第23話 夢を語る者 ―Student and teacher―

 試験を終えて「VRダイブ室」のエントランスホールへ戻ったカナタたちをまず迎えたのは、割れんばかりの喝采だった。

 観戦していた上級生たちは最新機【ラジエル】と【メタトロン】が魅せてくれたことで大興奮しており、カナタとレイを一目見ようとてんやわんやの様相だ。


「凄かったぞー!」「マジでかっこよかった!」「さすが司令と早乙女博士の息子!」「ねえ、サイン頂戴!」


 出待ちしていた者たちがカナタとレイを取り囲み、口々に言ってくる。

 人生初のサインを求められてどう書くべきか悩みかけるカナタだったが、そこでふと、視界の隅に映った銀髪に目を引かれた。

 腰まで銀髪を流した白衣の姿。間違いない、彼の母親・月居カグヤだ。

 軍服の老紳士を随伴させてホールから退出しようとする彼女にカナタは声をかけようとするも、人垣が邪魔をする。

 

(見に来て、くれたんだ)


 それでも、嬉しかった。母親に直接、自分の戦いを――得体の知れない「力」を制御し、敵を倒した瞬間を見せられたのだ。

 結果を出せば、認めてくれる。褒めてくれる。その温かな腕で彼女はカナタを抱き、優しく声をかけてくれる。

 次に会う時は今回の勝利をきちんと自分の口で報告しよう、とカナタは心の内で呟いた。



 カナタやレイ、A組の面々が上級生に声を掛けられている光景を、不破ミユキは一歩引いた所で眺めていた。

 彼女の同級生にして側近である糸目の少年、ヤイチは訊ねる。


「『お気に』の彼が勝ったのに、何も言いに行かないんですか? お祭り騒ぎはあなたが好むところだと思ってましたが」


「いいの。あたしの『本命』に関する情報は、この目でちょっち、収集できたし」


「あぁ……彼はあくまで足掛かりでしたか。ホント、自分の倍以上の年齢の女性にお熱だなんて、あなたも変わってますね」

  

「それを知りながらくっついてくるあんたも、相当な変人よ。単にあたしの絶世の美貌に誑かされたってわけでもないんでしょ?」


「絶世は言い過ぎですねぇ」


「あんた、もうちょっち目をかっぴらいて生きた方がいいわよ」


 ミユキは大真面目に言ったつもりだったのだが、すかさず否定されて頬を膨らせる。

 ヤイチの頭に制裁のアイアンクローをかます彼女は、彼が「痛い痛い!?」と喚くのも気にせずに思考に没入した。


(カグヤ――あんたは、あの子に何を見出そうとしているの? あの子に『力』を背負わせて、その果てに何を望むの?)


 心が読めない彼女のことを考えても、答えなど出はしない。

 考えを打ち切って「行くわよ」とヤイチに告げ、彼女は足早にその部屋をあとにするのであった。



 その日の夕方。

 レイは体育館裏の壁際に寄りかかって読書しながら、ある人を待っていた。


「……来たぞ、オカマ野郎」


 ぶっきらぼうな知らせに、本を閉じて顔を上げる。

 体育館の角を曲がってやって来たのは、黒髪に赤いメッシュを入れた不良っぽい少年、毒島カツミだった。

 

「その呼び名は止めてくださいと、重ね重ね言ったはずですが」


「あぁ、そうだったな早乙女さんよぉ。で、何の用だ?」


「今日の試験でボクの【メタトロン】の太陽砲システムが妨害された件について、です」


 悪びれていない態度のカツミを睨みつけ、レイはさっそく本題に切り込む。

 カナタの推測通り【メタトロン】の内部にはウイルスが存在しており、砲が起動しないよう操作されていた。その問題についてはカナタの活躍もあって解決したが、「問題の元凶」はまだ片付いていない。

 レイに対して現在最も悪意を抱き、実行に移しうる人物として考えられるのが、この毒島カツミだった。


「毒島くん、あなたは試験開始前の昼休み、ボクらより先に『第二の世界』にログインしていましたよね。何故ですか?」


「はぁ? 試験前に自分の機体に試乗しちゃ悪いのか? 太陽砲が妨害されたとか何とかって、知らねぇよ」


「しらばっくれるのは止めてください。月居くんはあなたが何者かからウイルス入のファイルを受け取り、それを【メタトロン】に送り込んだのだと推測していました。今回の問題は解決したことですから、あなたを強く責めたりはしません。あなたにウイルスを譲渡したのは誰なのか、ボクはそれが知りたいのですよ」


