第26話 出会いな魔王(回想編2)

 これからの話は、あとあと他の人から聞いた話と合わせて補完している部分がある。そのため、当時俺の視点では知りようのないことまでも説明していたりするが、あのときの思い出を正確に再現するには必要なことだったりする。






 それはまだ寒い三月末ごろ。俺は中学を卒業し、高校に入学する前という中途半端な状態だった。

 完全にだらけきった俺は、ほとんど昼夜逆転した生活を送っていた。


 その日、夜中の零時をまわり、ゲームで疲れた頭を冷やすため気分転換に窓を開けて外を眺めていた。多少暖かくなってきたとはいえ、夜はさすがに寒かったが、それくらいが刺激としてちょうどいいと思っていたときだった。


 遠く道の先に見える公園で、なにかが光ったように見えた。どうせ散歩している人がいるとかそんなとこだろうと思ったが、なぜか胸騒ぎがして、それを見に行こうと上着をひっかけて外へ出た。


 公園まで駆け足ぎみに急ぐと、なにか声が聞こえた。近づくと、それは女の子の声だった。


「お父さん! お父さん!」


 女の子が、地面に倒れた人を抱えて、呼びかけていた。

 さすがにこれは放っておけないと思い、声をかけた。


「あの、大丈夫ですか?」


 女の子が慌てて振り向く。黒い、革のような質感の服を着ている。デザインは、ゲームかアニメのコスプレか、もしくはビジュアル系バンドの衣装に近いかもしれない。

 それが、ナギと俺の初対面だった。


「あなた……まあいい。救急車を呼んで、この人を助けて」


 そう言って彼女は、男の人をゆっくり地面に寝かせた。


「わかった、けど、君は?」

「私はまだやることがあるから」


 背を向けたその意志の力強さに、他にも怪我人がいるのだろうかなんて思いながら、スマホを探る。が、しまった、スマホ持ってこなかった。

 ちょっとスマホとってくるから、と声をかけようとしたそのとき、突然彼女の前に黒い壁が立ち上がった。そのまま壁にぶつかると、すうっと吸い込まれて、そのあとにはどちらも消えてなくなってしまった。


「え? あれ? どこいったの?」


 黒い壁もよくわからないが、夜の公園、いくら暗がりが多いとはいっても、人一人をいきなり見失うほどではない。


「うぅ、ナギ……」


 それよりもまずこの人だ。ジャングルに探検にでも行きそうなしっかりした服装だが、腹の辺りが赤く汚れている。血だろうか?


「電話、電話を取ってきます!」


 そう言って駆け出そうとすると。


「待ってくれ! それよりも、お願いしたいことがある」


 そう言って立ち上がろうとする。

 この怪我人が、ナギがまだ小学生のころ行方不明になったと言われていた、ナギのお父さん、タクミさんだ。


「なにをするんですか?」

「ナギを、あの女の子を追いかける。でないと、ナギが殺されてしまう」

「殺され……?」


 物騒な話になってきた。


「俺、戦うとか無理ですよ」

「君に戦闘力は求めていない、伝言を……お願いしたいんだ」

「伝言?」

「………、…………」


 俺の聞いた言葉は、なるほど、犯人を指名しているように聞こえた。ただしそれは抽象的で、具体的な人名ではないし、特定の人にしかわからないような暗号めいていた。


 タクミさんは、腰の辺りから、銃のようなものを取り出した。ただし、普通の銃に比べて銃口が大きい。そこに試験管のようなものを差し込んでセットすると、先程女の子が消えた場所に向けた。


『かの地をここへ』


 タクミさんが呟くと銃口が光り、引き金を引いて力を解放する。

 発射された光が空間を貫いた。そうとしか表現できないことがおこった。さっき彼女が消えた空間に、黒い穴が開いていた。


「間に合った」


 再び試験管を銃に込め、俺に手渡した。そしてタクミさんは片手で腹を押さえ、もう片手で俺の腕を掴んだ。


「これを抜けたらオレはオレでなくなる。ナギを、頼んだぞ」


 なにがなんだかわからないまま、俺は異世界、魔界へと連れ込まれたのだった。




 そこはお城の屋上だった。かなり広く、野球ができそうだ。濃密な空気がまとわりつき、湿気たような、香ばしいような、独特な匂いがする。さっきまで夜だったのに、曇ってはいるが昼間のようだった。


 そこでは、激しい戦闘が行われていた。


 まるで戦争のような轟音をたてて、しかし実際に戦っているのは四人だった。一対三で、さっきの女の子ナギと、戦士、武道家、魔法使い、そう呼ぶのが一番わかりやすい人たちが戦っていた。


 宝石をちりばめた杖を振り回す魔法使いの女性が何事か唱えると、杖の先端からナギまでを雷撃がつなぐ。ナギの目の前で見えない障壁にそらされ、雷撃は床の石材を砕いた。それに合わせて鎧兜をまとった二刀流の戦士がナギに迫ると、ナギの周囲に現れた黒い槍がそれを迎えうった。


 ナギは青い炎の玉をいくつも撃ち出して武道家を牽制し、空間を歪めて防御や回避、いばらや蔦を喚び出し、さらに宙を舞う無数の刀剣を操って攻撃する。


 完全にファンタジーで、まるで現実感がなかった。いや、現実感リアリティーしかないのだが、現実味がなかった。まるでVR《バーチャルリアリティー》のようだ。


 それなりにゲームやアニメはたしなむので、異世界だとか魔法だとか、そういうのに理解はあるつもりだが、いざ目の前にすると混乱しかない。


 隣のタクミさんは、両手で頭を抱えて唸っていた。


「ははっ、戻ってきたか、タクミ!」


 鎧の戦士が叫ぶ。この男が敵対パーティーのリーダーであり、勇者ポジションだった。


「来い! 苦労して連れてきたんだ、囮役くらい果たせ!」


 驚いたのはナギだ。


「キサマ、なぜついて来た!」


 俺がお父さんに、ではなく、俺たちが彼女にって意味だろう。

 俺が答えるよりも早く、タクミさんが娘のナギのもとへ走る。視線が虚ろで、鎧の戦士の言葉に操られているようだ。タクミさんは人間離れした脚力で、十メートル以上の距離をほぼ一瞬で詰めた。


「お父さん!」


 叫ぶナギに、短剣を突き出すタクミさん。戦士との二人がかりでの攻撃に、お父さんを攻撃できないナギは一気に不利になった。

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