第三三段 西山

生きていると、様々な悩みが生じる。

基本的に私は、悩みを翌日に持ち込むことを嫌う人間であるのだが、それでも、時間をかけて考える場合もある。

そのような時、一人で考える場所が非常にありがたい存在となるのだが、私の場合、それが複数存在する。

その中でも西山の方面は、私にとって度々「お世話になった」場所である。


西山は丘の上に団地を抱え、長崎市街と本原方面、東長崎とを分断するように存在している。

金毘羅山の中腹にあるため、清流が流れ出しており、本河内、浦上と並ぶ長崎の水源地を持つ。

以前、長崎の八十八箇所巡りをした際には、この近くにある寺で様々な話を窺ったが、その最中に吹き込んでくる風には心も身体も癒されたものである。


 清風や 静かな水の 谷間より 人ごみ避けて 山間を行け


「癒し」という観点で行けば、この地では仲夏の頃に蛍を見ることができる。

交通手段を手に入れてからは、毎年訪れるようになったが、その神秘的な輝きは、浮世の憂さを晴らすには十分であった。

しかも、時間によっては人が少なく、静かに幻影へと身を投じることができた。

人に囲まれていると、孤独も癒しになるようである。


しかし、こうした「癒し」もさることながら、私には何よりも、ここの「自然な暗さ」が有り難かった。

何か公園と宗教施設のようなものがあったのは玉に瑕であったが、そのようなことは全く気にならないほど、寂然とした漆黒に包まれていた。

川のせせらぎと木々の囁きが彩りを添えた。

その中で、一人、悩みを反芻する。

そうすることで、少しずつ考えが具象化してくる。

時には、文芸へと転じることもあったが、私にとって大切なことはこうして行動に移されたのである。


 涼し夜や 空にも友の 一人なく ただ対したる 黒き輝き

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