第14話  いままでの私

私が変わっても、家庭は変わらない。


ただし、私の立ち位置が変わった。

しっかり者の聡子さんと呼ばれるようになる。


それがあだとなったのか、小学校を卒業すると、私は、地元を離れてアパート暮らしをさせられた。


成績だけは良かった姉を、県下一の高校に進学させようとする両親の期待と見栄が増した。私は、中学校を越境入学した姉の世話をするように命じられた。親の命令は絶対だ。知ってる人もいない、遠くの中学校に入学する。

掃除、洗濯、炊事をする毎日。中学一年生が、学校帰りにスーパーで買い物をして帰る。

自分の存在の意味を考えては、自暴自棄になりそうになる。


その当時の思い出に出てくる友達は、セーラー服のスカートが足首まで長いものを着、ヒラヒラの薄い学生カバンを持っていた。よく、私の分厚い学生カバンも、縛ってお風呂につけてあげると言われたが、断る。

この子達と仲良くなる経緯には、体育館の裏に呼び出されるという、漫画みたいな事からなのだが、相当、気にくわない存在だったのかもしれない。

でもいたって表面上は、良い子だと思っていたのだが、私自身は。

噂では、私は、番長のスケで、裏のスケバンらしい。

まあ、現実では、スケバンの子が番長を好きだったので、私が、番長との橋渡しをしてあげた形なのだか。

また夜は、アパートの隣の部屋のや○ざさんの家で、朝方まで麻雀をし、体調不良で欠席したりもあったな。

それでも、学校では、部活動で部長をするなど、自分の居場所を作ろうとしていた。


ほぼ、会話のない姉とふたりだけの生活。

二年間のお世話生活後、姉は寮に入り、私は故郷の中学校に転校していく。高校受験が目前であった。


中学3年の春、幼馴染みと自転車を漕ぐ通学路が、嬉しくてたまらなかった。6月、フッと消えるように、姉が寮から消えた。

それから一年半後に、大きなお腹をした姉が見つかる。

家出をし、上京したものの、頼れる人など誰もいない。どうやって生きていたのだろう。わずか、16歳の娘が。


学歴主義の両親は、そのことで懲りたようだ。今度は私に、ランクの低い高校に行くようにと命じる。姉を捜す事で手一杯の中、私までもが、親に余計な心配をかけさせないようにしろと。


泣く泣く、受験校のランクを落とした。



高校では、成績優秀者に名前を掲示され、校内マラソン大会でも校長先生から体育館の舞台で図書券をいただく。部活動だって頑張った。親から気にかけてもらう事はないが、心配だけはかけさせないように、何事も頑張った。

高校三年になり、大学受験を迎える。

幼稚園教諭を目指しての大学選び。放課後にはピアノの練習も頑張る。

大学推薦も貰えることになった。


そんな中、高校一年生の弟が、服毒自殺をはかる。

両親は、弟に家業を継がせる事を、期待出来なくなる。


またしても両親から、私に家業に関係する大学に進学するように言われる。

文系から理系への方向転換である。

それでも、一晩泣きはらし、親の希望を叶えることを優先して進学することを選択した。

高校側も、突然の進路変更を心配してくれたが、なんとか、無事に大学合格も出来た。


私だけでも、親に心配をかけさせてはいけないと。

自我を無くしてでも。



……

あれから40年余り、姉の弟も、止まった時の中で、今も家の中に居る。

時は残酷なのか、ふたりは初老となった。社会には、適応出来ない人となって居る。

……



私は違う!

私だけは、違う!


姉や弟を見て、決意は深まる。意思をしっかり持てば、道は開いていける!


人生には、運命みたいなものがあるのだろうか?

