第14話 同棲


「へくちっ」

 最悪のタイミングでまた皇女がくしゃみをやらかしやがった。

「……俺、帰った方がいい?」

 アルが立ち上がる。強いて暴こうとせず、気を使ってくれるところがなんとも親切だが。これ、誤解されてないか。その誤解をネタとして話されるのも、僕は十分困る。

「いや、違う。違うんだ。だから、えっと、すみません、話を聞いてください」

 僕は洗いざらい話すことにした。あらましを簡単に説明し、クローゼットを開陳する。

 姿を現した皇女様が仁王立ちでふんぞり返り、アルは目を丸くした。

「ふむ。お前がアル・ミヤモリか。よし、特別に拝顔の栄に浴することを許す」

 くしゃみをやらかした人がとても偉そうです。

「し、仕方なかろう。お前の服が汗くさくて埃っぽいのが悪いのだ」

 まあ、今日の訓練で僕はグラウンドを二度ほど転げ回ったからね。

「ええい、汚れた服をクローゼットへ仕舞うな」

「ええと」

 躊躇いがちにアルが口を挟んだ。

「入学式のときの、皇女殿下って人?」

「ああ、そうだ。私はエマニュエル・ル・メルダ皇女。この部屋の備品だ」

「はあ」

 アルは僕と皇女殿下を交互に見た。

「つまり、ここで二人は同棲してる?」

「同棲ではない!」

「同棲じゃない!」

 うっかり皇女様とハモってしまった。これでは仲良しみたいだ。

 アルが「あっ」と声をあげる。

「もしかして。あのチョコレートをくれたのは、皇女殿下様ですか?」

「うむ、確かに私はアオイ・カゼにチョコレートをくれてやったが」

 皇女殿下はのたまう。

「しかしそれをお前に分けてやったのは、アオイ・カゼ本人の意思だ! お前と友達になりたかったからだな!」

 なに事実を捏造してやがる。そしてアルも違うから微妙な顔でこっち見るのやめろ。

「ともかく、チョコレートすごくうまかったんで。ありがとうございます」

「む、そうか?」

 真正面から礼を言われた皇女様は、やたら照れてにまにま締まりのない顔になった。

「そうか。そうか。しかしあの少量を分けたのでは、一口程度だったろう」

「いえ! 貴重なチョコレートが食べられて嬉しかったですよ」

 半分にしろと言われたチョコをちょっとしか分けなかったことがバレるかも、とひやひやさせられる。しかも、皇女様とアルばっかりが楽しげに話しだしてしまって、なんだか面白くない。ここは僕の部屋なのに。

「早く覚えないといけないんだけど」

 イライラしながらそう言うと、アルは「そうだった」とすぐさま冊子を手に取った。それを皇女様が一緒に覗き込む。

「ふむ。ギアローダーか。同じ備品繋がりで私も多少は詳しいぞ。教えてやろうか」

「いいから邪魔しないで」

 自分でもびっくりするぐらいきつい声が出てしまった。

 気分を害した皇女様は顔をしかめ、しかしなにも言わずロフトの梯子を上っていってしまう。今のはまずかったかも。声を掛けるべきか迷っていると、隣でベッドを見上げたアルがぼそりと言った。

「……一緒に寝てるのか?」

「っんなわけないだろ」

 どういう思考回路してるんだ。

「いやだって。エロマンガみたいだし」

 ドキッ平凡な僕が備品の皇女殿下と突然ラブラブ同棲生活!? なんじゃそりゃ。僕はエロマンガとかお目にかかったこともない。

「え、貸そうか?」

 まじで……じゃなくて、エロマンガとか持ち込んでるのか、こいつ。勇者か。

「あ、部屋に皇女殿下様いたら読めないか。今度俺の部屋に遊びに来いよ」

 まじか。持つべきものは友だな。いや、こいつは友だちじゃないけど。

「ば、バカなこと言ってないで、ほら、さっさと覚えないと」

 僕は冊子に目を落とす。これ全部覚えろとか、とんだ無茶だ。教官もどういうつもりなのかと正気を疑う。

「そりゃ教官も無茶は承知、俺らが覚えられるとは思ってないだろ」

 アルが呑気に言う。

「無茶な課題で失敗させて、ぶん殴る口実がただ欲しいだけだろ、こんなもん」

「……不条理」

 絶句する僕の横でアルはカラカラと笑った。

「大丈夫だって。こんなの、なんとでもなるって」

 アルは僕が読むまでもなく知っていたかのように、要領よくギアローダーの名前も特徴もまとめて覚えやすく解説してくれた。

 僕は思う。アルが僕のところへ来た理由。それは読めなくて困ったからではなくて。僕が一人で暗記に四苦八苦してやしないかと心配したから、ではないか。

 どうやらアルは良いやつだ。僕はうっかりこいつと友だちになってしまうかもしれない。

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