げんきなまち〜奥州一年合戦〜

桑原賢五郎丸

渡稲歌町は今日もげんきいっぱいだった

尻を蹴られた新戸陽喜夫はキャンと泣いた

 平日の午前中。

 パチンコ台をガンガンと拳で力強く叩きながら、出ねえ、出ねえと騒いでいる中年の男は、中途半端に伸ばした髪を後ろで束ねていた。

 にい陽喜夫ひきおは本日二度目となる期待度高めのリーチを外したことで、いつものようにかんしゃくを起こしているのである。


「あーあ! この店は遠隔やってんなあ! やってやがんなあ!」


 経済的にも精神的にも落ちるところまで落ちた者がしばしば発する、恥も外聞も根拠も知性の欠片もない決り文句を大声で怒鳴りながらなおも台を叩いていたところ、後頭部に衝撃が走った。

 陽喜夫が目をしばたかせながら振り返ると、アルバイトと思しき若い店員が立っていた。インカムで何かを話している。


 陽喜夫は混乱した。まさか、カネを使っているお客様の後頭部に平手打ちを喰らわせる店員がいるとは思ってもいなかったのである。経験上、騒いでいれば店員のみならず他の客を威圧することができると知っている。

 なぜ他の客を威圧する必要があるかというと、その台を狙うためである。厄介事を避けた客の後は「出る」というあまりにも頭の悪いジンクスを陽喜夫は信じていたのだ。


「え、え? なに、まさか今、お前、おれの頭叩いた?」


 アルバイトはそれに答えず、インカムで指示された内容に従った。すなわち耳を掴んで立ち上がらせ、店長室に連行したのである。


「おい、痛えよ、やめろよ! おれを誰だと思ってんだ! 訴えるぞ! お前の人生、一生台無しにしてやるぞ!」

「はい店長、わかりました。そちらへ向かいます」


 アルバイトは、甲高い声で叫び続ける陽喜夫を完全に無視し、店の裏手にある階段を登って店長室へと連行した。

 室内では、パンチパーマをきつめにかけた三つ揃え背広姿の男がタバコを吸っている。煙を吐き出すわけでもなく、開いた口の中で煙をふかしている。アルバイトはその足元に陽喜夫を体落としで転がし、尻を2発蹴飛ばした。指示ではない。キャンという情けない悲鳴が室内に響いた。


「ご苦労さん。あとはおれに任せてくれ」

「はい店長」


 店長と呼ばれたパンチパーマは、タバコを乱暴にもみ消し、おどおどと目を泳がせる陽喜夫を見下ろした。


「お前、新戸だろ。さっきから防犯カメラで見てたけどよ、なんぼなんでも調子に乗りすぎじゃねえか?」

「え、だ、誰?」

くぎだよ、きんけー高の同級生の」


 あっと驚きの声を上げた陽喜夫、跪いたままの姿勢で後ろへ引き下がった。なお、釘尾が口にしたきんけー高というのは愛称であり、正式名称を県立金鶏卵きんけいらん高等学校という。


「く、釘尾か! お前がここの店長か!」

「そうだよ」


 かつて一番の親友と思っていた優男の変貌に、陽喜夫は目を見張る。強めのパンチパーマに三つ揃いの背広。その容姿はどこからどうみてもあっちの筋の。

「パチンコ五百億兆ドル」の店長、くぎしめは蛇のような目でカエルじみた動きの陽喜夫を見据えた。


「あのな、お前な、よく聞け。今からおれが言うことを、よ〜く聞け」


 出来も態度も悪い生徒を諭すように、釘尾は丁寧に言葉を選んだ。


「今からこの店、出禁だから。今日まで我慢してたのは、お前が同級生だからだ。それがなんだ、平日の午前中から出もしねえパチンコばっか狂ったサルみてえに打ちやがって」

「店長が『出もしねえ』って」

「それどころか他のお客さんにも迷惑かけやがる。どうせ仕事もしてねえんだろ。どうせ親父さんのカネだろ。偉いのは手前みてえなそびえ立つクソじゃなくお前の親父さんだということに、40歳にもなるのに分からねえのか」

「まだ39だけど」

「この店出禁ということは、町内のパチンコ屋、全部出禁だから。クソが詰まった頭でよく考えろ。カネ払ってる遊戯客だからエライと勘違いしているかもしれんが、どこの店もお前みたいな奴に来てほしくはねえよ。貧乏神が」


 丁寧な言葉で一切の反論を封じた釘尾は、貧乏神の奥にある扉に顎をしゃくった。出て行けのジェスチャーだ。


「お、おう。出てくよ。出てけばいいんだろ! その代わりなあ!」


 返答の代わりに釘尾の冷たい目線が飛んできたが、他人の気持ちを慮ることのできない陽喜夫には意味がなかった。


「こ、この店、親父に言って潰してやる!」


 釘尾が全く動じないことに腹を立て、部屋を出た陽喜夫は乱暴に扉を閉めた。

 店長室に残った釘尾は首を振り、ため息をついた。


「どこであんなになっちまったんだか……」

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