第9話

昼休みの小牧さんのご奉仕活動が終了したあと、午後の授業を受け放課後になった。


俺はやや憂鬱な気分を味わいながら部室へと向かった。


ガラガラと教室のドアを開けて中に入る。


「うーっす…」


「こんにちわ、神野くん」


軽く会釈の後、いつも通りの(といってもまだ2日目なのだが)席に座った。


「神野くん、今日は何のゲームをしようかしら。何かいいゲームをしってる? 」


「おい待て。ここは何部だ」


俺のツッコミに対して小牧は可愛くコテンと首を傾げた。いやそんな可愛くされても…。


「校内ボランティア部だけれど? どうしたの? 昼のこと、刺激が強すぎたかしら? 記憶力に自信がないなら脳トレ、というの? オススメするわよ」


「俺を勝手に認知症認定すんな。そうじゃなくてだな…こんなずっとここでゲームとかしてていいのかよって話だ」


俺は呆れるように頬杖ついた。


「それなら心配ないわ。私達の仕事は依頼を受けてから始まるの。だから開けるまでは何をしていても私たちの自由よ。」


「そうですか…」


俺はため息を吐いた。要するに依頼が来なければ、俺たちはそこら辺のゲーム部的な場所と何ら変わりわないということだ。


「これ本当に依頼なんかくんのかよ…」


「一応困ってる生徒がいたら神坂先生がここに連れてくるとはいっていたわ。顧問だもの。そのくらいしてもらわないと」


「この部活の顧問神坂先生なのかよ…」


その後はしばしの無言が続いた。小牧が何かを考えるようにスマホの画面に集中してしまったからだ。


画面を見ながらふーんとかほーとか言っている。かわいい…。

俺もそれならと言わんばかりにスマホのソシャゲの画面を開いた。

俺は別にソシャゲの重課金勢ではない。ただ基本学校での空き時間は暇なのでこうしてソシャゲを自然とやるようになった。


しばらく俺がソシャゲのクエストをやっていると、小牧が意を決したように立ち上がった。


「…? 」


俺はスマホの画面から目線を小牧の方に向けて無言で小牧の言葉を促す。


「神野くん。愛してるゲームというのをやるわよ! 」


「まてまて、どういう経路でその思考に至った。というかそもそもふつうにやりたくないからな? 」


俺は即座に反応する。もちろんルールは知っている。2人が対面して互いに順番に愛してるといい、照れたり笑ったりしたら負けというシンプルなルールだ。


まだただやるだけならいいがこいつは絶対何かしら罰ゲームか何かをつけてくるに決まってる。それに小牧は俺に愛してると言われたあと更に俺に指図できる。俺が損する未来しか見えない。


「交際寸前の男女同士がやると相手の好意がしっかり伝わってきてそのあとの関係がうまくいきやすいそうよ。私たちにぴったりなゲームだわ」


「おい待て、俺がいつお前と交際寸前の関係まで行った。俺はお前のこと特殊な友達くらいにしか思ってないぞ」


「私はもう夫婦の気分だわ」


「勝手に妄想してろ! 」


頰に顔を当てて顔を赤らめる小牧を尻目に俺はどうしたものかとこめかみに手を当てた。


しばらく考えた末


「はあ、一回だけだぞ」


昨日のゲームで負けっぱなしになるのもなにか悔しいので俺は勝負になることにした。


「ふふ、では負けた方は…」


「待て、罰ゲームは無しだ。このゲームをやること自体が俺にとっちゃこっぱずかしくて半分罰ゲームみたいなもんだからな」


俺は小牧が何かいう前に言った。それが飲み込めなければやらないと言うように。


「ふふ、いいわよ、だんだん私の行動を理解してくれて嬉しいわ…私に服従する日も近いんじゃないかしら…//」


「しねぇよ! 」


ということで、ゲームが始まった。



「神野くんはいつも、頑張ってるわ…」


え? ナニコレ愛してるっていうだけじゃないの?


「周りに気を配って、ゴミ拾いをしてくれたり、教室の机の整頓をしてくれたり…猫を助けてあげられなくて困ってる私を助けてくれたり」


やばい。もう完全に照れる…! 俺は表情を崩さまいと顔の筋肉を懸命に強張らせた。


「でも少し恥ずかしがり屋で可愛いところもあって」


ねえ、これ対面しながら愛してるっていうゲームだよな? 何でこっちに近づいてくるんだ!?


小牧は俺の目の前に立ち、俺の首に手首を回した。完全に密着状態になりながら…


「そんなところも含めて…神野くん、愛してる」


俺は自分の頬を力一杯ぶん殴った。パーではない、グーでだ。


愛してるといったときの柔らかな表情。

うまい。これは誰がやられたって勝てねぇよ…。


「ふふ、だいぶやられたようね。さあ、神野くんの番よ。存分に私を照れさせなさい! 」


無理だよ。絶対カウンター打ってくんじゃん。


「勝てねえよ…降参してもいいか? 」


「ダメよ。でもそうね、後ろからハグされながら愛してるって耳元で囁いてくれたらわたしでも表情がだいぶ緩んでしまうかもしれないわね」


要約すると今のをやれやといっている。この人俺にバックハグされるのに味しめてないか?


だが、俺は地味に負けず嫌いなのだ。俺は心を決めて立ち上がった。ただ後ろからだきながら愛してると言えばいいだけ。


俺は小牧に近づき、後ろから彼女を優しく包み込んだ。


うん。2回目だから多少は慣れた。


「愛してるよ、小牧」


キッモ。

何だこいつ。ゴミボでイケボ配信者の真似事でもしてんのか? と自分につっこみたくなるようだが、小牧には効果絶大だったようで耳まで顔を真っ赤にしている。

これは勝った! と思った俺は二つ自分がやらかしたことに気づいた。


一つ目は教室のドアを開けっ放しだったこと。


もう一つは


「あ––––」


俺は声の主の方向である教室のドアに目を向けた。するとそこには1人の女子生徒がいた。


「…」


俺は小牧を抱いたまま固まった。



「し、失礼しましたぁ!! 」


女生徒はとてつもない勢いでドアを閉め、走り去っていった。


「ま、待て! 誤解だ! 行くなぁぁぁ!!! 」


春の日差しがさす校舎に俺の絶叫が響いた。




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