第二十段 浦上・浜口・坂本

中世ヨーロッパでは『大陸』は三つより他に存在せず、それも、ヨーロッパ以外はよくわけの分からない土地であると考えられていた。

今から思えば、そのような子供じみた『幻想』は嘲笑の対象でしかあるまい。

しかし、未だに子供の知る世界というのは古代のそれと同じようなものであり、私もその例に漏れなかった。

幼少期、私の活動範囲は長崎駅が北限であり、その外にある浦上は長崎という世界にあるものの、よく分からない土地であった。


浦上は長崎市北部の要地であり、この世界で最後に原子爆弾が投下された土地である。

このことは、長崎という土地を語る上で欠かすことはできず、繰り返し長崎市民はその話を聞かされ続けてきた。

八月九日ともなれば、変わることない平和学習というものに晒され、ある意味では思想を統一しようとされていた。

原爆の遺構は生々しくもその人災を物語っており、少年の目には凄まじいほどの威力を放っていた。

そのため、一種、近付きがたいような場所となっており、その一方で、やや現実から離れた場所ともなっていた。


 子供らは 阿鼻叫喚の 渦の中を 戸惑い歩め 生き様として


それでも、浦上の中でも浜口・坂本のあたりは確りとした現実を以って眺めていた。

それは、その目的が大学病院にあったためであり、定期的に歯の検診を受けていたためである。

通常、幼少期の歯科医通いは憂鬱なものであるようだが、私にしてみれば特にそうした印象はなかった。

基本的に、当時の私は歯の手入れが雑であったために、医者から叱られることが度々あったが、虫歯自体はなかったためであるのかもしれない。

むしろ、その後に必ず寄ったパン屋の味に惹かれており、歯医者など眼中になかったのかも知れない。


 昼下がり 無邪気に揺れる 世を捨てる 子供の影に 一筋の陰

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