 クラスメイトの面前でレイに恥をかかされた。その報復のために妨害工作を行ったことは許せはしないが、グチグチ責めても時間の無駄にしかならない。

 しかし、少し口調を緩めて問いただすレイに対し、カツミは困惑の表情を崩していなかった。


「いや、わけ分かんねぇよ。ウイルスって何だ? 俺に誰かがウイルスを譲渡しただなんて、そんなの身に覚えがねえ」


「……嘘をつくなら、その股間にぶら下がってるもの、蹴りますよ」


「う、嘘じゃねぇって! 俺は何も知らねえ! てめぇらの疑いは何かの間違いだ!」


 一歩にじり寄って膝を軽く浮かせてみせるレイに、顔を青ざめさせたカツミは両手を挙げた。

 抵抗の意思がないのを身をもって示してくる彼の様子を見れば、「容疑者は別の人物なのではないか」という考えがレイの頭にも過る。

 カツミは本当に試験前の試乗のために『第二の世界』にログインしただけで、【メタトロン】には何も手出ししていない。

 だとしたら、誰が? それを考えて最初に浮かんだのは、白髪赤髪の少女の顔。


(風縫カオルさん……あの【サハクィエル】パイロットの実妹の彼女が、妨害工作を実行した? 何のために? 露見すれば退学させられるリスクを踏んでまで、彼女がそれをやる理由が分からない)


 あれだけ優れたワイヤーアクションと魔力銃の腕前を見せつけたパイロットだ。退学を望み故意に校則違反を行った、という線はないだろう。

 順当に進めば出世街道を駆け上がれるだけの才能を、カオルは持っている。他人をわざわざ蹴落とす必要もないほど、彼女の技術はレイやカナタと比べても引けを取らない。いや、それどころか『ワイヤーハーケン』を使った戦闘に限って言えば、間違いなく二人を凌駕しているのだ。

 普通に考えれば、レイたちと同じように調整しに『第二の世界』に来た。あれだけ縦横無尽なワイヤーアクションを行う想定なら、調整なしに本番に臨もうなどとは到底考えられない。


「毒島くん、疑って申し訳ありませんでした」


「お、おう。何かよくわかんねえけどな……」


 潔く謝罪してくるレイに呆然とするカツミ。

 彼にレイを妨害しようという意思はなく、あの戦いでレイが動けずにいた際に手柄を取ろうとしたのも、単なる出世欲のためであった。

 カツミがカナタの悪口を言っていたのは、「月居カグヤの息子」という箔と才能を兼ね備えた彼に嫉妬していたから。『国民皆兵』や訓練を嫌った発言をしていたのは、あくまで仲間たちへのポーズだった。

 その仲間たちの多くは試験を放棄し――赤点となり、退学処分を受けることとなる。それと共にカツミの態度も変化していくだろう。レイのように孤高を気取るか、マナカら他の生徒たちと融和するか、去った仲間たちの後を追うか。

 彼の心は既に、決まっていた。


「てめぇの作戦を無視してラウムに攻撃しちまって、すまなかった。俺が手柄欲しさに出しゃばったから、味方を大勢死なせた。全ては俺が悪い……好きになじれ」


 だがどうするか決める前に、けじめはつけねばならない。

 カツミは正直、カナタもレイも気に食わない。それでも自分の失態で犠牲を出してしまったのなら、「リーダー」としての彼らに詫びるのが道理だ。「戦犯」として処分されることも、覚悟している。


「ボクは興味がない人間を責めたり罵倒したりなんてしませんよ。――ラウムの鋼鉄の羽毛に亀裂を入れたその剣筋、さらに磨きなさい。決して、今回の二の舞を演じないように」


 深く頭を下げるカツミにそれだけ言いおいて、金髪ポニーテールの少年はその場を去る。

 残されたカツミはしばらくの間、顔を上げることなくそこに佇み続けた。


 

