〜選択〜 あの子の為に人を殺めることはできますか?

玖万里空

第1話 葛藤

僕の人生は物語を書くなら、それはもう『平凡』の一言で片付く。

 そんな僕にもただ一つ、はある。 

 


 それはーー



 

 俺の最愛である、を守ること。

 

 

 


 そう、それが僕の人生の全てと言っても過言では無い。

 今までを振り返っても人生を賭けてまでやり遂げたいことは一つもない。

 ようやく出来た生きる目的。

 (どんなに辛くても僕が君を守るよ)





 「今日は何をしたい?ゲーム?それとも……お話でもしようか」

 僕は毎日と楽しい時間を過ごしていた。

 毎日?

 勿論、僕も仕事はしている。

 お金がなければきっとこの世界でを守り抜くことはできないからね。

 ただ、毎日共に過ごしてお金も稼げる仕事なんて、そんな都合良くあるのだろうか?

 そんなもん、僕には心配無用の問題だ。

 幸い、僕はかつて絵画で名を馳せたちょっとばかり有名な人だからね。

 今は仕事の量は減ったけどお金は入ってくるし、今までの貯金で十分暮らしていける。

 毎日毎日、もう5年間はこんな生活を続けている。




 

 ある日のことーー




 

 僕の家に弁護士が訪ねてきた。

 目的は、の資産についての話だった。

 弁護士が話し始めた内容は僕の予想通りのものだった。

 「今貴方が預かっているというーーという者の資産の話なんですが、彼女には祖父母の意志で遺産が相続されたというのはご存知ですよね?」

 そんなことは勿論知っている。

 ただ、疑問はなぜ、今になってその話を持ち出したのかだ。

 「勿論知っている。ただ、なぜ今頃そんな話をする必要があるんだ?もう、この話はとっくの昔におわってたはずだ」

 弁護士はその理由を説明する。

 「えぇ、そのことはもちろん存じております。しかしですね、ーーの父母が祖父母の遺産は私たちが受け取るべきだと言い出してですね。色々理由を聞いたところ、祖父母は歳を取っており、死の間際に書いた遺書の内容は正当性を欠くものだということが分かったんですよ」

 僕はよく意味が分からなかった。

 「つまり、どういうことですか?」

 僕は弁護士に結論を求めた。

 「ーーにいまある資産全てを彼女の父母に返還してください。もし、応じて頂けなければ裁判も止む無しと思っております」

 僕は動揺していた。このままではが不幸せになってしまうのでは無いのだろうかと。

 「はっ?そんな急に言われても……」

 「では、数日経って連絡が無ければ返還する気無しとみなして裁判を起こしたいと思います。賢明なご判断をしていただくことをお勧めします。では、連絡をお待ちしております」

 そう言って弁護士は立ち去った。

 僕は焦っているのだろうか。身体中から汗が止まらなくなっていた。

 

 には大切に育ててくれた祖父母と子供を煩わしく思っている父母がいた。

 ある日、僕が人生に疲れ、何の目的もなく外を歩いていた時、に出会った。

 顔がやつれていて、僕は心配になって話しかけた。

 理由は、父母に追い出されて行く当ても無く、1週間経ったからこの姿になってしまったのだと言った。

 今までは祖父母と暮らしていたが亡くなってしまい、父母が世話をすることになった。

 しかし、やはり耐えきれずに暴力や監禁を行い、遂には実子を追い出す始末。 

 元々、祖父母に預けられたのも過去にこのような事件があったからと後に知った。

 だから、僕が引き取ることにして、手続きも済ませ今一緒に暮らしている。

 


 後、どうして今更の父母が資産の話を持ち出したかと言うと、つい先日、祖父母の遺産の中に莫大な貯金があったことをの父母に知られてしまったからだ。

 

 (これは完全に僕の失態だな)




 僕は、を守る為なら何だってできる。

 人を殺すことだって……

 (いや…たぶん僕には人を殺すことはできない)



 僕の友達がかつて殺人を犯したことがあった。

 恋人を守る為に。

 しかし、僕の友達は殺人犯として捕まりその後刑務所から出てくることは無かった。

 一見、恋人を守る為の行動に後悔はないように思う。

 勿論、僕の友達は後悔していないと言っていた。

 ならば、人を殺すことなんて最愛の人の為ならば造作もないことだ。

 


 でも……


 一番悲しんでいたのは守って貰ったはずの恋人だった。

 恋人の為に殺したはずが、殺したのは恋人の危険を脅かした者と恋人の『心』だった。



 

 それでも、僕はの為に人を殺めることができるのか。

 が辛い思いをすることの方が僕にとってもにとっても悲しい選択となるのではないか。

 


 

 最愛の者の為に人を殺めるのは本当に正しい選択なのか。

 




 この究極の選択が僕の元に訪れるのは、そう先の未来の話ではなかった。




 俺はの為に人をーーーー

 

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