第14話大魔王、奢る

 視察の名目で帝都に繰り出した我輩たち五人は、まず酒場に行くことにした。

 無論、酒を飲むためではなく、話を聞くためだ。ああいう下衆なところならば、飾らぬ本音が聞けるだろうという思惑だった。

 朝っぱらから開いている、マルクたちと知り合った酒場――ロメルダとかいう女の酒場――に我輩たちは入店した。


「ほう。ここが酒場か……」


 テオが好機心たっぷりな目で店内を見渡す。当たり前だが物珍しいのだろう。大事に育てられた皇帝はこんな下品な飲食店に来るはずがない。


「あら、いらっしゃい……って、あなたたちか」

「なんだその面は。こっちは客だぞ」


 我輩の顔を見てげんなりとした女主人ロメルダは「あなたここで食べても飲んでもいないじゃない」と鋭い指摘をしてきた。

 ふむ。つまり客ではないと言いたいわけか。


「安心しろ。今日の我輩は金とやらを持っている」


 そう言ってロメルダの前に金貨の入った袋をどんっと置く。

 テオ以外の連中は目を丸くする。


「どうしたんだ……こんな大金!」

「ああ。ちょっとした臨時収入だ」


 プルートの問いに軽く答えてやった。

 正確に言えばクランクラウン城に忍び込んだとき、金庫から失敬したのだ。


「お前、まさか……!」

「へえ。臨時収入か。凄いじゃんか!」


 察しの良いプルートは顔を真っ青にして、何も考えとらんマルクは素直に感心した。

 何が何だか分からないティアは「臨時収入ってなんですか……?」と怯えていた。


「この前の詫び代と……おい、ここに集まっている者共!」


 我輩は酒場で騒いでいる者たちに大声で呼びかけた。

 がやがやしながらも注目が集まったのを確認すると「今日の飲み代は我輩が持つ!」と宣言する。


「どんどん酒を頼んで飲んでくれ!」

「おおう!? そりゃマジか!?」

「ぐへへへ。悪りぃな坊主!」


 訳が分からないとは思っているらしいが、タダ酒が飲めるとあれば関係ないらしい。

 ところどころで乾杯の声が上がる。


「いいのかおい!?」

「これで話も聞きやすくなっただろう。どれ、しばらく経ったら聞きに行くぞ」


 プルートにそう言い聞かせた後、ロメルダに「今日の酒代はこれで足りるな?」と念を押す。奴は中の金貨を客に見えないように数えていた。


「え、ああ。もちろん、足りるよ。今日どころか一週間はタダにしてやっていいくらいだよ」

「そうか。では、テオ。好きな奴に話を聞け」


 ロメルダは「そういえば、そこの人は初顔だね」とテオを指差す。


「初めての客だ。しかも、その格好は……」

「あまり深入りするな」

「なんだい。貴族か。もしかしてこれはそのお方から出たものかい?」


 当たらずとも遠からずと言ったところだった。

 するとテオが「主人に訊ねたい」とロメルダに言う。


「あなたは――今代の皇帝をどう思っているか?」

「……なんだその質問は。貴族様に下手なこと言えるわけないよ」

「誰にも言わん。だから本音を聞かせてくれ」


 テオの真剣な眼差しにロメルダは溜息をついた。

 そして飾らない本音を吐露する。


「客たちには不評だね。政治のできないお坊ちゃま。そういう噂が広まっているよ」

「そう、なのか……」

「母君の皇太后様の顔色を伺って、宰相のレノール様に政治を任せて。知っているかい? 貴族を優遇する法令を強化したときは、だいぶ不満が高まっていたよ」

「あ、あれは、貴族たちの不満の解消と、領主たちが徴兵しやすくするために……」

「その結果、庶民はますます税金を取られるようになりましたとさ」


 ロメルダはテオの正体を知らないまま、皇帝の不満を言う。


「今の上の人間は、下々の暮らしを理解できてないのさ。金を搾れるだけ搾り取って。勇者制度だってそうさ。勇者認定された奴が魔王を一人でも討伐できたかい?」

「…………」


 テオが悲痛に満ちた顔で黙り込んでいるのに気づき、ロメルダは「別にあんたを責めているわけじゃないさ」と困った顔で言う。


「悪いのは皇帝陛下に政治をさせず、自分たちの利権を守ろうとする貴族連中さ。あんたは政治に関わっていないだろう? 先帝陛下や就任したばかりの陛下なら、こんなことにはさせなかったよ」