 A組の生徒たちと試験の総括を行った後、矢神キョウジは月居カナタを呼び出した。

 場所は屋上。他の生徒は試験か訓練で『第二の世界』にログインしており、彼ら以外の人気はない。

 キョウジはフェンスに身を乗り出して、人工太陽が演出する夕焼けをぼんやりと眺めていた。

 それからほどなくして、屋上へ続く鉄扉がギィッと開く音が聞こえてくる。 


「……あ、あの……やっ、矢神、先生」


「おう、来たか。そのへんに適当に座ってくれ」


 彼は振り返ることなく、気の抜けた声で促した。

 銀髪の少年は少し緊張を纏った表情で、担任の後ろにあるベンチに座る。


「黄昏はいい。昔を思い出させてくれる」


「……む、昔、ですか」


「そう、昔だ。俺が東京の某大学院生だった頃、こうして学舎の屋上で、月居博士とよく喋った」


 その名を出されてカナタが息を呑む気配がした。

 背中で少年の驚きを感じながら、男は話を続ける。


「俺の夢の話を、博士は馬鹿にすることなく聞いてくれた。子供っぽい、しょうもない夢なんだが、あの人は応援すると言ってくれた。大真面目にな。――それが嬉しかった。あの人のおかげで、俺は夢を捨てずに努力することができたんだ」


「……ゆっ、夢、ですか。そっそそれは、どういう……?」


 少年の声は平静さを欠き、震えていた。彼が殆ど知らず、また情報を求めた父親について語られているのだから、当然ありえる反応だった。

 キョウジはタバコをもう一本出して火をつける。照れを誤魔化そうとそれを吸ってから、彼は言った。


「ロボットだ。子供の頃から好きだったアニメに出てくる、人の形をした大型の機械。そいつを作るのが俺の夢だった。……『ガンタム』とか『エバー』とか聞いたことないか?」


「は、はいっ……ぼ、僕も知ってます。ロボットは、僕も好きですから」


「おおっ、本当か。『エバー』はもう五十年以上前の作品で、『ガンタム』に至っては初代が七十年以上前なのに、よく知ってるな」


「ろ、ロボットアニメは、母さんの勧めでよく観てました。む、昔の名作から最近の作品まで……ひ、引きこもってた頃は、時間もたくさんあったので」


 少年の声音がほぐれる。弾んだ声に、本当に好きなのだなと思わず笑みがこぼれた。

 キョウジは月居博士に夢を明かしたあの日を思い出しつつ、夕空を見上げる。


「俺が夢を語って以降、博士は真剣にロボットアニメを見てくれてな。今の科学技術ではどれが再現できそうかとか、本気で考えてくれたんだよ。……君の母親がロボアニメを君に勧めたのが博士の影響だったとしたら、その元を辿れば俺に行き着くのかもしれない。そう考えると、ロマンチックな話だと思わないか?」


 SAMが人型戦闘兵器である理由は、おそらくそこにあるのだ。そう考えれば、キョウジの夢は確かに叶ったのだと言える。彼の恩師である月居博士が実現したその夢は、今、目の前の少年に受け継がれている。

 おもむろに振り向いてカナタを見据えたキョウジは、彼に訊ねた。


「君がSAMに傾倒するのも、その『好き』だけが理由なのか? もし別の――例えば何かに迫られてそうしているようならば、俺には君を救い出す義務がある。博士には色々世話になったから、息子である君をサポートすることで、彼への恩返しにしたいんだ」


「ぼ、僕は……そ、そう、生まれついたから。SAMの中が、一番の僕の居場所だから。ろ、ロボットが好きという気持ち以外では、そんなところです」

 

 少年の言葉に嘘はなかった。が、語っていない真実があることも察せられた。

 彼の心の内側に踏み込んでいいものか、担任として、大人としてキョウジは悩む。

 カナタは周囲の心無い言葉に傷つき、引きこもった過去があるほどナイーブな子供だ。その内面を暴くことは、彼が飛び立つための翼をへし折る結果を招くのではないか――そんな危惧が、男の中に発生する。

 

「そうか。……SAMを、大切にしろよ。あの【ラジエル】は月居司令と早乙女博士、他にも多くの『レジスタンス』の技術者・科学者の力を結集して完成させたものだ。そのには、たくさんのがかかってるんだ。……なんてな」


「そ、それは分かってます。ぼ、僕も、早乙女くんも、新型機のパイロットとしての責任は感じてますから」


 ダジャレがスルーされて内心少々落ち込みながらも、流石に顔に出すほどキョウジは子供ではなかった。

 ゴホンと咳払いした彼は、毅然とした面持ちのカナタを正視していよいよ本題に入る。  

 これまでの会話は、彼の精神状態を測るための手続き。それを経て触れても問題なさそうだと判断したキョウジは、これまでの軽い口調から一転、重苦しい空気を纏って少年へ迫った。


