第7話 お誘い
* なりたい自分になるのは意外と簡単です。地球の想いを感じましょう。
* あなたの想念と地球の自己実現波動がシンクロしたとき、現実が変わっていきます。
* マダム・ガイアはこれまで三十万人以上の運命を変えてきました。
* あなたにも「母なる星」のメッセージをお伝えします。
* セミナー参加費:五千円
* 個別セッション三十分:五万円
……なんてのとかさ。
* 五百万年前、宇宙より飛来した者たちは類人猿に霊的改造を施しました。
* そして人類への進化が始まりました。
* 地球に霊的進化をもたらし、宇宙政府の一員とするためです。
* いま、第二の進化の時代が訪れました。
* 選ばれしあなたへ、宇宙チャネラーであるアラン・スミスが真実をお伝えします。
* 公開チャネリング参加費:一万円
……でまかせに限度なしってのや。
* 数千年に一度の周期で地球に接近する巨大彗星オルオル。
* オルオルが次に飛来するのは二十年後、そして地球に衝突する可能性がある。
* この危機に対処し、乗り切る方法を知りたくはありませんか。
* インドが誇る高等霊媒ミス・アナンダが宇宙霊から得た知見を伝えに来ました。
* 講演会:八千円 個別相談:八万円
……そんな連中に日本は狙い撃ちなわけよ。
アメリカ、イギリス、インドその他、世界中からありがたい能力者がやってくる。
俺の勘だと在日で語学学校やレストランで働いてる人も多い気がするけど。
彼らは、いつもいつも、この世の終わりを口々に叫んでいらっしゃる。
そして、人生を豊かにするアドバイスや全人類への警告を伝えてくれる。
微妙な金額と引き換えに。
ああ、世はなべて平和なり。
この崇高な使命を帯びた皆様のビジネスのため、俺はルキから送られてくる資料や素材をありがちな感じで企画書にまとめて提出する。
そして、心の中でそっと願い事をつぶやくのだ。
神よ、ホラ吹きを量産して日本へ送り込みたまえ。
人類よ、悩んで迷って金を払って暇をつぶせ。
そして俺の生活を支えよ。
午前中、がっつり働いたら腹が減った。
世界の危機が近づいていても俺は食う。
牛丼屋で大盛りカレーを完食。
スパイスと糖分が脳を駆け巡り、午後に再び世界の破滅と向き合う気力が湧いてくる。
空気のよどんだ我が家へ戻り、鼻息荒くパソコンをスタンバイから復帰。
その瞬間、新着メールのお知らせがポップアップ!
世界を救うのは後回しになった。
差出人はルキ、つか、他はDMしか来ないけど。
会って今後について話したい、都合のいい日を教えて、という意味深な内容だ。
いや、意味深と思ってるのは俺だけか。
たぶん、契約の話だろ。
この前会ったとき、長期契約をしたいと言ってたし。
つか、わかってるんなら俺もはなから意味深と思ってないじゃんか。
文面は、あいも変わらずのビジネスライク。
俺はミーティングの日時を書いて返信する。「いつでもどうぞ」ってね。
他の仕事どころか遊ぶ予定もない。すっきりシンプルな毎日だ。
五分もしないうちに彼女から返信の返信。できる女はレスポンスが違う。
指定されたのは五日後の夕方四時、ちょい先だね。
あっちのスケジュールがスカスカなわけないし、やむなし。
逢瀬にむけて、ちょっと鍛えておくかと意味もなく思う。
ジムでシャワー以外も使ってみようとか。
けなげだね、恋に恋する底辺ボーイは。
自らのやる気のなさと闘いながら、五日間が過ぎた。
ジムでほんの少しだけマシントレーニングを始めて、二の腕に筋肉痛を抱える今日、いよいよ待ちに待った打合せだ。
テンション高くウラノスに乗り込む。
俺がここに来はじめてから五代目の受付嬢に用件を告げる。
つねに身長は百五十センチ未満って感じ。人事ポリシーでもあるのかね。
会議室で十五分程待たされたところで、ルキは焦ったていで駆け込んできた。
耳に心地よい声音で荒い息と共に「遅れてごめんなさい」。
たまらん。申し訳なさ混じりな上気した顔が色っぽく、脊髄にビンビンくる。
この反応は男子として至極当然だが、我ながら多少けしからんと反省。
しかし、じろじろ見ちゃう。
表情を脳裏に焼き付けるのだ。
焼き付けて何に使う気なのか、俺は。
「今日はこれからの話をしたいの。進行中の仕事については、特に相談とかトラブルがなければ……えっと、ないよね?」
ないないない。トラブることは何もない。
企画ネタのパクリ元もどっかからパクってんだし、言ってきやしませんて。
商材がインチキなのは俺のせいじゃないしね。
自信満々にノープロブレムと返せる。
「よかった。心置きなく本題に入れるわ。えっと、今月末でうちの仕事をお願いし始めて一年になります。これまで案件ごとの契約だったけど、弊社としては年間契約を結びたいと思っています」
ほう、そう来たか。ってことは、一年は確実に会えるんだね。
恋に発展する気配は見えないけど。
「ウラノスはメイジくんの力を買ってるの。それでね。より重要な仕事をお願いしようってことになったわけ。もちろん、ギャラはアップするから。少なくとも年収ベースでざっと三倍にはなるかな。でも、仕事内容が変わるから話し合ってから返事をしてほしいの」
より重要な仕事?
