第3話 入学式


 翌朝、やたら早い起床ラッパに起こされて、僕の兵学校一日目が始まった。

 それにしても体の節々が痛い。

 これは絶対に固い床で寝たせいだ。不幸中の幸いで旅荷の中に寝袋があったからよかったけれど、もしそれがなかったら僕はどうすればよかったのだろう。いっそ美少女のベッドに忍びこ……めるわけない。

 ベッドの上をそっと窺えば、すやすやと穏やかな寝息が微かに聞こえてくる。あの煩いラッパをものともせずに寝ていらっしゃるらしい。すごい神経だ。あえて関わりたくもないので放っておいていいだろう。

 今日は入学式である。詰め襟の制服は軍服に準じたもので、なんでこんな着心地も動き勝手も悪いものを兵士の服にするのだろう。上等の布地でできていて、式典のときなどに着るだけらしいが、もちろん汚したり穴を開けたりしたらこれも弁済。脱ぎたくてしょうがない。

 入学式が行われる第一講堂は最も広い式典会場だ。その広く大きい空間に少し圧倒されてしまう。

 講堂というから座れるのかと思いきや、新入生は普通に立ちだった。その周りを取り囲む機械式バルコニーの在学生、来賓席には椅子がある。羨ましい。

 指示に従い入学生として並ぶ。周りは僕よりみんな身体が大きくて、僕はすっかり埋もれてしまっていた。学校の入学要項は満13歳から15歳であり、大抵が15で入校する。たぶんみんな15なのだろう。対する僕は春先に13になったばかり。並べばどうしようもなく僕が一番貧相でも、こればかりはしょうがない。

 周囲から遠慮容赦ない「チビ」「ガキ」という舐められた視線がぶつけられる。こんな状態でやっていけるんだろうか。やっていくしかないのだけれど。

 粛々と進む入学式典は、軍だからといって何か特別面白いパフォーマンスが起きるわけもなく、正直死ぬほどつまらない。むしろ軍隊的直立不動を強いられて、しんどい。しんどいことこの上ない。

 これ以上は耐えられまいと思った頃だった。

「次に、ルヴィダ基地名誉司令エマニュエル・ル・メルダ皇女殿下にお言葉を賜ります」

 ぼーっとしてたから、そのアナウンスは耳から耳へ通り抜けていた。が、ステージ上へ姿を現したに目を引かれ、否応なく気がついた。

 あの子が、ステージの上をまっすぐに歩いてくる。純白のドレープとレースに彩られたドレスを纏って。綺麗に結い上げられた髪にティアラを挿して。壇上に据えられたマイクのまえに立つ。

 遠目にも緑の瞳がライトを受けて輝くのが分かった。

「皆さん。志高く集い来た皆さんにこうしてお目にかかれたことを大変嬉しく思います」

 美少女の浮かべる微笑は息を呑むような美しさで、事実周囲からは「ほう」という吐息がいくつも聞こえる。

「敵はいぜん脅威ではありますが、皆さんが人々のため、立派な兵士となられるよう心よりお祈り申し上げます」

 発言内容など頭に入っては来ない。この場にいる誰もがただただ見惚れている。

「ありがとうございます、殿下」

 壇上の教官が彼女に恭しく頭を下げる。僕は背中に嫌な汗を感じた。

 え。あれって本当の皇女様? ちょっとイタい子とかじゃなくて? なんか軍で敬われてるみたいなんだけど。

 面倒くさがりの寮監はともかく、しかるべき人に訴えれば早急になんとかしてもらえるだろうと高をくくっていたが。まさか。本当に皇女様で。備品? え、備品?


 ちなみに、この国には臨時軍政権はあるけれども、特に皇帝も王もいはしない。はずなのに。

 ……なんなんだろう、皇女って。

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