ククアの愉快な冒険 ~大魔王は異世界転生して勇者となって七大魔王倒す。理由はムカつくから~

橋本洋一

第1話大魔王、封印される

 我輩は――絶体絶命の窮地とやらに立たされていた。


 雷鳴轟く、魔界の我が城の最深部にして王座の間。

 眼前で息を切らしている、人間の希望にして魔族に死をもたらす者、勇者セイン。

 奴は満身創痍でありながら、大魔王である我輩を睨みつけている。それは『体力が減るにつれて力が増す』という不愉快な女神の加護が起因している。俗な言い方をすれば、ピンチになればなるほど、普段以上の力を出せるのだ。


 傷だらけの身体、血まみれの鎧、潰れた片目。もはや蚊ほどの体力もないのに――それゆえにこの我輩と互角に戦えている。

 奴の他の仲間は既に地に臥している。だが、勇者セインだけは諦めない。世界に平和とやらをもたらすために、我輩に挑んでいる――


 既に最終形態になっている我輩。この状態になるまで追い詰められたのは初めてだ。配下の魔王や四天王にもこの状態になったことはない。

 それが――何故か心地良い。我輩を殺そうとする勇者が愛おしくすらある。


「……何が可笑しい! 大魔王ネーロ!」


 おっと。思わず笑ってしまったようだ。

 だが、顔の緩みを止められぬ。


「……よくぞ、人の身でここまで鍛錬を重ねたものだ」


 口に出たのは、驚嘆の言葉、そして賞賛の言葉だった。

 勇者が怪訝な表情をする。我輩の言葉の意味を図りかねているようだった。

 だから――我ながら邪悪に彩られた笑みで勇者に告げる。


「天晴れだ。褒めて遣わす」


 勇者は呆気にとられた――だがすぐに挑発だと気づいたようだ。我輩に向かって怒鳴りつけてきた。


「ふざけたことを! 貴様のせいで、世界中の人々が苦しめられたのだぞ!」


 それは事実だ。我輩の配下である魔王サレーは魔物に人間が治める国を襲わせた。聞くところによると、勇者の村も犠牲になったようだ。


「そうだな。我輩の命令で、多くの人間が死んだ。クハハハ、愉快だったな」

「貴様……! 何のために、人々を苦しめるのだ!」


 勇者セインは剣を握り直して、我輩に問う。

 我輩は「理由などない」と笑って返す。


「我輩は大魔王である。何をしようが自由だ」

「そ、そのような、幼稚な考えで……」

「ならば問おう。勇者セインよ。お前は――魔族や魔物を殺したとき、喜んだりしないのか?」


 勇者は目を見開いた。心当たりがあるのだろう。


「一撃で魔物を倒したとき、爽快感はなかったか? 強敵の魔族を仲間と協力して倒したとき、達成感はなかったか?」

「そ、それは――」

「我輩はその気持ち、十分に理解できる」


 そして、一番残酷で残忍な言葉を、勇者に告げた。


「お前の村を滅ぼしたと聞いたときは――すかっとしたぞ」


 勇者の何かが切れた――全身から怒りのオーラが発せられる。


「き、貴様ぁあああああああああああ!」


 勇者はなりふり構わず、我輩を殺そうと、全力で駆ける――


「……人間とは、悲しいものよ」


 勇者が我輩までもう一歩という距離で、練り上げた魔力で魔界の鎖蛇――鋼鉄の蛇だ――を召喚し、勇者を縛り上げた。


「ぐううう!?」

「……我輩はこの世全ての蛇の王でもある。蛇は我が眷属。ゆえに魔力さえあれば、呼び寄せることができる」


 必死にもがく勇者に我輩は己の剣を向ける。


「くそ! 卑怯だぞ! 大魔王!」

「お前は、誰を相手にしていると思っておる? 悪徳と冒涜に血塗られた大魔王だ……逆に失望したぞ、勇者よ。もう少し賢しければ、楽しめたものの」


 我輩は勇者の胸に剣を突きたてた。

 大量の血を吐く勇者。もはや助からん。


「久々に楽しかったぞ、勇者セイン。清々しい気分だ。我輩の心は満足感で満たされておる……」


 鎖蛇を解き、勇者の死に顔を見る。

 苦痛と絶望が入り混じっていた――素晴らしい。


「さて。こやつの仲間を念のために殺しておくか。万が一ということもあるしな」


 我輩が仲間に目を向けた瞬間――僧侶の女が、立ち上がって呪文を詠唱していた。


「なんだと――」

「セイン、起きて! あなたは人の希望なんだよ! 負けないで!」


 僧侶の女――名も覚えられぬ凡百の人間だ――の杖から聖なる光が出て、勇者の身体を癒す。


「ふざけるな! お前、何をしているのだ!」


 我輩は女に近づき、一撃で殺そうとする。

 女は直前まで近づいた我輩の剣を見ていない。

 見ているのは、勇者だけ――

 ふざけるな、我輩が殺そうとしているのに――


 鈍い金属音が、王座の間に響いた。


「……馬鹿な!」


 僧侶を守ったのは、死んだはずの勇者だった。

 目に光が戻っている。しかも――力が増している!?

