第三話 盗賊の家族

「……母さん、父さん、俺、もう人のもの盗むの、辞めたい」


 商人のオヤジに殴られたその日の夕食に俺は胸の内を打ち明ける。


 俺は両親と三人で暮らしており、全員盗賊だ。


 これといって仲がいいわけでもなければ、悪いわけでもない。ベテラン盗賊の彼らは俺にとって師匠のようなポジションだった。

 今日は想定外なことが起きてしまったものの、同年代の盗賊と比べると俺の盗賊技術は優れているらしい。それもこれも、彼らから直々に学んだからという部分が大きい。


 黒髪で華奢な母さんが俺の発言に真っ先に反応した。


「はあ!? お前突然歯が抜けて帰ってきたと思ったら、何を言い出すんだい!? 寝言は寝て言うもんだよ!!」


 口調はそれこそおばさんだが、正直美人だと思う。


 外見は年相応なのだが、しっかりケアしており、人生経験に満ちた美しさが醸し出されているのだと感じる。彼女は常々「盗賊は使えるものは使っていかなければならない」といっており、彼女は生まれつき持った端正な顔立ちや女性らしさをを磨いたのだとか。


「あんた、これまで盗賊で上手くやってきたじゃないか? 今日なんかあったんかい?」


 彼女はスープスプーンを置くと、俺の目を見つめる。


 彼女が磨いた美貌の威力は凄まじく、昔は彼女が仕掛けるハニートラップに引っかからない男性はいないといわれたほどだったらしい。特殊な部類であるが、女性盗賊としては随一の結果を出していたらしい。

 多くの弟子を抱えていたが、彼女の絶え間ない努力とその指導のハードさから脱落者が大勢いたらしく、今は盗賊を完全引退している。俺もこの母親から沢山のことを学び、彼女の厳しさも骨身にしみて理解していた。


「……いや、なにもなかったけど……」


「……母さんに嘘つくんじゃないよ、ゼル。16年間もあんたを育ててきたんだ。なんかあったことぐらい一瞬でわかっちまう……母さんに言ってみな」


 俺は思わず黙り込む。

 母さんも、父さんも、小さいころから盗賊をやってきており、盗賊としてのプライドを強く持っている人間だ。


 もちろん彼らの人生も一筋縄とはいかなかっただろうが、俺に盗賊として一生懸命成長させようとしてくれた背景には、これが俺にとって最善の選択であり、最善の人生だと彼らが信じていたからである。その彼ら目の前にして、俺はどうしても萎縮してしまっていたのだ。


「おい、母さん。そこまで問い詰めるな。ゼルが話しにくくなるだろう」


 父さんが母さんを制止に入る。

 長い顎鬚を生やしたナイスミドルだ。最近は年齢のせいで腹が出てしまっているが、体格もがっしりしていて、盗賊というより兵士にいそうなパワフルな外見である。これでも狼と同じ速さで走れるのだから、人間見た目によらないものである。


「……まあ、父さんがそういうのなら」


 体格は大きいが、彼の盗賊としての器用さはずば抜けていた。

 どんなカギでもこじ開け、どんな罠でも解除することが出来る。もちろん、適切な道具があれば大半の盗賊はカギや罠を解くことは当たり前に出来るが、彼の凄いところはいかなる状況下であったとしてもそれが可能であるということだった。


 一度逮捕され、海に浮かぶ孤島の刑務所に収容されたことがあるらしいが、脱獄に成功し、その二日後には町に戻ってきたという伝説がある。しかもどのような手段で脱獄したのかが分からず、対策しようにも対策が出来ず、いまだ謎に包まれているらしい。


「……おい、ヘンゼル。お前もわかってるだろうが、この社会は血筋で職業が決まってる。そういう風に役所にも登録してある。盗賊が盗賊以外の仕事をしてバレると、お前は牢屋行きだ。分かっているのか?」