「――君の持つ『力』について、聞いてもいいかな?」


 途端に警戒を強めるカナタの瞳。そんな少年にキョウジはあるものを懐から取り出し、彼の手に握らせた。

 

「……ぼ、僕、こういうのは……」


 それはどう見てもタバコとしかいえないものだった。狼狽うろたえるカナタに、キョウジはくくっと笑って言う。


「そう思うよな? だが、それは立派なお菓子なんだよ。ハッカとココアのフレーバーのラムネ菓子だ。意外といけるぞ」


「へ、へえ……じゃ、じゃあ、いただきます……」


 案外素直に受け取ったカナタに「よしよし」と内心でほくそ笑み、キョウジは重ねて訊く。

 お菓子の味に少しは緊張を緩めたのだろうか、今度はカナタもぽつぽつと答えてくれた。   


「……ぼ、僕、今日の戦いであの力が分かった気がします。まっ、まだ全部とは言えないけれど、それでも少しは。さ、早乙女くんがピンチに陥った時、無我夢中で対処しようとして……そしたら僕の中に、急に激しい衝動のようなものが込み上げてきたんです。き、気づけば、僕は【メタトロン】のネットワークの中にいて、自分に何が起こったのかを知りました」


 戦闘後の総括の際には言わなかった、彼しか知らない「力」。

 月居カグヤでさえ全てを把握していないそれに、キョウジは少しでも近づこうとした。


「何が起こったのかを知ったのは、直感的に?」


「ちょ、直感というより、本能って言ったほうが近いかもしれません。まっ、まるで前から知ってたことのように――人が誰しも歩き方を知っているのと同じように、分かっていたんです。ぼ、僕はこういう力が使えるんだって。そ、その力が以前に戦ったパイモンのそれと同じものだということにも、すぐに気づきました」


 過去を振り返り、俯瞰の目で自分を見つめ直す。それは自己を理解する上で大事な工程だ。

 瞑目してその時の光景や感覚を鮮明に蘇らせようとしているカナタは、少しの間を置き、語りを再開した。


「ぱ、パイモンの電子空間を渡る力と、グラシャ=ラボラスの透明化魔法。こ、この二つを僕は戦いの中で使いました。あの衝動が起こると――『獣』の力が目覚めると、僕は『異形』の力を使えるようになる。そ、その理由はよく分からないんですけど……」


 少年は起こった現象を、あくまで事実として受け止めていた。しかし、それ以上の詳細は把握できていない。

 当たり前だ。むしろ、よく分からない力が自分に宿っているのにここまで冷静でいられているのを、褒めてやるべきだろう。

 キョウジは人差し指をピンと立て、「これは推測だがね」と前置きして持論を述べた。


「君自身は『暴走』状態にあった際のことで、記憶にもなく実感の持ちにくいところではあるだろうが……君が『異形』を喰らったことは、聞いているよな。喰らったのは二度、グラシャ=ラボラス戦とパイモン戦だ。前者は俺と早乙女くんが、後者は『レジスタンス』司令部や宇多田カノン、風縫ソラが証人だ。んで、君が使った能力もその二体の『異形』のものと来てる。つまり、君は『異形』を喰らい、そしてその能力を奪取できる力を得たわけだ」


 それが先天的に彼に備わっていたものなのか、後天的に発現したものなのかは不明。

 喰らった『異形』の力を扱えるが、デメリットとして理性を掻き消すほどの『暴走』の衝動に襲われる。

 現在判明している事柄を纏め、キョウジはスマホのメモ帳にそれを打ち込んだ。

 概ね、彼の推測通りである。カナタ自身もキョウジが言ったことはうっすらと察してはいたのだろう、聞いても驚いた様子は見せなかった。 

 

「月居くん。何か異変があったら、すぐに俺や月居司令に報告してくれ。君の力には前例がないが、君の心身を守れるように俺たちも尽力するつもりだ」

 

 それを最後にキョウジは話を切り上げた。

 三本目のタバコを一服する彼を見上げて、カナタはこくりと頷く。得体の知れない力を身に宿している不安や恐怖は彼の中に確かにあり、人と情報を共有することでそれが多少は薄らいだ気がした。

 

「……ち、父について話してくれて、ありがとうございました。よっ、よければまた、聞かせてください」


「ああ、そのうちな」


 ハッカとココアの風味を口内に漂わせながら、少年は控えめに笑って感謝を告げた。

 教師は気さくにそう答え、紫煙をなびかせて立ち去るのであった。《ルビを入力…》

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