第13話 ソーニャ、メスガキを再びわからせる

 休日。

 僕——江口大助は、玄関チャイムが鳴ったのでドアをあけた。

「はーい……って、君か」

 玄関前には、ツインテールのメスガキ・雌花めばなみのりがいた。かつて欧州一を決めるピアノコンクールで、ソーニャとぶつかり、敗北した子である。

 いつものように、ドMの男子生徒五人を引き連れている。うち一人が、細長い包みを持っていた。

 雌花は腕組みしながら、

「ソーニャ・ラーゲルフェルトはいるかしら?」

「いるよ」

「今、何をしているの?」

「特訓」

 雌花は鼻で笑い、

「ピアノの特訓ね? フン、やはりピアノを辞めたというのは嘘だったのね」

(いや、凌辱対策の特訓なんだけど……)

「家にあがらせてもらうわよ。クソ雑魚ざこワンちゃんたちは、ここで待っていてください」

「「はい」」

 男子五人が庭に正座した。近所の人に見られたら、変に思われるだろうな。

 そして雌花は止める間もなく、靴を脱いで家の中へ。

 仕方ないので、居間へ通じるドアを示して、

「ソーニャは、そこにいるよ」

 雌花がドアノブに手をかける。

「ラーゲルフェルト、やはり貴方はピアノを……って、えええ!?」

 ドアを開けた瞬間、悲鳴をあげる。

 部屋の中にいるソーニャは『大きなベニヤ板にあけた穴に上半身を突っ込み、こちらにはお尻が見えている状態』だからだ。

「ラ、ラーゲルフェルト、何をしてるの?」

 雌花の質問に、ソーニャは極めて冷静に、

「見ればわかるでショウ?」

「いえ……」

壁尻かべじりに備えた、特訓デス」

「聞いてもわからない!!」

 戸惑う雌花に、僕は説明してあげた。

「壁尻とは、壁から女性の尻だけが出ていることだ。女性からすると、顔が一切見えない相手から、下半身をいじられる事に、もどかしさを覚えるシチュだな」

「流れるように説明できるところがキモいわね……」

 教えてあげたのに。

 しょんぼりしていると、ソーニャが大きめのお尻を振って、

「大助、ベニヤで、この壁作ってくれてありがとうございまシタ」

「ああ」

 好きな子のためなら、なんでもない。

「でも、ちょっとお腹がキツいデス。あとで抜くとき、何か潤滑油じゅんかつゆ的なものをかけてくだサイ」

「洗剤とか、油とか?」

「いえ、ジェネリックザーメンをかけていただければ、精子ぶっかけられた時の特訓にもなりマス」

 ソーニャはストイックだなぁ、と感心していると、雌花が、

「ジェ……ジェネリック、ザーメン? なにそれ?」

「ジェネリック医薬品のザーメン版ですネ。極めてザーメンに近い、疑似ぎじザーメンです」

「さっきと同様、聞いても何一つわからない!!」

 雌花が、くずおれた。

 うつろな瞳で、

「……わ、私は夢を見てるの?」

 まあ、ソーニャは今日も夢のように可愛いけどな。

「ところで雌花さん。君はなぜソーニャに会いにきたんだ?」

「はっ! そうだったわ。クソ雑魚ワンちゃん1号~~!! 例のものを!」

 雌花が大声をあけると……

 ドM男子の一人が家に上がってきた。手に持った包みを広げると、出てきたのは……

 電子ピアノ。

 雌花が言う。

「ラーゲルフェルト。私とこれで、勝負しなさい」

「なぜデス?」

「私は貴方にコンクールで負けてから、常に劣等感にさいなまれてきた。今から貴方を超え——」


 ヴー


「……貴方を超え、次のステージに行——」


 ヴー、ヴー


「ヴーヴー、うるっさい!! 電話!?」

「いえ、私のお●んこに挿したピンクローターです」

「はぁ!?」

 ソーニャは、あくまで冷静に、

「常識で考えてくだサイ。せっかく壁尻の特訓してるのに、下半身を刺激しなければ意味がないでショウ?」

「常識とは……」

 雌花がうつろな目をする。ソーニャの周りには、こういう目をする人間が増える傾向にあるな(剣道部の剣崎さんとか)。

