第4話 海鮮怪獣カニオン

 多くのビルが建ち並ぶ都会に、その怪獣は現れた。

 カニをそのまま数十メートルほど大きくたようなフォルム怪獣が、アスファルトの上を素早く横に移動する。

 動く度に起きる突風は、逃げようとする人々を吹き飛ばす。

 それと同時に、怪獣は目の前のガラス張りのビルをハサミのような大きな両腕で叩き割った。その衝撃により、固いはずのガラスは粉々になり、地上に降り注いでいく。


 丁度その時、悲鳴が響く街並みに、あの巨大ヒーローが降り立った。

 怪獣の真横に立つ巨体は右腕を前に伸ばす。

「我が名は、ウォーターブルータイタン。怪獣よ。お前らの好きにはさせない!」

 いつもの性別すら判別不可能な声で身分を明かす巨大ヒーローとの距離を詰めるため、怪獣は素早く足を動かした。

 それに対して、巨大ヒーローは右腕を前に素早く動かす。突風は拳の風圧で掻き消され、固い怪獣の体に正義の一撃が響く。

 そのまま体勢を崩した怪獣を前にして、正義のヒーローは右手を前に突き出す。掌に青白い光が一瞬で集まっていき、それを解き放った瞬間、巨大怪獣は消失した。




 そんな記録映像を地球防衛隊の基地のモニターで見ていたサトルは、「なるほど」と呟き腕を組んだ。その隣で画面を覗き込むダンキチ隊長は首を傾げる。

「こんなビデオを見て、何が分かったんだ?」

「ダンキチ隊長。やはり、ハヤト隊員はウォーターブルータイタンではない! その証拠は、この映像の中にある」

 そう自信満々な表情でサトルは隊長と顔を合わせた。

「もっと分かりやすく説明してくれないか?」と尋ねる隊長に対して、サトルはモニターに視線を向け、再生ボタンをタッチした。


「もう一度、さっきの記録映像を見てくれ。ご覧の通り、あの巨大ヒーローは、右手を使って攻撃することが多い。怪獣を倒す時に使う必殺技の時は、こうやって右手を前に突き出している。つまり、あの巨大ヒーローは右利きの可能性が高いんだ。ところで、ハヤト隊員は左利きじゃないのか? この前、出動した時、ハヤト隊員は隊長が投げつけた車のカギを、咄嗟に左手でキャッチしていた」

 画面に映る巨大ヒーローのマネをして、右手を前に突き出す仕草をしたサトルを見て、ダンキチは首を縦に動かす。

「そうだ。ハヤト隊員は左利きだった。だが、気になることがある」

 腑に落ちない表情のダンキチ隊長と顔を合わせたサトルが聞き返す。


「気になること?」

「ウォーターブルータイタンは、怪獣と対峙する時、必ず身分を明かしてから戦うんだが、その口上が毎回違うんだ。我が名は、ウォーターブルータイタン。怪獣よ。お前らの好きにはさせない! これがさっきまで見ていた映像の中の口上だった。一方で、この前の戦いでは後半部分が変更されている」

「確か、この前はこう言っていたな。我が名は、ウォーターブルータイタン。大いなる力の使い手だ!」

「つまり、ウォーターブルータイタンは一人じゃないかもしれないってことだな」

「なるほど。その説も興味深い。では、この基地の中にある全ての記録映像を見よう。一晩で全ての映像をチャックして、証拠を探し出す!」


 自信満々に胸を張った瞬間、サトルの背後にあったドアの外から誰かがノックした。そのままドアが開き、黒いスーツを着た厳つい雰囲気の大男が顔を出す。

 その右隣には、ナオの姿があった。


 背後を振り返り、突然現れた男と顔を合わせたダンキチは、視線をナオに向ける。

「ナオ隊員。誰だ? その男は?」

 そんな問いかけに対して、大男はスーツのポケットから何かを取り出す。

「K県警の一色いっしょくだ。そちらの女性隊員にここまで案内してもらった」

 一色と名乗る警察官は、ダンキチやサトルにスーツから取り出した警察手帳を見せた。それに対して、ダンキチは頭にクエスチョンマークを浮かべる。

「警察が何の用だ?」

「その前に、この基地に所属している隊員は、これで全員か?」

「ハヤト隊員は、風邪をひいたらしく、欠勤している」

 ダンキチよりも先にサトルが答えると、警察官は腕を組む。


「なるほど。では、そのハヤト隊員に事情を聴くのは、後に回すとして、要件を話そう。昨晩、この地球防衛軍基地に所属するヒデキ隊員が、何者かに階段から突き落とされた。今、ヒデキ隊員は病院に入院しているはずだったのだが、一晩明けたら、なぜか彼は病室から姿を消していた」


 警察官の話にダンキチは「なんだと!」と目を見開く。

 そんな驚きの声の後で、警察官は真剣な顔つきを見せる。

「なぜ病院から姿を消したのか? 理由は分からないが、この事件のカギは、被害者が第一発見者に残したメッセージにある。セイジ。この名前に聞き覚えは?」


 セイジ。


 その名前が飛び出した瞬間、ダンキチとナオは表情を曇らせた。一方で無反応のサトルは顎を右手で触った。


「セイジ。男性の名前か、それとも……」


 なぜか反応を示さない隊員のことを無視して、警察官はジッと二人の顔を見つめる。

「その反応、聞き覚えのあるようだな?」

「ええ。東馬とうまセイジ。でも、どうしてそんなメッセージを残したんだ?」

「教えてくれないか? 東馬セイジとは誰なのか? 場合によっては殺人未遂事件の犯人として逮捕する必要がある!」


「無理ですよ。刑事さん。彼は一年前に亡くなったのですから。私たちの目の前でね」

 悲しそうな表情を見せるナオの右隣に立ったダンキチは、彼女に同情するように首を横に振った。

「ナオ隊員の言う通りだ。仮にセイジさんが生きていたとしても、仲間想いの彼が仲間を階段から突き落とすなんて、できるはずがない!」

「ああ、分かったから東馬セイジのことを教えろ」


 頭を掻く警察官を前にして、ダンキチは「ふぅ」と息を吐き、真剣な表情を見せた。

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