そのあと

 



 二年後の春、お姉ちゃんは大学に入るのに合わせて家を出た。


 あれほど二人で愛し合ったお姉ちゃんの部屋は、今はすっかり空っぽだ。


 もっとも――私の部屋もほぼ空っぽなんだけども。




 お姉ちゃん通う大学は、家から一時間半ほどのところにある。


 通うには絶妙に厳しい距離だ。


 だからお姉ちゃんの一人暮らしには、両親は反対しなかった。


 いや、むしろ賛成と言えるかもしれない。


 なんたって、この時点でお姉ちゃんと私の関係、ほぼバレバレだったからね!




 まあそりゃさあ、いくら隠れてるつもりと言っても、あれだけ堂々とべたべたしてたら、いくら無関心な両親でも気づくよね。


 毎晩あんなんだったし、お風呂場でも大きな声を出すことだってあったんだから。


 でも、直接それを注意されたことはない。


 だって今までさんざん私の存在をスルーしてきたくせにさ、今さらじゃん、そんなの。


 まあ、『自慢の娘だった菜緒がどうして……』みたいな戸惑いもあったのかもしれないけど。




 そういうわけで、お姉ちゃんは一人暮らし。


 もちろん寂しがる。


 私も寂しい。


 なので私もお姉ちゃんと一緒に暮らすことになった。


 うん、何も問題はない。


 だってお姉ちゃんの借りた部屋は、高校からおよそ三十分の場所にあって、家から通うのとほとんど変わらない距離なんだから。


 ……まあ、お姉ちゃんもそのつもりで部屋を選んだんだけどね。




 つまり、私とお姉ちゃんは実質同棲中。


 二人の名前が並んだ表札をみるたびにニヤニヤしてる。


 さすがにたまには家に帰るけど、どーせ喋ることもないからね。


 当然、これで私とお姉ちゃんを引き離せると思っていた両親は困るわけだけど、どうせ口出しできる立場にないし、あと『家でそういうことをしないだけマシ』とでも考えたのか、今のところ何も言われていない。




 とはいえ、このとき私は高校三年生。


 受験シーズン真っ只中。


 あまり頭のよくない私は、お姉ちゃんと同じ大学に入るため、とても頑張った。


 一人じゃ無理だから、お姉ちゃんに手伝ってもらったり、教えてもらったり、ときに限界を迎えて邪魔されたりしながら勉強して――無事合格。


 まあ、学部は違うけどね。


 で、これで胸を張ってお姉ちゃんと同じ大学に通えるようになったわけで。


 今までは、何というか“半同棲”というか、完全な同棲じゃなかったわけだけど――今度こそ、正真正銘、胸を張って『同棲してます!』と言えるようになった。


 言う相手はいないけど。




 同棲を始めたからって、今までと何かが変わるわけじゃない。


 けれど、私たちが“恋人”という実感を得たのと同じように、“同棲”という新たなステージに上がると、何だかドキドキしてしまう。


 恋人同士がドキドキしたら何をするか。


 そう、いちゃいちゃだね。


 見つかるかも――っていう背徳感はなくなったけど、逆に言えばしがらみもなく、受験を心配する必要もなくなった私たちは、それはもう濃密な時間を過ごした。


 少なくとも、部屋にいる間、私たちが離れることはない。


 気分が乗ってるとトイレのときすら離れない。


 友達には『飽きない?』って言われるけど、そんなことはありえない。


 たぶん私たちに倦怠期なんてものは来ないだろうと確信できるぐらい、私たちのラヴは全盛期を常に更新し続けていたから。




 ◇◇◇




 高校の卒業式を終えて、数少ない友人との別れを済ませると、私は見に来ていたお姉ちゃんと合流した。


 友達には「親じゃないんかい」と突っ込まれたけど、こういうの見に来る親じゃないからね。


 そして私は見せつけるようにお姉ちゃんと指を絡め、手を繋いで、部屋に帰る。


 去り際、クラスメイトは微妙に怪しむ視線を向けてたけど、どーせ同じ学部はほとんどいないからもう会うことないしー。


 そして部屋に戻った私たちは、リビングで正座をして向き合った。




「……怖いわね」


「やっぱり病院でしてもらったほうがよかったんじゃ……」


「安全を考えたらそうなんでしょうけど……菜々美の手でしてほしいから」




 そう言われると……断れないよねえ。


 やっぱり私も、お姉ちゃんにやってもらいたいと思うし。


 しかし、うーむ……これでやるのかぁ。


 消毒はしたし、道具も用意して、ちゃんとピアスも買ってあるけど――この針を突き刺すんだよね、耳たぶに。




「平気よ菜々美。私たち……もっとすごいこともしてきたじゃない!」




 お姉ちゃんに変な自信がついてしまってる!