 死んで戻ってきたから、力が増したのか!?


「この、死にぞこないが!」


 我輩が再び剣を振るう――勇者は片手で弾き飛ばした。

 そしてもう一方の片手で、オーラを込めた拳を我輩に叩きつける!


「が、はあ!?」


 凄まじい一撃だった。我輩は王座まで飛ばされて――装飾を施された椅子が破壊される。


「はあ、はあ、ちくしょう……!」


 勇者を今度こそ殺そうと、立ち上がった――だが、いない!?


「くらえ、大魔王ぉおおおおおおお!」


 上から声がした――勇者が上空から切り下ろしてきた!

 頭が真っ二つに斬られた――だが、この程度では我輩は死なん!


「人間風情がぁあああああ!」

「人間舐めんなこんちきしょうぉおおおおおおお!」


 絶叫がぶつかる。

 交差する剣――


 決着がついてしまった――

 我輩の剣は、勇者の片目を抉ったが、勇者の剣は我輩の心臓を貫いている。


「……見事だ、勇者、セイン」


 仰向けに倒れる我輩。

 身体が朽ちていくのが分かる。


「だ、だが、我輩は滅びぬ……いつの日か、復活を遂げて、人間を滅ぼしてくれるわ……」


 それは強がりではなかった。我輩は何度死んでも数百年後には復活できる。

 人間の寿命は短い。その頃には勇者も死んでいるし、人間も油断しているだろう。

 最終的には、我輩が勝つのだ!


「……俺たちが、対策を打っていないと思っていたのか?」


 勇者は懐からガラス玉を取り出した。

 激しい戦闘だったのに、ヒビ一つ付いていない……まさか!?


「そ、それは、神具、吸魂器!?」

「流石に知っているようだな。これは魂を封じる物。世界が滅ぶまで、ずっと貴様を封じる物だ!」


 これは不味い! 万全の我輩なら封印を解くことができるが、弱ったまま封じられたら、永遠に閉じ込められる!


「やめろ! くそ、この人間が! ちくしょう、殺してやる! 殺してやるぞ!」


 足掻く我輩だったが、肉体の滅びが避けられない!


「……大魔王ネーロ。もしも貴様が改心することがあれば、これは使わないで置こうと思ったが、それは無理なようだ」


 勇者セインは、吸魂器を発動させた。


「やめろやめろやめろ――」


 制止の声も虚しく、我輩の魂は肉体から離れ――吸魂器の中に閉じ込められた。


「おのれぇえええええええええええええ!」


 こうして我輩は暗くて小さな空間に閉じ込められた。




 吸魂器の中は暗黒に満ちていた。ただそれだけの空間だった。時の流れも感じられない。


 我輩は苦痛と屈辱に支配される――いや、それだけはならん。いずれ我輩は復活を遂げられる。そう信じねばならぬ。狂信でも盲信でも、信じることが必要だ。人間が希望を信じるように。


 大魔王のときは何かに祈るとか、それこそ他者に縋るなどをしたことはないが、この状態になってからは、誰かが吸魂器を見つけ、破壊してくれることを祈っていた。魔族がベストだった。次に魔物、第三が蛇、最悪人間も良い。


 もしも我輩が大魔王でなく、ただの愚かな人間ならば、心が折れてしまっていただろう。あるいは心が腐ってしまっただろう。もしかすると心が壊れてしまっていただろう。


 しかし強靭な精神力を有する我輩は耐えた。数年、数十年、数百年、数千年――


 そして、そのときが来た。




 吸魂器が壊れて、魂が自由になる感覚。

 慌てて周りの状況を確認すると、光と闇が混在した、混沌の世界が目の前に広まった。

 吸魂器からの開放感とこの状況の分からなさで、しばし混乱していると、我輩を呼ぶ声がした。


 ――大魔王ネーロよ。あなたは大罪を犯しました。


 大罪だと? 笑わせてくれる。その声、聞き覚えがあるぞ。勇者に加護を与えた女神だな!


 ――しかしその罪は、まだ贖えておりません。


 知るか! それよりここはどこだ! 世界はどうなった!?


 ――ゆえにあなたを必要とする世界に誘います。


 なんだと!? ふざけるな! 何を勝手に決めて――待て。待て待て待て! 我輩の魂を引っ張るな!


 ――その世界で、あなたは人のために生きるのです。


 ふざけるな! さっさと元の世界に――




 我輩は決死の抗議にも関わらず、魂は次元を超えて、世界を超えた。




「おお! 成功じゃ! まさか、上手く行くとは思わなかったのう!」


 気がつくと、我輩の目の前に老人が居た。

 周りを本に囲まれている暗い部屋。足元には魔法陣が描かれている。


「こ、ここは……?」

「――っ!? なんと、もう喋れるのか!?」


 驚愕する老人を余所に自分の身体を確認する。

 魔族と程遠い脆弱な身体――


「人間に転生したのか……!」


 つまり我輩は、人間ごときに、転生されたというわけだ。

 実に腹立たしい! 不愉快極まる!

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