第14話 エピローグ
テイルマシンから出た後は、いつも現実感が朧だ。
少なくとも2、3日は腑抜けのようになる。
今回はもっと長いかもしれない。
「よう、たそがれてるな」
「課長」
背もたれのない固いベンチに座って、ぼんやりしていた俺に課長が声をかける。
こういうとき、屋上で煙草でもふかしていれば格好がつくのだろうか。
だが俺が今いるのは、休憩室とは名ばかりの廊下の小汚い片隅で、そもそも俺は非喫煙者だ。しかも飲んでいるのはおしるこである。
現実世界は、どうあっても俺みたいなのが格好つかないようになっている。
課長はコーヒー缶を手に、俺の隣に座った。
「課長、俺、目ン玉ついてますかね」
「ああついてる、徹夜明けのゾンビみたいにどんより濁ったのがな」
たった数日のあいだ目のない人間として生きただけで、自分に瞳があるのが不自然でたまらなくなる。
四足歩行動物が主人公の作品にダイブした同僚は、1ヶ月ほど両脚だけで歩くのが気持ち悪くてしかたなかったという。
「『幻麗のアストラルリート』の原本照合が完了した。あの世界は、当初の予定通りの物語に戻った」
アインザムもクランクルムも、元の何も為さない無害な端役に戻った。
エーデルライトとノーマルーデは周囲の迷惑も顧みず身分違いの恋にお熱で、リータはそれを支え続ける。
そして誰からも肯定されない孤独を抱えたままのアロガンシアは自己主張もできず、ただされるがままに街から追放されて、死ぬ。
ミードはどうしているのやら。
「なんで、アロガンシアはああなったんですかね。俺、たいしたこと言ってないですよ」
俺がまたあの世界にダイブするか、リライターとして転生しても、もうそこにいるのはあのときのアロガンシアじゃない。これが現代文のテストなら誰かが答えを教えてくれるだろうが、あのときの彼女が考えていたことなんて、もう誰にもわからない。
「俺らの仕事って、いいことなんですかね。リライターなんてきっかけに過ぎなくて、ひょっとしたらあの世界の住人には、もっと幸福な未来をつかみ取るポテンシャルがあったかもしれない。それを俺らの感動のために、俺たちが勝手に決めた形に矯正するの、正しいことなんでしょうか」
疲れてんなぁ、と課長は哀れむような眼差しを向けてきた。
「確かに、俺たちの仕事に意味なんてないのかもしれないな」
「課長」
俺はガッカリした。
もっとこう、年長者として若者の迷いを吹っ切るような至言を並べてくれると期待していたのに。
やっぱり現実はクソだ。
「まあ、勝ち負けで言えば、アロガンシアは勝ったな」
「は……?」
「あいつはおまえの思い出になった。おまえにとってアロガンシアは最初のプレイで見たアロガンシアじゃなく、ダイブして間近で見守ったアロガンシア以外に存在しないだろう」
「…………」
課長の言うとおりだ。この先『幻麗のアストラルリート』を再プレイすることがあっても、あのアロガンシアのイメージは忘れられそうにない。
「あいつは物語の中で生き残るより、もっと大事な、おまえの思い出の中に生き続けることを選んだんだ――なんてな」
「…………」
まあ、あんまり考えすぎるな、と課長は照れ隠しのように笑った。
「登場人物の幸せなんか俺たちの考えることじゃない。物語ってのは受け手を愉しませるためにあるんだ。奴らはそのために生まれたもんなんだから、受け手そっちのけで幸せになってもらっちゃ困るよ。これからも戦争や地震や津波や疫病で、じゃんじゃん苦しんだり足掻いたりしてもらわなきゃ」
飲み干したコーヒー缶を課長はゴミ箱に突っ込む。
「神様が
END
滅びこそ、悪役令嬢(ヴィラン・レディー)の花道よ!? 鯖田邦吉 @xavaq
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