 そりゃあ、色々試したけどさあ、別に痛くするためにやってたんじゃないけどなあ。


 まあ、でも――怖さだけかっていうと、そういうわけじゃない。


 お姉ちゃんの体に傷をつけていいのは私だけ。


 そう、お姉ちゃんに私のものだって印を刻むことなんだから。


 そして、私もまた一つ、自分をお姉ちゃんに捧げることができる。


 その喜びのためなら、多少の痛みなんて。




「づっ……」




 消毒された針が耳たぶを貫くと、お姉ちゃんは少し顔を歪めた。


 でもすぐに穏やかな表情になる。


 印を刻む痛みは、慣れてしまえば歓びに等しい。


 引き抜くと同時に針にセットされたピアスが穴にはめこまれ、施術は完了。


 まだ少し痛そうだけど、お姉ちゃんは鏡を見て満足げな表情を浮かべる。




「あとは、菜々美も同じものを付けたら完璧ねっ」


「……今さらだけどさ」


「怖いからしたくないっていうのは無しよ?」


「言わないって。私も、お姉ちゃんとおそろいがいいもん」




 私がそう答えると、お姉ちゃんは「んふふー」と上機嫌に私の頭を撫でる。


 私も素直に受け入れ、目を細める。




「ん……ただ、さすがに姉妹でおそろいのピアスは、大学で気づく人がいるんじゃないかと思って」


「いいじゃない、別に。見せつけてあげましょうよ」


「友達なんてできない私はともかく、お姉ちゃんは困らないのかな、って」


「菜々美より優先することなんてないわ。本当は、菜々美がどれだけかわいらしい恋人なのか、色んな人に言って回りたいぐらいなのに」


「もう、お姉ちゃんってば……」


「本気よ。実際はなかなか難しいから、美咲ぐらいにしか話せないのだけれど」




 それで栗生先輩、途中からぜんぜん口説いてこなくなったのかあ……。




「さあ、早く菜々美のも空けましょう」


「うん……優しくしてね、お姉ちゃん」


「私はいつも優しいわよ」


「嘘ばっか」


「ふふふ……大丈夫、できるだけ痛くないようにしてあげる。菜々美に空けてもらって、どうすると痛いのかはわかったから」



 そう言って、お姉ちゃんは針を手にとった。


 少し上気した様子で耳たぶにそれをあてがうお姉ちゃんは、やっぱり私がそうであったように、私の体に傷をつけるという行為に少なからず高揚しているようで。


 釣られて、私の心音も拍を早めていった。




 ◇◇◇




 結論だけ言うと、私たちの関係は大学でちょっとした噂になった。


 近しい相手は、だいたい私たちの関係を知っていた。


 そりゃあ、ピアスはもちろんのこと、毎朝のように手を繋いで登校してきて、人がいない場所を探しては抱き合ってキスをして、終いにはお互いの薬指におそろいの指輪を付けたりしてるんだから、さもありなんって感じなんだけど。


 それでも意外と、面と向かって聞いてくる人とか、嫌がらせだとか、嫌われるとか、そんなことはなくて。


 割とどうにかなるんだな――と思うと、私も次第に慣れ、自重しなくなっていった。


 仮にそういうことが起きたとしても、たぶんお姉ちゃんと二人で過ごす幸せと天秤にかけたら、比べ物にならないぐらいの差がある。


 だから最初から周囲の目なんてどうでもよくて、お姉ちゃんはそれをわかってたんだと思う。




 ろくに家から外に出なかった夏休み。


 二人きりで旅行に行った秋。


 静かに身を寄せ合って過ごしたクリスマス。


 お互いの着物姿に盛り上がったお正月。


 チャペルで結婚式の写真を撮った春。


 年が明けても、進級しても、成人しても、卒業しても、就職しても――そして互いに老いても。


 いつか時の流れが私たちを引き裂くまで、周囲の声なんて気にせずに、共に歩み続けよう。


 姉妹として。恋人として。そして、夫婦として。


 末永く、幸せに――




 ……まあ、まだ二人とも大学生なんだけどね。


 要するに、それぐらいの気持ちで、って意味だよ。




「んぅ……菜々美、おはよぉ……」


「おはよう、お姉ちゃん」




 だってさ、見てよこの幸せそうな寝起き顔。


 寝ながら私の夢を見て、起きて私の顔を見てこの表情だよ。


 そんで私も思わずニヤっとしちゃってさ。


 このやり取りだけでも、未来を疑う余地なんてないと思わない?



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いつもそっけないクールな姉が急に妹の私を甘やかすようになったんですが! kiki @gunslily

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