第3話 ふわふわ怪獣ヒツジン 後編

 雲一つない青空の下で、二体の巨大な影が互いを睨みつけた。白い綿毛で覆われた体毛で、黒く曲がった角を生やした巨大怪獣と相対するのは、全身を青白く光らせる漆黒の巨人。


「我が名はウォーターブルータイタン。大いなる力の使い手だ!」

 性別すら判別できない声で巨大怪獣に身分を明かした後、正義のヒーローは両手を握り、前へと突き出す。そして、両腕を光速で動かし、怪獣に連続パンチをお見舞いする。だが、怪獣はビクともしない。何度殴っても効果がない。

 無傷な怪獣の体毛は白色に発光した後、大空を一羽の鉄の鳥が飛ぶ。

「舐めやがって!」と叫びミサイルを撃ち込んだのは、ダンキチ隊長だった。戦闘機から放たれたソレは6つに分裂していき、怪獣の目の前で爆破する。

「どうだ!」

 旋回しながら白い煙に包まれた地上を空の上から見下ろす。だが、白煙は一瞬で消え、傷つかぬ怪獣は強く地面を踏みつけた。その瞬間、地上が揺れ、瓦礫の上を走る自動車が浮く。ドンとタイヤが地面に叩きつけられても、自動車は避難所に向け走り続ける。

「ダメだ。攻撃が全然効いてない」

 助手席から外の景色を覗き込みながらサトルが呟く。一方で自動車はタイヤをガタガタと揺らしながら、瓦礫の山を昇る。ハヤトは小刻みに震えるハンドルを強く握り、離さない。


「ナオ隊員。コズミック・ファイヤーだ。あの巨大ヒーローより地球防衛隊の兵器の方が強いってことを証明するんだ!」

 無線から聞こえてきた隊長の声にナオは頷き、前方のタッチモニターに右腕を伸ばす。

「了解」と短く答え、ダンキチの後方を飛んでいたナオの戦闘機の右翼はオレンジの炎に包まれる。それから、一瞬で怪獣に突撃していった。炎の右翼は怪獣の腹を引き裂いていく。同時に紫色の体液がが傷口から垂れた。


「……なるほど」と謎の巨大ヒーローが腕を組みながら呟く。その直後、巨大な羊は絶叫しながら飛び跳ねた。

 旋回する戦闘機の中が一瞬で暗くなり、目を見開きながらダンキチは上を見る。そこで大きな四本足が浮かんでいた。スピードを出そうとしても遅い。そのまま怪獣は地上に落ちようとする。もうダメだとダンキチは目を瞑った。だが、落下よりも先に、ウォーターブルータイタンが優しき手で戦闘機を包み込む。そうして、戦闘機を左手の上に置き、右手を怪獣の方へ伸ばす。青白い光が一瞬で集まっていく。

 至近距離で解き放たれた攻撃を受けた怪獣の体が白い光に包まれていき、それが消えた瞬間、そこには怪獣の姿はなかった。


 ダンキチの戦闘機を地面に置いた後、謎の巨大ヒーローは大空を飛び立つ。初めて間近で見た巨大ヒーローが彼方まで消えるまで、サトルはジッと上空を見上げていた。


 数時間後、基地に戻ってきたサトルをダンキチが見つけ、溜息を吐く。眉を潜めた隊長の顔が気になり、他の隊員たちがいないこの場所で、サトルは歩みを進める。

「ダンキチ隊長」

「……ああ、サトル隊員か。さっきの戦い、悔しかったよ。あの巨大ヒーローと協力して怪獣を倒した。そんなの、俺は望んでいないんだ。怪獣を倒すのは地球防衛隊の仕事。どこの馬の骨か分からない正義の味方に美味しいところを持っていかれて、俺は悔しいんだよ」

「そのことだが、第一容疑者のハヤト隊員はシロだった。ウォーターブルータイタンと怪獣が戦っていた時、俺の隣にはハヤト隊員がいた。つまり、ヤツのアリバイは完璧なんだ。だから、ハヤト隊員は正義の巨大ヒーローなんかじゃない」

「いや、まだ今日俺たちの前に現れたアイツが影武者だったって場合も考えられる」

 そうダンキチが結論付けると、サトルは首を横に振ってみせた。

「最初からハヤト隊員がウォーターブルータイタンだと決めつけると、見えるものも見えなくなる。だから、隊長、頼みがある」


 

 同じ頃、地球防衛隊の制服姿のヒデキ隊員は、神社の鳥居の前でキョロキョロを周囲を見渡していた。

「遅いっすね」と呟き、数十段の石の階段を見下ろす。そんな地球防衛隊隊員の姿を見て、近くで隠れていた黒い影は白い歯を見せ笑う。

 不審な影は、音を立てず、ヒデキ隊員の背後に立つ。その気配に気づくヒデキはすぐに背後を振り向く。

「なんだ。来てた……」

 言葉を遮り、ヒデキの体が一瞬浮いた。何をされたのか。ヒデキはすぐに理解できた。目の前にいる人物に体を押された。階段をゴロゴロと転がる体を止めることはできない。


「えっ?」と声を漏らした夏羽ユウコは、二つ折りの青色のガラケーを握り締め、目を大きく見開いた。目の前に広がるのは、誰かが階段から落ちてくる光景。道路に頭を打ち付けたその男性は、頭から血を流している。

「うっ……セイジ」

 目の前で倒れている地球防衛隊隊員は動かなくなった。それと同時に、ユウコの絶叫が周囲に響く。

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