「わ、分かってるよ、父さん……別に盗賊を辞めたいなんて思ってないって……」


 この世界では全ての職業は血筋によって決められている。

 商人の子供は商人に。兵士の子供は兵士に。魔法使いの子供は魔法使いに。貴族の子供は貴族に。


 そして、盗賊の子も、当然盗賊になる定めなのだ。


「盗賊を辞めたくないのに、盗むのをやめるって言うのはどう言うことだ? 父さんには話の筋がわからんな」


 子供が自由に職業を転々とすると、その職業の知識経験が後世に受け継がれなくなることを恐れた結果の社会制度だ。

 人気のある職業に人々が集中することを回避して、社会を安定させたいという目的もあるらしい。


「ひ、人の役に立つ盗賊になりたい……」


 盗賊をやめて専業主婦になった母さんと比べ、父さんのほうが圧倒的に盗賊としてのプライドが高い。

 厳しさも段違いだ。先ほどのように殴られることはなかったが、それでも盗賊の訓練に甘えはなかった。


 そんな父さんを前にして、俺は恐れを感じ、思わず本音が口から出てしまった。


「はっはっは!! お前もまだ若いな、ヘンゼル。人の役に立つ盗賊? 誰からそんな夢物語を聞いたんだ? 全く面白いことを言うようになった。……いいか、ヘンゼル。よく聴け」


 父さんは右手で握ったフォークで俺を指す。

 羊のステーキを刺したばかりのフォークの先からは、かすかに肉汁がしたたり落ちていた。

 

「お前は盗賊だ。盗賊らしく、盗め。それも多く、沢山のものをだ。それがお前の役割であり、社会での使命だ」


「でも、そんな……誰かが頑張って働いて稼いだものを勝手に盗むなんて……」


 思わず心の底に秘めた罪悪感を父さんと母さんにぶちまける。

 レミアンと出会わなければ、こんな感情を頂くこともなかったのだろう。今まで父さんや母さんに教えられてきた通り、盗賊が盗みを働くことは正しいことであると、無心で信じていたに違いない。


「それは間違いだ、ヘンゼル」


 はあ、と父さんはため息をつく。


「俺たちがいるから、人々は安全により気をつけるようになるんだ。常に危機感を持って物やお金を管理するようになる……確かに世間一般で褒められた職業じゃないかもしれない。だがな、事実俺たちがいることによって社会は回っている。俺たち以外にも風俗や黒魔術を生業とする家庭がいることも知っているだろう? やつらも決して社会で望まれているわけじゃない。だが、社会のバランスを維持するためには、必要なんだ」


「……でも……」


 俺が父さんの話を遮ろうとすると、父さんが更に遮ってきた。

 父さんの眼光は俺を厳しく訓練するときのそれだった。


「『でも』はなしだ、ヘンゼル……安心しろ、父さんとか母さんがお前を一流の盗賊にしてやる。お前がくいっぱぐれないようにするのが俺たち親としての使命だ。それで可愛い盗賊のお姉ちゃんとでも家庭を気付いてくれれば、俺たちは十分幸せだ」


 母さんは父さんの話に同意するように頷く。


「そうねー、メッテちゃん、とかね?」


 俺はうつむいたまま、トウモロコシのスープを無言で食べる。


「ほら、バカなこと考えてないで、とりあえず食べなさい! ステーキ冷めちゃったら、固くなっちゃうわよ!」


 母さんから促されると、俺はテーブルに置いてあったナイフとフォークを手に取る。

 ステーキはもう既に固くなっており、食欲をそそられない。口に運んだところで、今の心境で味わえるわけもない。


「……はい……わかりました……」


 俺は会話するのをあきらめた。


 俺はステーキを母さんに促されるがまま、固くなったステーキをナイフで切る。

 断面からは冷め切った肉汁があふれ出す。


 母さんと父さんは俺そっちのけで、俺の今後の嫁について雲をつかむような話で盛り上がっている。

 俺は黙りながら、冷たいステーキを口に運んだ。

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