第一条 第二項

 少し話を整理しよう。俺はついさっきまで、学校の授業をサボって、付属の図書館で暇を潰していた。そこでいつも通り取り留めのない会話を司書としていた。そこにいきなりこいつらがやってきた。一目でテロリストだと分かる、別段隠す気もないような集団だった。で、咄嗟だったのでつい何人か、三人ばかりだったか、の奴を『銃を撃てない』にした。

 俺にはたいして便利でもない能力がある。厳密に言うと違うのだが、人に何かをできなくする能力だと自分では思っている。その代わり、できなくした事は、自分もできなくなる。おそらく、永遠に。このせいで俺はすでに一生、酒も飲めない、煙草も吸えない、銃も撃てない、人も殺せない人間になってしまっている。

 ともかくそいつらから逃げようとして、途中で一緒に逃げてた奴が撃たれて、…撃たれたよな?撃たれた、と思う。それで多分、我を忘れて、そのままどれくらい時間が経過したかも分からないが、気が付けば誘拐されていて、結婚させられそうになっていた。

 理不尽だし、記憶に曖昧な所もあるが、自分の現在の成り行きは理解できた、と思う。思う事にする。最後の『結婚』以外は。意味が分からない、どうして俺がこんな目にとか、普通は思うのだろう。だが、ここで「お前らの目的はなんだ?」とか「そんな事をしてどんな意味があるんだ?」とか「今更だけど、ここはどこなんだ?」とか、こういう誰でも言いそうな台詞、もっともらしい質問は、それこそ死んでも言いたくない。どんな状況であっても。俺は生まれながらにそういう性質なのだ。それは本来、俺にこそ投げ掛けられるべき疑問なのだ。

「あんたの娘っていくつなんだ?」

と、必死に頭を働かせてでた質問がこれだった。案外乗り気みたいじゃないか、と言ってから少し後悔した。

「年かい?君と同じくらいだ。」

「じゃあ、十四歳だろ。結婚はできなくないか?」

「君たちはまだ幼いし、何よりまだ出会ってもいないのだから、将来的に、という話でももちろん構わない。ただはっきりと宣誓してもらう事にはなるだろう。」

「俺の能力で、って事か。」

「そう、なるのかな。」

男は珍しく曖昧な笑い方をした。察するに、俺の能力に関して、はっきり分かっている感じではなかった。となると、どこの馬の骨とも、本当によく知らない男に、娘をやろうとしている訳だ。それって、どういう訳か、理解し難い。いや、落ち着け。確かに俺なら、浮気もしないし、無駄遣いもしない、いい夫になれる。

「俺は浮気だってするし、無駄遣いもするぞ。」

なんだ、俺今テンパってるのか?

「浮気は当然許せないが、それが条件ならば仕方ない。譲歩しよう。私からは何も言わない。金のことは心配いらない。少なくとも、君の能力に見合う金額はすぐにでも用意しよう。」

いくら?とは、聞かない。別にいくらでも断りたい時は断る。

「話が突拍子過ぎて、すぐには理解出来ないのは分かる。とりあえず、君は自身の評価を改めるべきだ。君の力は、大金を積んで、それこそ大事な娘を差し出す程の価値がある、と。それに言ってはなんだが、彼女は美人だし、私は金持ちだ。今は不安でも、私が勉学から趣味娯楽まで支援しよう。だから、私の娘を一生大切にしてくれないか?」

…これはいい話なのだろうか。当然何か裏はあると思う。が、とりあえず了承すれば、大金が手に入るかもしれないし、わざわざ婚姻なんて手間をかけるくらいなのだから、俺の身の保障も無下にしないだろう。そもそも相手がニコニコと話すので忘れそうになるけれど、命の危険はまだ過ぎ去っていない。ご機嫌取りでもいいから、ここはまず「はい」と答えておくべきだ。

「答えは『いいえ』だ。」

悪癖である。頭では分かっていても、口にだすと反対の事を言ってしまう。ともかく、言ってやったぜ、とは思った。

「理由を聞かせてくれないか?」

特に無いけど断ってみた、とはさすがに言えない。適当に嘘を言って、相手の出方をうかがってみる。

「…捕まる前に一緒に逃げてた女がいただろ。あいつは俺の母親だ。」

「それは、…申し訳ない事をした。」

よく覚えていなかったのだが、『申し訳ない事』が起こった事を確認できた。

「君の気持ちがやっと少し分かった。今回の一件は私に全責任がある。私の事は恨んでくれて構わない。だが、どうか他の誰かを恨まないでくれ。特に、娘には全く関係のない事だ。」

気にくわない。気持ちが分かるとか、綺麗事を並べられると、なんだかむしゃくしゃしてくる。

「過ちはいつか許されるように善処する。しかし、断るならやはり君を拘束することにはなる。残念だが、これは君の身の安全のためでもあるんだ。理解してくれるかい?」

苛立ってはいたが、さすがにこの辺りが引き際に思えた。

「牢屋にでも入ればいいのかよ。」

「奥に部屋がある。散らかってはいるが、そこまで居心地の悪い所ではないはずだ。と、ここまで随分こちらの都合で話してしまったが、聞きたい事はなかったのかい?」

「無い。」

「それでは一つだけ、こちらから説明しておきたいことがある。私の娘の事だ。」

最初に説明する事がそれなのか。

「彼女にも君のような能力、私たちは便宜上『カルマ』と呼んでいるが、危険な力がある。」

「やっぱり厄介な奴を押し付ける気だったんじゃねーか。」

「厄介と言えばそうだが、危険というのは、すまない、少し語弊があった。彼女はあらゆる物に名前を付けることができるという能力がある。まあ、あだ名のようなものだ。」

「名前を付けられたらどうなるんだ?まさか言いなりになるとか?そんな奴とは一目でも会いたくないんだが。」

「以降、彼女がその名前で呼ぶようになる。」

「…それだけ?」

「それだけだ。そしてもちろん、おそらく君にもあるだろうが、カルマにはリスクがある。彼女が名前を付けたものを『なくす』と、彼女も体の一部を失う。」

「使えないじゃん。」

「その通りだ。だが、彼女は使おうとする。いっそ『使えない方がいい』と思うくらいに。」

ピンときた。少し話が見えた。

「知っておいて欲しいことはそれだけだ。明日の朝、使いをだそう。よく考えてくれればいい。今度はいい返事を待っているよ。」

勘のいい俺はすぐに気が付いたが、だからといって何かやる気がおきるわけでもなかった。

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