マジックブレイカー

マジックアワー

マジックアワー1

魔法の時間はまだ終わらない。



新光皇暦アフタームスタング3060年、地下複合都市ガフ、ヴァルハラ地区


コクピット内の冷めた空気とは対照的にアリーナの熱狂は最大値に達していた。メシアタイプ同士の戦闘なんていくら払えば見れるものなのか見当もつかない。それが手が届く価格で見れるのだ。他人事ならばそんな面白いことはないのかもしれない。相棒であるμTミュート -CENDRILLONサンドリヨンのコクピット内で私は毒づいた。


まもなくタイトル戦の挑戦権をかけた試合が始まる。タイトルになんて興味はない。だが奴がここにいるならば……。”ダイセン”!私はここにいるぞ!私は奴に返してもらうものがある。ここで頂点を目指していれば奴に会える。


”俺” は……、私!はCENDRILLONの見る景色をディスプレイ越しに見る。この兵器特有の特殊な没入感、それに抗うのをやめれば俺は心まで失ってしまうでしょう。私は対戦相手を見据える。μT -LOCUSTローカストだ。


「まったくせっかくのヘヴンズレイを無駄遣いしてこんなことをするなんて人類あなたたちは度し難いね」俺の、私のメイド長アイリーンのありがたいお言葉だ。夢の新エネルギーと言われたのも今は昔、ある時期を境に惑星上のヘヴンズレイは減少の一途を辿った。


μTはそのヘヴンズレイを用いた、通常のロボット兵器アームヘッドの一歩先をいく新兵器でありあの厄災スカージを退け人類を新時代へと導く救世主セイントメシア、だった。今では氷の真下の闘技場で人々の生活の渇きを癒すおもちゃというわけだ。


そうではない、とCENDRILLONが無言で訴える。そもそもだ。なぜこんな茶番が可能なのだ?わざわざ枯渇しそうな万能エネルギーを無駄遣いする?無駄遣いするほどあふれているならともかく。……もし仮にここではヘヴンズレイがあふれているとしたら?


「遠く、トリフネからダイセン財閥の挑戦者がこのヴァルハラへやってきました!数多くの敵を葬ってきたCENDRILLONがシンデレラストーリーの続きを見せてくれるのか!」実況の言葉で我にかえる。今の俺は宿敵の力でのし上がってきた。魔法は機会をくれるだけ必要なのは実力だ。


CENDRILLONが拳を構える。さあ来い。俺は手招きする。魔法が俺を舞踏会に招待した。踊ってやるよ。「調子に乗るなよ。俺はこのヴァルハラで何年戦ってきたと思っているんだ?」「なるほど心強い、何年も成果が出なかった相手だから安心して勝ってくれとは」「きさま!」


雑魚の上、挑発に乗りやすい相手ならばやりやすいことこの上ない。いくら高性能機に乗っていてもそれが活かせなければ意味がないのだ。俺とCENDRILLONがここに魔法のように易々と来れたと思うなよ!LOCUSTが飛び跳ね、CENDRILLONを翻弄する。


と向こうは思っているのだろう。仮に飛び道具があれば多少の苦戦はしたかもしれない。だが今、この試合に熱狂している気楽な観客達を守るためにそういった類のものは禁止されている。「なるほど、めまいがしそうだ。眠ってしまってもいいかな?」俺は追加の挑発をする。


「うるせえ!」LOCUSTが跳躍につかう逆関節の脚部を用いた強力なキックをCENDRILLONにお見舞いした。ところまでは見えたであろう。堅牢なCENDRILLONはその蹴りを受け止めた上でカウンターのパンチをLOCUSTにお返しした。


「やったか?」実況が囃し立てる!アリーナの地面の砂が舞い砂埃で隠した試合結果を風が明らかにした時、私は言った。「やりました」CENDRILLONは機能停止したLOCUSTの上で仁王立ちした。


コクピットが開き、CENDRILLONから出た私は仮面の下の無表情を隠しながら観客の声援に応えた。


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