神様は、一度だって私の味方になってはくれない。


がむしゃらに、私は生きた。



その頃の私は、「当たり前」「普通」の家庭に憧れを持っていた。


普通の人は、気づかないだろうか。

「当たり前」が「当たり前」ではないということに。

平穏な毎日、同じことを繰り返し、リズム正しく生活していくことが、どれほど難しい事か。

また、平穏だと思っていた日常が、一瞬で壊れてしまう事があることを。

常に、努力が必要な事を。


同じことを、毎日繰り返すことが出来ない家族によって、振り回されてばかりの毎日。まるで時限爆弾にでも怯えるような生活だった。


大学を卒業して、同業の会社に就職しても同じだった。社会勉強のつもりで学んでいたが、親は、早く楽をしたかったのか、わずかな二年間で、家業に戻された。

しかも、私が就職した会社を辞めなければ、勤務先に爆弾を仕掛けると脅す親。

爆弾が怖いのではない。そんな事を平気で言う親が怖かった。


親の会社に入っても、取引先には、私は、ひとり娘ということにしていた。

姉や弟を、出来損ないと父が言い、社会から抹殺した。


私は、蜘蛛の糸にかかった餌食だ。

私を餌に、何人もの人とお見合いをさせられ、付き合わされた。

「若いのに、冷めてるね。」

と、相手方から言われた。



両親は、破天荒な人たちだ。私には、理解出来ない。気が狂っている。


父は、この世の全ての女性とSEX出来ると思っている人だった。

脳みそが、エロスの塊だと思う。

私の同級生は、父の子だ。私の後輩も父の愛人になった。私の周りで、父がエロスだと知らない人はいない。

更に亡くなる直前、ガンマナイフでの脳腫瘍の手術の前日まで、骨と皮の身体で、フィリピンに女を買いに行った。誰の制止も聞かない。

以前にも、婚約中の私の布団の中に、夜中に夜這いをしてきた。もちろん、私は、家を出た。

母に、その事を話しても、父はウソをついて、しらばっくれた。

もちろん仕事も、全く出来ない人だと知った。


母は、そんな父の尻拭いをして、全て父の思い通りにさせてあげることに、喜びを感じでいたのだろうか。

私を守ってはくれない。子供の言葉に真剣に向き合ってはくれない。

母はいつも口からの出まかせを言う。そして母自らも、その出まかせを信じ込み、もっともらしく皆を、騙す。自らをも騙す。地獄のループ。

母にとって、私は利用する存在。


そんな親に言った。

「あなたたちは、反面教師だ!」

私の、唯一の反抗さえ、意味が分からずにへらへらしていた。




ついに私は、ウソの塊の家庭から、大ウソをついて結婚することに成功して、この地獄から逃げ出した。



相手は平凡な人だった。

毎日同じことを繰り返して生きていく事が、当たり前だと思っている人だった。

それが、ありがたい。

穏やかに、愛を育んでいきたいと思った。



母が言った。

「波風のない、平凡な生活に、お前は飽きるだろう。」と。


もうこりごりだ!


絶対に、私は、平凡に生きる!



それから私は、新天地で、三人の子供を産み、しっかりと愛情をかけ、家庭を守り抜き、毎日同じ事を繰り返して生きていくことが出来た20年間だったと思う。


愛情ある平穏な家庭。

子供達を守り抜く姿勢。


負のスパイラル、嘘つきのスパイラル、貧乏のスパイラルを、全て私で、断ち切る!

必死に頑張ったと思う。



その間にも、実家からは、事業の悪化による補填を要求する連絡が増えた。

ある時は、今すぐに三百万円用意出来なければ、これから死ぬと脅された。

幾度もお金を用立てた。

ある時は、父が、遠く離れた我が家まで突然来た。もう死ぬしかないと呟き、裏山に入って行った。私は、知っている。父に死ぬ度胸など無いことを。心を鬼にして、父の愛車の外車のフロントガラスに「気をつけて帰ってね。」と置き手紙を張り付け、我が家を出た。


それでも、私は、自分の車を売り、保険を解約し、子供達の教育費にまで手をつけ、限界まで親のために尽くした。


ある日、お金を無心する母に言われた。

「地獄に堕ちる時は、みんなで堕ちよう。」

その言葉に、寒気を感じた。狂ってる。


自分の家庭を、子供達を守ることを優先すると決め、実家とは距離を置くようになる。



だからこそ私には、この家庭が全てだったのだ。

よその家庭同様のばたばたも多少はあったが、幸せだった。

必死に、平穏な温かな家庭を目指した。

この頃になると、時々、聡子が出られるようになってきた。

家の中では、子供達から天然ボケの母と笑われたりしながら、家庭内は居心地の良い空間であったと思う。




それでも、少しずつ、歯車が狂い始めていたことに、私は気づかなかった。



あの、東日本大震災の日まで。

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