「まあ、メッテの言う通りだけどさ……」


 幼少期からの仲であるということもあり、メッテとは兄妹のような関係だった。


 誕生日的には俺のほうが早く生まれたので兄なのだが、メッテの性格がかなり男勝りで主張が強いため、たまに彼女のほうが姉であると間違われることがしばしばだ。やはり同じ環境下で育つと顔立ちも似てくるのだろうか、よく血の繋がった兄妹だと間違われる。背丈もほぼ同じぐらいなので、ある盗賊には双子であると間違われたぐらいだ。


「まあ、良かったじゃん。一旦は盗みじゃなくて、ギルドのクエストやるってことになったし。結果オーライじゃない?」


 俺たちは一件の酒場の前に立っていた。木の扉がついている大きめの民家にしか見えないが、この酒場がギルドの役割を担っている。大勢の人々の職探しの場でもあり、くつろぎの場でもある。

 

「そうなんだけどさ……ギルドに行くのもあんま気が乗らないんだよな」


 もうギルドにくるのは何カ月ぶりだろう。もしかしたら数年単位で来たことがないかもしれない。


 この国での成人は12歳だ。

 12歳になると役所に成人登録をし、そこで職業を届けだすことになっている。届けだすとは言っても親が届けだす決まりになっているし、親と同じ職業ではないと受理されないため、特に俺たち子供に自由な選択権があるわけではない。

 役所に届け出を出した後、俺たちの情報は自動的にギルドにも登録される。そうすれば、一部例外的な職業を除いて、自由にギルドを活用してもよい。クエストの依頼を出そうが、クエストを受理しようが、全てが俺たちの自由だ。


「だから私がついてきてんじゃん。ほら、行くよ!」


「わ、わかったよ。ちょ、ちょっと押すなって……」


 メッテは俺の背中を押しながら、木の扉を開ける。

 木の扉が開くと、沢山の男たちが酒瓶を飲んでいる姿が見えた。扉が開く音が酒場にとどろくと、一瞬俺たちに視線が集まった。


 酒場内の客は悪露時ながらも、こちらを睨みつける。


「……盗賊だ……盗賊が来たぞ……」


 聞こえていないように小声でつぶやいているものの、俺たち盗賊は小さいな音も常に見逃さないように学んできた。

 何を話しているかなんて全てが筒抜けだ。


「……おい、盗賊から離れろ……盗まれるぞ……」


 メッテはそんな酒場の酔っぱらいなど気にしないかの如く、俺をクエスト依頼の掲示板の前に誘導する。


 クエストは掲示板に張られた依頼表をはがすことで受理されたことになる。

 クエストの内容は事前にギルドによって選別されているため、極端に反社会的な依頼はダメだ。誰かを殺してほしい、誰かを拷問してほしい、誰かのものを盗んでほしいなどはクエストとして認められない。


「うーん、どんなクエストがいいかしらねえ」


 メッテは頭を抱えながら掲示板に張られているクエストを隅から隅まで眺めていた。


 大半が素材の採取や獣の討伐であり、正直盗賊の出番は少ない。盗賊はあくまで隠密行動のプロフェッショナルであり、体と体のぶつかり合いにはあまり向いていないのである。

 ごくまれにダンジョンで宝が見つかったから解除してほしいとか、盗まれたものを盗み返してほしいなどのクエストがあったりするが、極めて少数だ。盗賊のクエストといえば、町近郊の森で薬草などを採取することしか選択肢はないに等しい。


「やっぱ薬草採取かな、ゼル、どう思う?」


 ……ドンッ!!


 突然テーブルが強くたたかれる音が酒場中に鳴り響く。


「あーあ、盗賊が来ちゃ、酒が不味くなっちまったなあああ。さっさと出てってくんねえかなあ!!」


 ある酔っぱらいが突然叫びだす。

 他の客もその酔っぱらいの発言に賛同したのか、笑ったり、「そうだ、そうだ」とヤジを投げてくる連中すらいた。


「……放っておこう、ゼル。いつものことだよ」


「……」


 ギルドでも盗賊に対する目は冷たい。

 建前上は誰にでも開かれている店にはなっているが、盗賊が入店すると店の空気が一変することから、酒場の店主も盗賊に対しては料理も酒も出さない。さっさと出ていってほしいのだ。


 ギルド内で盗賊と他の客が争うことなんて日常茶飯事だ。

 大抵の喧嘩は盗賊ではない方の客から吹っ掛けたものなのだが、最終的には盗賊が悪者になっている。悪者と呼ばれているものは、どんな状況下でも悪者だ。この居心地の悪さから、最近は盗賊がギルドに足を運ぶことは少なくなったし、俺とメッテも出来れば来たくなったのが正直なところである。


「所詮、盗賊なんてろくなクエストできないんだからさあ、もう町の雑草でも拾うクエストでも受けてこいよ!!」


 背の高い一人の酔っぱらいが俺に近づくと、酒を俺の頭のてっぺんから垂らす。

 突然頭から降り注ぐ液体に俺は茫然と立ち尽くす。俺の衣服にアルコールの匂いがしみこむ。


「ちょ、ちょっと、それはひどくないですか!」


 メッテが勇気を振り絞って反論するが、彼女も単なる盗賊だ。

 肉弾戦で男性と勝てるほどの強さはない。


「盗賊なんだから、盗賊らしく汚くなればいいんだよ。お嬢ちゃんもシャワー浴びたいのかな? その白い服がスケスケになっちゃうぜ。へっへっへ!」


「ひ……! や、やめて……」


 酔っぱらいは少しずつメッテに近づき、酒をメッテにかけようとする。

 俺はメッテの手を引っ張ると、盾になるようにメッテを俺の後ろの立たせた。


「この酔っぱらいが……! なめやがって……!!」


 俺は酔っぱらいを鋭い眼光で睨みつける。今にも噛みつきそうな目つきだったに違いない。


「……けっ! 興覚めだぜ」


 そう呟くと、酔っぱらいは自分の席に戻り、メッテにかける予定だった酒を一気飲みした。


 俺は拳を強く握ると、ワナワナと震わす。

 なんで、なんで俺はこんな仕打ちを受けないといけないのか。ただクエストを受けて、人の役に立ちたいだけなのに。俺がなんであんな性根の腐った野郎よりも下に見られないといけないんだ。怒りが少しずつ強くなっていくのを感じる。


 咄嗟には俺は一つのクエストが見えた。

 ――攻略難易度A。


 クエストの内容は近隣の洞窟に潜んでいる魔獣の討伐だ。

 上級戦士じゃなければ命に係わる難易度。


 メッテは俺の視線の先を捕らえようで、声を荒らげながら俺の制止を試みた。


「ダメだよ、ゼル! 挑発に乗っちゃダメだって! 一回クエストを受理したら取り消せないんだから、冷静になろう、ね?」


「……やってやるよ……貴様らがそこまで言うんだったら」


 俺は目の前の難易度Aのクエストをとると、メッテの腕をつかみ、早歩きでギルドを退出する。

 ギルドを退出すると同時にメッテの腕を放し、振り向かぬまま家へ全力疾走した。


「ゼル、待ってよ、ゼル!!」


 後ろでメッテが叫ぶ声が聞こえる。

 これは俺が受理したクエストだ、メッテには関係ない。


 ――これは俺のクエストだ。

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