第一条 第一項

 自分の無力さに嫌気がさす。ついでに猿轡を噛まされた今の間抜けな顔を想像すると情けない気持ちがしてくる。両手は自由だった。すぐにでも外せばいいのかもしれないが、四人の屈強な軍人風な奴らに四方を囲まれていたので気が引けた。俺は自分のひねくれっぷりには自覚がある。こういう時こそ、ひと暴れしてやろうと心を奮いたたせようともしたが、さすがに、撃たれるのは怖かった。それでおとなしくどこかも分からない、やけに大きな建物のエレベーターまでとぼとぼとついてきた。長い時間、おそらく最上階まで着くと、前の奴が小銃をちょいと振ってついてくるよう合図した。逆らう気はもう、ない。大きな扉の前まで案内されると、一人が脇の端末にカードキーをかざした。一目、木製の扉に見えるが、どうやら電子ロックらしい。扉が開くと中は広く、様々な機器や、本や資料が山積みにされていた。実験室か、あるいは資料室のように思えた。奥に男が一人立っている。オールバックで、眼鏡をかけている。白衣を着ていれば研究者だろうが、スーツ姿だった。俺を待っていたようで、こちらを見ると人の善さそうな顔で穏やかに微笑みかけた。こんな状況でなければ、気味が悪いとも思えない程、穏やかだった。

「まずは謝罪を。このような形で君と話し合う事になったのは、こちらの本意ではない事をできれば理解して欲しい。本当に申し訳ない。」

 男は深々と頭を下げた。これも思わず許してしまいそうな程、堂々としていた。

「と、少し堅苦しくなってしまったか。このような場所だが、君も楽にしたまえ。」

 楽にするというと嫌な感じがしたが、試されているような気がして、目を閉じて猿轡に手を伸ばした。小銃の引き金に指がかかっているのを想像した。怖い。が、俺はここで怖くないと思わなければいけない。ひと思いに外して大きく息を吐いた。自分の矜持を少し取り戻したような気がした。目を開けると、男が手のひらをこちらに向けていた。

「まず私は君に危害を加えるつもりはないという事を分かって欲しい。君に敵は多い。なにせ私の部隊の人間を三人も再起不能にしたらしいじゃないか。本来ならば血気盛んな兵隊に撃たれてもおかしくはなかった。だから今こうして君が助かって、ここに立っていられるのは私が君の味方だからだ。」

「それって脅しだよな。俺の身の安全はあんたの機嫌次第っていう。」

「そういう解釈もある。」

 男はニッコリと笑う。彼がかなり偉い立場であることはすぐに予想がついた。そして偉い人間には逆らいたくなる。

「何がなんだか分からない状況だろう。質問があれば答えよう。」

「俺と話し合えるなんて、本気で思ってる訳?」

「話し合いたい。双方の理解があれば話も円滑だ。そしてできれば、君を脅したくはない。」

「お前らの言いなりになるくらいなら死んだ方がマシだ。」

 と、ここまで為すがまま連れてこられたことも忘れて、つい言ってしまった。一瞬、空気が張り詰めたのが分かる。が、すぐに男は「ははは」と笑った。

「殺したりしてはこちらが困る。君にどうしても頼みたいことがあるんだ。そうだな、まずはその用件だけでも、聞いてはくれないか?」

「そんなの『はい』と答える訳無いだろうが。」

「『はい』と答えてくれるならば、その契約の範囲内で君を自由にする事を約束しよう。結果如何では私の全財産を君に預けてもいい。ただ答えが『いいえ』なら、君の気が変わるまでここに監禁するしかなくなる。」

「脅してるじゃん。」

「それでもある程度は、融通も利かせるようにはしよう。なにより用件とは君にとって簡単なことのはずだ。君の能力がこちらの期待通りならば。」

「期待外れかもしれないぜ。」

「親なら普通、自然に願う程度の期待だよ。」

「親?実はあんたは俺の父親でしたってオチかよ。」

「君の返事次第ではそうなる。」

 男はここで急に真剣な表情になった。人に『いいえ』と言わせない程、凄みがあった。

「私の娘と結婚して欲しいんだ。」

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