第9話 アッシュの実力

 アッシュはユリウスに試合を申し込んだ。直後、会場は笑いに包まれる。


「お嬢様に勝っただけのやつが、リーベルト先生と戦えるわけないだろ」


「調子に乗ってるんじゃない?」


「あの転入生、リーベルト先生の養子らしいぞ」


「自分は強いと思いこんでるのね」


 ふむ、と頷き両腕を広げるユリウス。


「こう言われてるけど?」


「関係ない」


 アッシュはユリウスに剣の切っ先を向けたまま首を振る。


「初めての親子喧嘩ってやつだ。悪くないだろ」


「その心は?」


「厄介なことに巻き込まれたんだ。一発くらい殴らせろ」


 その言葉にユリウスは肩をすくめる。

 彼はアッシュの意図を理解している。ゆえに笑顔を絶やさない。


「おお怖い怖い。これでも、教師として忙しい身なんだけど」


「十分もかからないだろ」


「まあ確かに」


 お互いに苦笑。

 最後に拳を交えたのは五年ほど前。

 今のユリウスはS級冒険者。現代の英雄に最も近いと言われている。


「貴方、本気?」


 そんな二人に待ったをかけたのは、先ほどまでアッシュと決闘を行ったクレアだ。


「貴方はたしかに私に勝った。でも、私に勝っただけじゃない! リーベルト先生に勝てるわけ――」


「なんだ、心配してくれるのか?」


 アッシュが茶化すように笑いかけると、クレアは顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。


「バカじゃないの! そういうことじゃなくて!」


「勝ち負けだけが試合じゃない」


 ふっ、と息を吐いて、アッシュはクレアと視線を合わせる。


「え?」


「だから、見とけ」


 ぽかんとこちらを見るクレアに背を向け、アッシュはユリウスと向かい合う。


「準備はいいかい?」


 言いながらユリウスは愛用している二本の短剣を取り出す。

 それは師から譲り受けた魔法の発動体。

 羨ましい。そう思ったのは今でも忘れられない。


「いつでも」


「それじゃ、始めようか」


 ガヤガヤと静寂とは程遠い闘技場。固唾を呑んで見守るのはほんの数人。

 一拍おいて――。

 二人の刃は激突した。


「ははっ」


「くっ」


 一撃、二撃。短剣と長剣がぶつかる。

 攻撃範囲で勝るアッシュ。だが、ユリウスは、その連撃をたやすく捌いていく。


「剣の腕、落ちてないな」


「これでもS級冒険者だからね」


 交差した短剣によって弾き飛ばされる。


「吹き荒べ風よ」


 ユリウスが魔法の詠唱を始めた。彼の周囲に風が吹きだす。

 魔力量が多いゆえに、詠唱時の属性を視覚で判別できてしまう。それがユリウスの弱点。

 それを止めようとアッシュは剣戟をつづける。だが、これで集中力を切らせるとは考えていない。

 事実、ユリウスは言葉を綴る。


「精霊の加護。大地を穿つ槍となれ」


 何度か見たことのある詠唱に舌打ちして、アッシュは長剣を撫で、ユリウスから距離をとる。


「風よ」


「エアシュート」


 剣に付与魔法をかけた直後、見えない砲撃がアッシュに襲いかかる。


「うん。さすがに短文詠唱じゃ威力が足りないね」


 ユリウスは楽しげに笑う。

 不可視の一撃をアッシュの長剣が打ち消していた。

 それを見たユリウスは顎に手を当てる。その様子は隙だらけに見えるが、油断していないことは目を見てわかった。


「風属性だと何が起きたかにくいんだよね」


 そう言ってユリウスは次の魔法を準備する。


「逆巻け炎よ」


「火属性はシャレにならないだろ!」


 詠唱を止めるために距離を詰める。しかし、それはユリウスによって誘われた一手。


「風よ。集いて我が身を守る盾となれ、ウィンドストーム」


 最初に現れたのは烈風の壁だ。とっさにアッシュは足を止める。


「紅の狭間。その身を焦がすは代償の証」