 何の救いにもなっていない言葉だったが、テオは「深く受け止めておく」とだけ言った。

 その背中は悲しそうで、我輩の隣にいたマルクは「大変なんだな」と同情をしていた。


 その後、酒場にいた者共の話を聞いたが、あまり良い評判は聞けなかった。


「皇帝陛下? ああ、あのお飾りか」

「傀儡って言うんだっけか? それとも操り人形って言うのか?」

「どっちにしろ、俺たちのことなんか考えちゃいねえよ」

「せめて税金を下げてくれねえかな。そしたらもっと飲めるのによ」


 我輩が大魔王だったときは、不敬な魔族は首を刎ねていたのだが。

 テオは一つ一つの言葉に胸を痛めて。

 それらを持ち帰る覚悟を持っていたようだった。






 昼過ぎ、帝都の中心、噴水広場。

 ここには大きな噴水が置かれていて、目抜き通りが敷かれている。

 俺たちは屋台で買った食べ物をベンチに座って食べていた。


 酒場と違い、喧騒がないのは兵士が巡回しているからだ。

 しかし末端の兵士はテオの顔を把握していないようだった。

 だから堂々と食事ができた。


「美味しいなあ。パンで具材を挟んだだけなのになあ!」

「ほら。こぼしているぞ。ゆっくり食べろ」

「美味しいですね……ククアさん、まだお金あったんですね」


 ティアが不思議そうに言う。

 まあ拝借したのは袋一個ではない。

 我輩はメドゥにハムを食べさせながら「それで、感想は?」と屋台の食べ物を持ったまま食べようとしないテオに訊ねる。


「民に好かれていないと分かっていたが、あそこまで悪く言われると……堪えるな」

「それが現実だ。基本、民は不満しか言わんからな」

「はは……まるで治めたことがある口ぶりだな」


 大魔王だから当然ある。

 すっかり落ち込んだテオは「私は、何も知らなかった」と述懐した。


「私はただ、母上とレノールの言うとおりに動く、操り人形だったのだな」

「そうだな。それが問題だ」


 我輩はびしっとテオに指差す。

 テオは我輩が何を言うか待っている。


「どうして己で政冶をせぬ? 聞いたところによると、初めは上手く治めていたではないか」

「ある政策のせいだった」


 テオは自嘲気味に自分の失策を語った。


「橋をかけたんだ。地方と帝都の行き交いを楽にしようと。予算がかかるから、反対する者もいた。しかしそれを押し切って、橋を作ったんだ。大きな大きな橋だ」


 それまで食事に集中していたマルクがぴたっと止まった。


「その橋が完成した直後、魔王の軍勢が襲来してきた。ああ、そうだ。橋を利用された。帝都の兵が追い払ったが、多くの者が殺されたらしい」

「兵士は死ぬのも仕事のうちだ。気に病むことはなかろう」

「それでも、私が橋をかけようと思わなければ……」


 テオが悲しみに沈んでいたとき「それは違います!」と立ち上がった者がいた。

 マルクだった。奴は持っていたパンを一気に食べると「行きましょう、陛下!」とテオの手を取った。


「どこへ行くと言うのだ?」

「橋ですよ! 陛下が作った橋を見に行くんです!」


 マルクのやや暴走した行動にプルートは「お前、何を言って……」と止めようとする。

 しかしそれでも奴は止まらない。


「行きましょう。今、どうなっているのか、見るんです!」

「……見たくはない。どうせ民からの評判は悪いだろう」

「見なくちゃ分からないでしょう!」


 強引な行動だった。

 馬鹿が馬鹿な行ないをしていると我輩も思った。

 だが、どこか信念を感じられた。

 マルクは何かを信じているようだった。


「テオ。その橋を見に行くぞ」

「き、君まで、何を言って……」

「今日、貴様はどんな者でも、その言葉を受け止めていた」


 我輩はマルクの目に何かを感じていた。

 熱意というものを感じていたのだ。


「マルクの意見も聞き入れるべきだ。ここで逃げてしまえば、貴様の視察はなかったことになる」

「…………」

「さあ立て」


 テオは――何かを決意したように頷いた。


「そうだな。貴様の言うとおりだ。案内してくれ」


 我輩はこれが人間の強さなのだと実感した。

 逃げずに絶望と戦うこと。

 それができるのは、人間しかいない。


 それが異世界でも同じとは。

 まったく腹立たしいが――愉快でもある。

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