第十段 諏訪神社・蛍茶屋

長崎で最大の宗教施設といえば、諏訪神社がある。

土地の広さだけを単純に見れば、他の施設があるかもしれないが、あくまでも長崎全体に与える影響を考えれば、これ以上の施設はない。

特に、先に述べたキリスト教包囲網の中心地として存在しており、市内北部のキリスト教文化域とは決然と分かれている。


また、長崎で諏訪神社といえば長崎くんちの中心であり、江戸より続く文化の象徴でもある。

『くんちばか』という言葉が長崎にはあるが、生粋の長崎っ子を今も興奮させて止まない。

一度、仲秋の長崎を訪ねてみればわかることだが、長崎人の粋と息を感じるにはこの時期以外にはない。


 この宵は 酔いも回って 余威をかる シャギリの音に 集うじげもん


とはいえ、この辺りはくんちのためだけにあるわけではなく、路地に入れば長崎では最大級の市場が息づいていた。

今では、他の例に漏れずやや衰退の足音が忍び寄っているが、それでも活気は失っていない。

長崎で庶民を知るにはこの新大工市場を行くのがよい。


さらに、線路沿いをそのまま進むと、やがて中心街から離れてゆき、路面電車の東の終末である蛍茶屋に到る。

周囲には僅かな店舗があるだけであり、墓場が山側には控えている。

これを越えてゆくと日見峠に到るため、峠道を行く旅人の憩いの場になっていたのかもしれない。

また、茶屋である以上、当時は男女の溜まり場であった可能性もある。

いずれにせよ、今は往時を偲ぶようなものは無く、ただ、空間を隔てる壁としての役割しかない。


思えば子供の頃、この地は『地の果て』であった。

そのため、この地を通って市街から離れる際には強い寂寥感を感じたものである。


 道行かば 脇行く風に 凍え込む 仄かな明かり 闇夜照らすも


子供じみた寂しさは最早無い。

だが、旅立ちは未だに高揚感だけでないのも事実である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る