 その間にもユリウスは火属性魔法の詠唱を続ける。

 彼が発動体の短剣を二本用意したのはこれが理由だった。

 本来、一度の詠唱で発動できる魔法はひとつ。しかし、ユリウスは違う。詠唱中の魔法に割り込んで他の魔法を使うことができる。それは発動体の数だけ使えた。

 多重詠唱。それは才能であり、固有能力。

 近接戦闘を行いながら二重詠唱する集中力と技術は、数少ないS級冒険者の中でも最高位だ。


「風よ。風よ。告げる。剣に幾ばくかの加護を。その身に脅威を消し去る烈風を」


 対するは付与魔法しか発動できない元S級冒険者だった少年。

 アッシュが剣に宿すのは、先ほどより強力な旋風だ。

 彼は剣にまとわりつく風を確認する間もなく、ユリウスとの間にある風の壁へと薙ぎ払う。


「我が身は弓となり、我が身は炉となる。精霊の加護。集え。そして矢は放たれる。フレイムレイン」


 だが、ユリウスは詠唱を終えた。アッシュへと炎の雨が降り注ぐ。

 剣を振り回すだけでは、不定期に降る炎を消すことはできない。

 炎に当たらない最適解を導き出し、剣を振るう。アッシュは火弾が当たるより早く相手に肉薄し――。


「僕の勝ち、だね?」


「武器を壊されたらおしまいだな。これは殺し合いじゃない」


 カランと落ちた剣先を眺め、アッシュは両手を上げた。

 ユリウスの魔法にアッシュの使っていた貸し出し用の剣が耐えられなかったのだ。

 ほらね。やっぱり。そんな言葉が飛び交う。


「これは始末書ものだなぁ」


 わざとらしく、ユリウスはため息をつく。

 闘技場の地面は炎で焦げている。被害がこの程度で済んでいるのは、ユリウスが手を抜いていたからだ。

 そんな騒動を無視して、アッシュはクレアのもとへ。


「どうだった?」


 ただ一言。そう尋ねた。

 クレアはアッシュを見つめ、そして自分の手に視線を落とした。


「……私も貴方みたいになれるかしら」


「それはクレア次第だ」


「そうよね」


 そこでリンとユフィが駆けてくるのが見えた。

 伏目がちにクレアは彼女たちへ目を向ける。


「私も貴方みたいに。いいえ。貴方を超えたいと思った」


 アッシュの目を見て、クレアは吹っ切れたように笑う。

 その笑顔に思わず目を奪われる。そこには彼の忘れてしまった輝きがあった。


「そこで、提案なのだけども」


 コホンとわざとらしい咳払いをして、クレアは視線をはずす。


「私たちのパーティに入らない?」


 呟きに近い声で彼女は言った。アッシュと目を合わせようとしない。


「それはありがたい誘いだ。でも、君の一存で決めて良いのか?」


「あたしは別に構わない。戦力が増えるのは良いこと」


 ひょっこりと現れた藍色髪の魔法士リンが頷く。


「わ、わたしもアッシュくんなら大歓迎です」


 続く形で、ハーフエルフの少女ユフィは手を挙げる。


「と、いうことだけど」


 ほっと一息つき、クレアは不安げにアッシュの顔を覗き見た。


 ――最初からそうするつもりだった。


 そんな無粋が言葉を飲み込んで、アッシュは右手を差し出す。


「よろしく頼む」


 クレアはその手を見てから、他の二人にも視線を向ける。

 彼女たちが頷いたのを見た後、クレアはアッシュの手を握った。


「ええ。よろしくね。アッシュ」


 アッシュはクレアと握手を交わした。

 リンの思惑は、どうやら成功した。険悪な雰囲気にもなっていないので、アッシュは一安心する。

 こうしてアッシュ・リーベルトは三人の少女たちとパーティを組むことになった。

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付与魔剣士の英雄譚 平石永久 @Hiraishi_Nagahisa

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