皇女殿下と僕の約束。

第12話 兵器

　兵学校の一般兵クラスに関していえば、その入校試験において学力は一切求められない。文字の読み書きも危ういような連中の集まるところだ、当然だろう。

　では体力テストが主かというと、実はこちらも余程でなければ不合格の理由にはならない。僕みたいな貧乏で発育のよろしくないガキんちょだって受かってしまう。

　一番重視されるのは、というか職業軍人になるために必要な唯一の要素は、主要兵器であるギアローダーの適性率の高さなのだ。

　というわけで、いま目の前に金属の塊がある。これが噂のギアローダーか、と息をのむ僕らに教官（の代わりに来た技術者なんだけど）が言う。

「あ、これはただのシミュレーターですね」

　出端を挫かれた気分に包まれる。しかし続く教官の「新人を突然本物に乗せると2,3人が腕を引きちぎってしまうので」という一言に凍りついた。引きちぎれている腕は兵器の腕で、乗った人間の腕じゃないことをそっと祈る。

　シミュレーターはただの練習ではなく、これを使って試験での適性検査よりもさらに詳しい検査をするという。

「装置はこの二台しかありませんのでね、順番に受けてもらって、終わった人から外へ走りに行くように」

　あ、今日も結局走らされるのね。と全員が内心でため息をついたけれど、ただ一人リアルにため息をついてしまったやつがいた。アルだった。

「あ、じゃあ、君から」

　おかげで目をつけられた。終わった人から走りにいく、つまり早く終わればそれだけ長く、授業時間の限り走らされるわけで。ああ、アルよ、御愁傷様。

「……えと、はい。で、どうすれば？」

　時間稼ぎのつもりか、アルはそろりそろりと慎重に動く。少しでも走る時間を短くしようという、涙ぐましい努力だ。

「中へ入って座って。そうしたら必要な接続をワタシがします」

　教官は容赦なくアルを装置の中へ突き飛ばして入れた。なにやら作業した教官は、それを終えると息つく間もなくレバーを下ろしてシミュレーターを起動。そのいちいちが早い。

　一クラス全員にやらせなければならないのだ。教官としてはさくさく進めたいだろう。

「さて、では」

　教官がぐるりとクラス全体を見渡す。その目が僕の上もちりりとよぎった。

「……背の高い者から順に受けてもらいましょうかね」

　やった。チビの僕はずいぶん後になるはずだ。ちょっとした死亡宣告を受けた顔で、でかいクラスメートたちがまずのそのそ並ぶ。

　僕は自分よりチビがいないかと見回して……結果、僕が一番のチビだった。

　くさった気分でひたすら待つ僕にたびたび視線がきつく刺さってきた。それも、遠巻きに値踏みするような視線、だ。なんだ。そんなに最後尾（チビ）がうらやましいか。四方から無数のそれに曝されて、正直僕はかなり居心地が悪い。

　一体何なんだろう。振り返って、ちらりと見て、目が合う前にそらす。私語厳禁のはずの授業で交わされる、「英雄の孫」というささやき声。

　そういうことか、と納得する。値踏みするような視線は、僕が〝英雄の孫〟かどうかを気にする視線だ。

　英雄の孫。文字通り僕の祖父が英雄だったという意味ではない。それは僕にとっては別な二つの意味があった。

　一つは入学試験の適性検査の結果がトップレベルで高かったということ。もう一つは古の伝説に残る四英雄の一人がカゼで、たまたま僕は名前が同じだということ。

　この二つを引っ掛けて、面接で英雄の孫だとさんざんにからかわれた。その面接官たちの真意は「調子に乗るなよクソガキ」であり、それがかなり堪えた僕は本当にもうそっとしておいてほしいのである。

　それなのに。アルが大きな声で「英雄の孫」なんて言い放ったから。

　あるいは。アルは僕のいないところで同期と僕の話でもしてるんだろうか。あいつ、罰ゲームさせられてるぜ。チョコレート持ってた。英雄の孫なんだってさ。そんな風に僕をネタにするアルを想像すると、なんとも寒々しい気持ちになってくる。

　ちりちりする待ち時間を経て、ようやく僕の番が来る。大人しくシミュレーターへ乗り込むと、教官が僕の胸の出席番号を確認して打ち込み、頭や腕に重たい装置が取り付けられた。

　そして僕のシミュレーション兼検査が始まる。