この世にあるだいたいの仕事は詐欺イタコの宣伝より重要だろう。
俺のモチベーションは仕事内容にはないから、なんでもいいよ。やるよ。
「この一年、うちはアイドルやプロレスとかのエンタメコンテンツに力を注いでいて」
ああ、前にリュウの言ってた芸能系か。
「きたか」
いかん、声に出ちまった。
ルキは軽く目を見開いて、驚き顔も美しいことを教えてくれる。
俺の目線が泳いでるのを見てとって、微笑みながら本題に戻る。
お気遣いありがとうございます。
「これからはエンタメ部門とスピリチュアルな人を組ませてライブショーをやろうと思ってるの。イチ推しは最近専属契約をした彼」
テーブルの上にぺラっとおじさんの写真が置かれる。
逆立った短髪に艶々とした赤ら顔。
しかし太ってるなぁ、輪郭を縁取ってる髭がなきゃ、どこまでが顔かわからないぞ。
「バロック鹿原さん。二か月前から地上波のレギュラー番組を持って中学生から主婦まで女性人気上昇中。いま一番チケットが取りにくいスピリチュアリストね。来月からはうちの所属よ。でね」
彼女は声のトーンと、話の速度を下げた。
小さな顔を前に出し、俺の目を見つめる。
ああ、お姉さま、好きにして。
「私がネット展開とライブショーのプロデュース担当をまかされたの。プランナーはメイジくんを考えています。正直、忙しくなるわよ。打ち合わせも増えるし、ライブ会場へ一緒に行くことも多いでしょう」
受けましょう。ギャラが増えるんでしょ、そっからキックバックしてでも受けてやる。
いくらくれるんだ。いくら払えばいいんだ。どんとこい。
いやいやいや、落ち着け、俺。
こういう時は一拍置いてから返事をするもんだ。
そうそう、契約書を見てから決めさせて頂くとか、そういうのが印象いいんじゃないか。
「メイジくん、あなたと組んでみたいの。受けてもらえないかしら」
あ、手、握られちゃった。
「うん、まっ、まかせて。ぎゃ、がんばるよ」
いかん、即答しちまった。しかも、噛んでるし。
「ありがとう。よかった……でも、会社の手続きとして即決はできないの。いつも通り、契約書のドラフトをメールで送るから、じっくり読んで金額と内容に納得してから正式な返事をお願い」
たぶん、俺の異性への耐性は中学生時分から成長していない。
あなたの手のぬくもりは判断力をなくさせるに十分。
「あら、もう一時間経っちゃった」
ルキは立ち上がる。
ドアを開けると室外の音と空気が入ってくる。
二人っきりの空間は終了なり。
いつものごとく、エレベータホールまでお見送りされる。
「ところで、今日の夜は空いてるかな。もし、よければ七時にまた来て」
エレベータが閉まる直前、扉の隙間から言葉が飛び込んできた。
まさか、食事のお誘いか。
あわてて『開』ボタンに手を伸ばしたが、乗り込んできたおっさん達に奥へ押しやられる。
加齢臭を鼻腔に吸い込みつつ、降下開始。
ぎゅうぎゅう詰めの箱から出たら、むわっと猛暑に包まれて、我に返る。
それにしてもルキの目的はなんだろう。
約束まで二時間、冷房が効いたコーヒー屋でクールダウンしつつ、お誘いについて妄想を決め込むことにした。
まじで今後のこと、お話ししちゃうのか、俺はっ?
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