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「その……ラクリマって?」


「キ、キリュー知らないの!?」


「ラクリマっちゅうのは、神様が作ったこの世界の最深部、終焉の地、そんでとても恐ろしいところなんよぉ」


 ティナを強く抱きしめ、無知なキリユウに説明する。アビスの中に入ってしまった今、上へ行く方法があるのかは不明だとフィアナやハクア、エイヒが口々に言った。


「こんな綺麗なところが恐ろしいところなの?」


「ここは始まりの地、まぁここにいれば一生安全にゃ。一生上には行けにゃいけど」


「上へ行く方法はないの?」


「方法にゃらあるにゃ。ここを攻略すればいいにゃん」


 キャロルは泉の底を指し、言った。方法とはこの泉の中にある洞窟を通り、その先へ行く事だろう。泉がどの位の大きさか、終着地はあるのか。不明な点ばかりである。


「できねぇんだよ。どの時代にもここに入った奴は何人もいたけど、戻ってきた奴はいねぇって」


「でもここでじっとしているよりはいくつかマシだと思うよ」


「キャロル、この下、洞窟で繋がってるんだよね」


「さっきヒカゲが覗いてきたにゃ」


 キャロルの言葉を聞き、泉へ入って行くキリユウ。そして、一気に吸えるだけの酸素を吸って水飛沫を上げながら鮮やかな光を放つ水へと潜り込む。

 湖の底は、宝石を散りばめたかの様に、光を集め放っている。奥は暗いが洞窟は確かにあった。水面上へ上がり、洞窟がある事を知らせるとフィアナが最初に泉へ入り、続いてヒカゲやハクアが泉の中へ入る。


「ハ、ハクアまで」


 ハクアが泉の中へ入ったことにエイヒは驚き、置いて行かれるのが嫌なのか、ハクアについて行く。


「ティナ、お前は上へ行ける。行きなさい」


「ミュー」


 ティナは護神であり、神の作ったこの領域を行き来することができる。そう思い、ティナのことを思ってハクアは行ったのだろう。


「ウチたちも直ぐに行きますぅ。だからティナは先に国へ帰っていてください」


 後退りながらも、翼を羽ばたかせ、上空の水面へと突き進む。離れるのが嫌なはずだが、ハクアはエイヒに手を差し伸べる。


「ウチがエイヒを守るんですぅ」


「お、俺様が守るんだぜ! ばか」


 そんな姿を見て微笑ましく笑うフィアナ。少しずつ絶望感や恐怖が薄れて行く。

 洞窟へはキリユウとフィアナが先頭を行き、続いてエイヒとハクア、後尾にヒカゲとキャロルで行くことになった。


「キリユウといったかにゃ、君丸腰だからこれ貸してあげるってヒカゲが言ってるにゃん」


 キャロルの言葉と同時に少し形が変わった短刀を差し出された。それを受け取り、ヒカゲに礼を言い、一気に酸素を吸い込み、フィアナとアイコンタクトを取り、潜り込む。


 洞窟を進んで行くと道が三つに分かれる。キリユウは、瞳を開き、粒子の流れを見る。この粒子は真ん中の道へと吸い込まれるように流れている。キリユウは真ん中の道を指差し、フィアナは素直に真ん中の道へと進む。しばらく行くと再び、広い空間へと到達する。

 刹那、フィアナの首に鱗の散りばめられた腕が巻き付けられる。


 ──なっ何だよ、あれっ


 キリユウが見たものとは、下半身が湖の底の宝石の様に光り輝く綺麗な鱗で覆われ、長い髪を揺らし、フィアの身動きを奪い取った者、人魚だ。


 ヒカゲから事前に渡された短刀を抜き、フィアナの元へ向かう。バタバタともがき暴れるフィアナを抑えるのに手一杯の人魚は、「ガァーっ」と威嚇して来る。幸いフィアナの手を離さなかった為、泳ぎの苦手なキリユウでもフィアナの身動きを抑える人魚の腕に思いっきり短刀で刺すことが出来た。「ギャァー」と傷口を抑えながら底へ沈む。

 フィアナは身が自由になったが暴れたせいで息が出来ず、苦しみもがいていた。


 唇に何か柔らかいものが当たる。停止しかけていたフィアナの体内に酸素が再び入り巡る。キリユウがフィアナに酸素を与えてくれたのだ。

 泳いでいるうちに光が差し込み、水面上へと上がる。


「うみゃーっ」


「ぷっは、うぅっ」


 酸素がある空間へと出たのだ。続いてエイヒ、ハクアも直ぐ後ろについていたからか、息を切らしながらも、水面上へと上がれた。しかし、ヒカゲたちが上がってくる気配が一向にない。


 ──俺は、まだ、死ねない


 そんな声が聞こえ、不審に思ったキリユウが再び潜り、洞窟へと進む。

 そこには先程の人魚が仲間を呼んだのか、数十取り囲んでいた。ヒカゲは、素手で人魚の体に傷を入れていた。しかし、人魚の方が水中では上手うわてである。


 瞳を開く。その気はヒカゲを取り巻く人魚の粒子が流れる。複数の未来の伏線。それを辿り、的確に人魚に傷を入れる。数人倒し、ヒカゲの腕を掴み、水上に上がる。


「キリュー! ヒカゲくん!」


 なんとか陸へ上がることができ、ほっとするのもつかの間。陸上は先ほどとは違い、とても薄暗く、白骨が散らばる。それは人型もあるが、そうでないものもある。ここからが始まりの地であり、終焉しゅうえんの地である。

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