冥探偵

七乃はふと

冥推理

 僕がドアを開けると、部屋の中にはたくさんの警察官が作業している。


「皆さん。ご苦労様。いやあご苦労様」


 作業に集中してどいてくれない警察官達の間をすり抜けると、男性が胸から包丁を生やしてリビングで倒れていた。


 死体の傍にしゃがみ込む。


 横向きに倒れた死体には左胸に深々と包丁が突き刺さっている。


 切っ先は肋骨の隙間に潜り込み心臓を貫いていた。


 死体を調べると、傷口の周りに無数の小さな傷があり両掌が赤くなっている。これは霜焼けか?


「警部。被害者の妻を重要参考人として署に連行します」


「包丁から妻の指紋も出たし、この事件は早く終わるな」


 警官達の会話から察するにどうやら被害者の妻が犯人だと決め付けている。


 話を聞きながら目を動かすと、フローリングに小さな窪みを見つけた。


 ちょうど被害者がうつ伏せになると包丁の柄頭が当たるところだ。


 鑑識が近づいてきたのでその場を離れ、部屋を調べる。


 本棚を見ると沢山の小説が収められていた。


「泡坂妻夫、江戸川乱歩、乙一、コナンドイル、松岡圭祐……僕が読んだ事のあるものばかりだ。彼も探偵に憧れていたのか? 生きていればいい友達になれたかもしれないな」


 何気なく江戸川乱歩の【続・幻影城】を手に取ると、角が折れているページを見つけた。


 開いてみると、【犯人と被害者と同一人】という項目に赤線が引かれている。


「なるほど」


「誰だ⁈ 本棚の本を触っているのは!」


「おっと失礼」


 慌てて本を戻した。


「皆。聞いてくれ」


 自分の推理を話そうとするも、相変わらず忙しそうなので、そのまま話す事にした。


「犯人は奥さんじゃない。真犯人は彼だよ」


 横向きに倒れた死体を指差す。


 信じてないのか、全然こちらを注目しない。


「気になるところが四つある。

 一つ、傷口の周りの小さな傷。

 二つ、両手の霜焼け。

 三つフローリングの小さな窪み。

 ここまで聞いて何か気づいた人は?」


 誰も反応しない。まだ分からないらしい。


「なら教えよう。被害者はまず包丁の柄頭を氷で固めた。それをフローリングの床に押しつけ両手で柄を掴んで固定する。

 この時に霜焼けしたんだ。

  そして体重を掛けて包丁を胸に刺そうとしたが、自分の命を自分で奪う恐怖に負けて中々上手くいかない。

 その証拠が傷口周りの小さな傷、あれは躊躇い傷なんだ」


 僕は床に寝そべりフローリングの窪みを指差す。


「ここを見てくれ。この小さな窪み。体重を掛けた時に柄頭がフローリングを傷つけた証拠だよ」


 立ち上がり、本棚から【続・幻影城】を取り出し角が折れたページを見せる。


「これが四つ目。この本にある【犯人と被害者と同一人】に赤線が引かれている。被害者はこれを見て今回の犯行を思いついたんだ」


 僕の推理が終わっても警察官達は自分の作業に集中していて、全く聞いてくれていなかった。


「そうかい。僕の推理を無視するなら勝手にしてくれ。君達の無能ぶりには付き合いきれないよ」


 帰ろうとすると、玄関の外から女性の怒鳴り声が聞こえてきた。


「私は犯人じゃありません。夫を殺していなんです!」


 ドアが開いて現れたのは、僕の妻だった。


 何故彼女が重要参考人なんだ。だって僕は生きているのに?


「確かに昨日夫と喧嘩しました。理由ですか……私が不倫していた事で口論になったんです。

 だってあの人探偵になりたいとか言って子供みたいで……。

 事件があった時、私は恋人のところにいました。彼に確認してみてください。

 私はこの人を殺してないんです!」


 口論、怒り。出て行った妻、悲しみ。研がれた妻の包丁、本に引いた赤線、閃く。氷を纏わせた柄、切っ先が心臓に迫る、恐怖。冷たい刃が体を貫く鋭い痛み、何も感じない。


「そうか。僕は死んだんだっけ」


 ―お・わ・り―

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冥探偵 七乃はふと @hahuto

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