「い、いいからピアノ勝負よ、ラーゲルフェルト!」

 わかりまシタ、と応じるソーニャに、雌花は、

「手を抜いたら、怒るわよ」

「? なぜ私がチ●ポをシゴくと、貴方が怒るのデス?」

「『手で抜いたら』なんて言ってないわよ!!」

 ソーニャは天然で可愛いなあ。

 ともあれ。

 ピアノ勝負が始まった。まず雌花が、電子ピアノの前に立ち……


 演奏を開始。


(うおっ)

 奏でるのは、有名なJポップのラブソングだ。

 雌花の小さい身体からは想像もつかない、ダイナミックで荒々しい演奏。だが時には優しく、情感を込めて鍵盤けんばんを叩く。これは、すごい……!

「さすが雌花サン! 私も、うかうかしてられまセンね」

 驚くソーニャ。だがこちらに見えてるのが尻だけなので、いまいち緊張感に欠ける。

 演奏が終わると僕、ソーニャ、それにワンちゃん一号は拍手した。

 雌花は、少し照れたように微笑んだ後、

「次は貴方よ。ラーゲルフェルト」

「わかりまシタ。私の前に電子ピアノを持ってきてくだサイ」

「は!? 貴方、ベニヤ板にハマッた状態で弾くつもりなの!?」

「勝負とはいえ、壁尻の特訓を中断するわけにはいかないのデス」

「なんて無駄なストイックさ……」

 雌花は納得いかないようだ。

 だがワンちゃん一号に命じ、ソーニャの前に電子ピアノをセッティングする。

「いきマス……」

 ソーニャが弾き始めた。

 雌花さんと同じ曲。Jポップのラブソング。

甲乙こうおつ付けがたい演奏だ。これは引き分けだろうか……?)

 だが、その時。


 ヴーッ、ヴーッ


 ピアノの音色に、バイブ音が混じる。

(まさか……ピンクローターが作動している? ソーニャ、ランダムに動くよう設定してたからな)

 ソーニャはもどかしいのか、大きな尻が、もじもじ動きはじめた。

 雌花が笑う。

「ふふふっ! これではとても演奏に集中など…………な、なんですってーーーー!?」

 驚くのも無理はない。ソーニャの演奏は乱れるどころか、さらに素晴らしくなっていくのだ。

(この曲は、ラブソングだけど……)

 さっきの雌花の演奏より遙かに、恋の切なさや喜びが伝わってくる!

 雌花は、絶望に満ちた声で、

「な、なぜ!? ピンクローターに責められているのにッ!」

「ンウっ……私は今……ピンクローターに責められているのではなく……」

 ソーニャが、上ずった声をあげて、

「思いを寄せる人に、アソコをいじられてることを、想像しているのデスッ……!」

 そうか!

 だからこそ、ラブソングに情感がこもったのだ!!

(でも……ソーニャが思いを寄せるヤツか。そいつは、世界一の幸せ者だな)

 神技かみわざのピアノと、ピンクローターのバイブ音を聞きながら、そう思ったのだった。


 演奏が終わった。

 どちらが勝ったのかは明白。うずくまる雌花めばなが、一番わかっているだろう。

 僕が声をかけようとしたとき。

 雌花が、うつろな瞳で言った。

「そ、そうか……これも、ピアノの特訓なのね?」

「は?」

「壁尻も、ピンクローターでいじられるのも、ピアノの特訓だったんだわ。私、それやってないから負けたのよ! あは! あはははは!」

 ふらふらと部屋を出て行った。

 それをワンちゃん一号が、優しく見守るように追いかけていく。


 後日。

 ワンちゃん一号に聞いたところによると(ラインのIDを交換した)……雌花は壁尻をしながら、ピアノの特訓を始めたという。

 ソーニャの狂気は、着実に周囲を浸食しているな。

(だが僕は、大丈夫だろう)

 そう思いながら、今日も僕は壁尻から抜けなくなったソーニャに、ジェネリックザーメンをかけるのだった。






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