第55話 贈り物

 結論から言うと、やっぱり皇女様の思い付きは碌でもなかった。が、僕には最高のプレゼントだった。だから彼女にはとても感謝している。


「で? 何を思い付いたの?」

 勿体つけずに教えて欲しいのだが、皇女様はムフフと忍び笑いをもらす。

「最近の私を見ていて、何か気付くことはないか?」

 皇女様のことはよく見ているつもりだけど、思い当たることがない。僕は首を傾げる。

「ほら。前と少し違うことがあるだろう」

 なんだろう。可愛さは相変わらずだし、美しさは増してるけど前と違うことでもないし、服が毎日変わるのはいつものことだし、髪型を変えたでもなさそう。

「まったく。気付いていないのか?」

 呆れたと言わんばかりだった。僕は白旗を掲げて教えを乞う。

「ごめん。どこが変わったの?」

「最近の私は以前に比べあまりおやつを食べていないのだ!」

 ものすごく自慢げに言われたけど、正直そうだったかなぁと思ってしまう。僕の微妙な反応に皇女様は不満そうな顔になった。

「なんだ、分からぬのか。よく思い出してみよ」

「え、でも」

 昨日はポテチ食べてるとこを見たような。

「う。ま、まあ。昨日はな。昨日は食べたが。その前は食べてないぞ」

 そう言われれば、ちょいちょい食べてない日もあったかもしれない。けれど、それは気付けるほどの変化でもないと思う。

「ともかく。私は最近おやつを食べずに我慢していたのだ!」

 そうですか。なるほど、我が儘な皇女様がおやつを我慢してらした、と。それは大変すごいことですね。

「でもなんで? まさかダイエットのつもり、とか?」

 もしそうなら、それは僕にとってはあまり喜ばしいことではない。皇女様は今のままで十分可愛いし、今ぐらいふにふに柔らかいほうがぎゅっとした時にむぎゅってなると思うから僕は好きだ。

「え、いや、別に、ダイエットなどではないが」

 きょとんとして殿下が言う。良かった、皇女様にダイエットなんて必要ない。

「なら、なんで我慢なんてしてたの、殿下」

「うむ。ではそろそろ教えてやろう」

 そう言いながら皇女様がロフトから降りてくる。手に段ボールの小箱を抱えていた。

「これのためだ」

 両手で包み込むには大きく、腕で抱えるには小さいという、何か分からない箱。皇女様はそれを床に置いてかがみ込む。僕も一緒に横から覗き込んだ。

「なに、これ」

「まあ中を見てみろ」

 蓋を開けた箱の中には、いつもの皇女様のおやつがいっぱい入っていた。

「………………?」

 顔を見ると皇女様はニマニマ笑っている。が、僕には意味が分からない。これは、たぶん皇女殿下が食べるのを我慢したおやつ、なのだろうが。

「ええと、これが?」

「むう。察しが悪いな」

 ちょっと不満げに言われる。これが分からないのは僕が悪いのか。

「ごめん。それで、このおやつが?」

「たくさんたまったろう。これを全てお前にやる、アオイ・カゼ」

「え?」

「これをお前の家へ送ってやれ」

 突然そんなことを言われても僕は訳が分からなくて、箱と皇女様を交互に何度も見た。箱にはポテトチップスも入っているし、大きなキャンディーやチョコレート、ラムネにクッキーまで入ってる。これを全部。僕の家に、送る。え、送る?

「え、これを? 全部? うちに送る、の?」

 動揺でおろおろ聞くと、皇女様は微笑んでゆっくり頷いた。

「そうだ。お前の弟たちや家族に、これを送ろう」

 家族に。こんなにたくさん。こんなたくさんのお菓子を弟たちあいつらは見たことがない。そもそも食べたこともないお菓子ばかりで、きっと驚いてしまうに違いない。それで食べたら、その美味しさに大喜びするだろう。

 このために殿下はおやつを食べないで我慢してくれたというのか。なんでこんなことを急に思い付いてくれたのか。熱い気持ちが込み上げてきて、僕は悲しくもないのに泣きそうだった。

「ありがとう、殿下。でも、でも。こんな小包で送ったら、きっと名主オーナーに見つかって開けられちゃうから」

 折角の殿下の厚意おやつ名主あいつに盗られたら。嫌すぎる。

 皇女様はふふふと笑った。なんだかちょっと悪そうな笑みだった。

「お前がそう心配するだろうことも、もちろん私は分かっていた。安心しろ、思い付いたいいことというのは、ここからだ!」

「……は?」

 殿下ががさごそと箱の下から荷造り用のビニルテープを引っ張り出す。見たこともない真っ赤なそれは、白字で「遺品 遺品 遺品…」と文字が並んでいた。

「……なに、それ……」

「遺品専用の封じテープだ」

 まぁそうだろうね。そのデザインで他の用途があったらビックリだよ。

「このテープで封をされた遺品は途中一切開けられることはない。軍の検閲すら受けぬのだ」

「はあ」

「そして遺品は必ず直接遺族に手渡しされる。これが絶対のルールだ」

「へえ。そんなもの、殿下はどこで」

「なに、ちょっと拝借してきただけだ。これで封をして私が出してやるから、心配しなくとも箱は絶対に家族のもとへ安全に届けられるぞ、アオイ・カゼ!」

「なる、ほど……」

 でもそれいいんだろうか、と疑問に思う僕を皇女様がせっついてくる。

「ほら、ほら、中へ入れる手紙を書け、アオイ・カゼ」

「え、でも。手紙、返事来ないし」

 何度か送ってはいるけれど、未だに返事は一切ない。一度は返信用の切手も入れてみたが、やっぱり駄目だった。たぶん、家族から手紙が来ることはない。そんな家へ、いや兄へ手紙を書くことに僕は少し疲れていた。

「そうかもしれないが、書かないと駄目だ。でないと家族に戦死したと勘違いされるやもしれんだろう」

 それは困る。

 仕方なく僕はペンを取った。別に死んでないってこと。元気でやってること。美味しいお菓子をもらったから送ること。そんなことを短くしたため、お菓子の上に乗せる。

 皇女殿下が箱を遺品テープで厳重にぐるぐると巻いた。

「これでよい。送り先をくれ。他の遺品に混ぜて出しておこう」

 皇女様は満面の笑みで請け負ってくださったけど、やはりこれはちょっと悪いことをしているような、そんな気がした。


 それから数日、僕の遠足が間近に迫ったある日、僕宛てに一通の封筒が届いた。なんだろうと思ってみれば、なんと差出人は兄の名前である。

 まさかあの兄が僕に手紙をくれるとは。僕はとんでもなく驚いて、慌てて封を開けて手紙を読む。

 手紙は兄の達筆による「ふざけるな」から始まって、ありとあらゆる罵詈雑言が並び、遺品の箱を見た母が泣き崩れ父が呆然自失した様子を事細かに描き、別に死んでなかったと知るまでの生きた心地のしない時間を述べ連ね、そうして被った迷惑に対する文句と苦情の嵐が便箋代わりのチラシ裏3枚分に渡って綴られるというなかなかの代物シロモノだった。

 読んだ僕はさすが兄は悪口の語彙も豊富だなぁとひどく感心し、あるいはアルでも罵りたくなったときに使おうと思い付いて手紙は大切にいつも持っておくことにする。

 手紙の最後に一言だけ、菓子を食べた弟たちは喜んだと書いてあったので、皇女様にはそこのお礼だけを伝えておいた。

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