第五二段 佐世保の夕・佐世保鎮守府

佐世保の市民文化ホールは旧海軍佐世保鎮守府外線記念館というこれ以上にないほどに立派な名を冠している。

その名と実態はともに勇壮を成しており、今の鉄筋造りの建物では出せない輝きを放つ。

その許に集った人々である通称「提督」たちは開始と同時に古の軍港に散った。

燦燦と降り注ぐ初秋の日差しは瞬く間にシャツを汗で満たし、否応もなく沸き立つ心を必死に鎮めようとする。

しかし、歩き回るにつれこの街を沸き立たせようとする「提督」と市民の思いの交叉がそのような小細工を無にしていく。

橋際の公園も港の突端も街中の博物館も長蛇の列を成し、その行軍は未来を信じられるものであった。


一方、食も満たされていた。

佐世保といえば佐世保バーガーが先に出てくる人も多いだろうが、私は昔からレモンステーキの方が出てきてしまう。

駅弁でその存在を知ったのであるが、肉厚の牛肉を塩胡椒で焼いたものではなく、薄く切られた肉を檸檬の効いたソースで頂く。

あふれ出る肉の旨味という視点からすれば物足りないのかもしれないが、洋食としての豊かさを残すのはこちらではなかろうか。

白飯にこれ以上合うステーキを知らぬ。

これにカレーに海の幸にといただきながら回れば、忽ちに腹も心も満たされてしまう。


ただ、この時点で足に限界がきていることに気付いてしまった。

無理をその頃は重ねていたのであるが、流石に夜の街の飲み歩きは放棄せざるを得なかった。

家に帰るまでが遠征であるという言葉が重くのしかかる。


その憂さを晴らしたのは一隻の護衛艦である。

西日の中、影を湛え始めた港を前に一斉に点灯する。

刹那、高らかにラッパが鳴り海軍旗が沈んでいく。

純白の水兵が穏やかながら逞しい両腕を交互に揮う。

降納の後に広がる嘆息はこの街の誇りへのそれであった。


 明日思う 声を張り上げ 日の沈む 汀に集う 灯り気高く

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