催眠アプリ2050

@HasumiChouji

催眠アプリ2050

 Augmented Brain Computer Device(脳を拡張するコンピュータ機器)……略してABCD……。どう考えても、略称の方を先に決めたとしか思えない「脳内埋め込み式」の小型コンピュータは……俺が中学の頃に発売され、そして、高校2年になる頃には、俺んみたいな「子供を大学に行かせる余裕が無い」程度の収入しか無い家庭でも、家族全員が使うようになっていた。

 20世紀生まれの年寄どもの言葉を借りれば「スマホが登場した時を思わせる」スピードで普及し、生活必需品となった訳だ。

 俺が通っている工業高校のIT科も、早速、ABCD用のアプリ開発が必須科目になった。

 その授業の課題をやっている時、俺は、偶然にもABCDのOSの仮想現実機能にセキュリティ・ホールを見付けた。そして……。


 俺は、そのセキュリティ・ホールを利用した「催眠アプリ」を作り「裏」のアプリストアにUPした。

 ほんの数ヶ月で、夢にまで見た大学の学費……それも博士課程までの……を遥かに上回る金を稼ぐ事に成功した……。しかし……大学への入学試験に受かり、大学生活が始まる、ほんの少し前に……自分が、ある見落しをしている事に気付いた。

 俺の「催眠アプリ」の欠陥なんかじゃない。

 むしろ、俺は自分が作った「催眠アプリ」の極めて有用な使い方を見落していたのだ。

「ご……ごしゅじん……さまぁ……」

 俺が大学に通う為に買った(借りたではない、念の為)マンションの部屋……。そして、部屋の中には、俺の性奴隷となった女の子が居る。

 俺が中学の時に好きだった女の子……。その子を俺は、自分で作った「催眠アプリ」を使って手に入れたのだ……。

 だが……何だろう……この虚しい気持ちは……。

 「催眠アプリ」を使って……好きな子を手に入れたとしても……それは、本当に手に入れた事になるのか?

 媚びるような表情で俺を凝視みつめている初恋の相手を見ながら……俺は、自分に問い掛け続けた。


「ウチの息子の事を覚えてますか?」

「ええ……とっても……頭が良かった事は……」

 あの事件の後、姿を消した、彼の母親を見付けるのに何年もの年月を要した。

「息子は……頭が良すぎたんですよ。……ウチの収入では息子を大学に行かせられず……大学に行けなければ、余程の事が無い限り、私が年老いて働けなくなった頃になっても、私を養うだけの収入は得られないだろう、って事に……小学校の頃には気付いてしまっていたぐらいに……」

「では……彼の目的は……」

「それが全てだったかは……私にも判りませんが……あの『催眠アプリ』で金を稼いだ目的の1つだったとは思います……」

 私は……中学の頃の同級生……そして私の初恋の相手の母親への取材を終えた。

 学年トップの成績だった彼は、進学校ではなく、工業高校へ行き……そして、私が彼の名を再び目にしたのは、私が大学のジャーナリズム学科に入った直後だった。

 「催眠アプリ」と呼ばれるABCDのOSのセキュリティ・ホールを利用した危険な「裏」アプリの開発者が彼だったのだ。

 彼が、その「裏」アプリの開発者だと警察が知った理由は……早い話が「不審な金の流れ」だ。

 そして、彼は……逮捕される直前に、自分の開発した「裏」アプリを使って逃亡した……。

 警察は……彼の物理的な体こそ確保していたが、精神は彼の思い通りになる仮想現実……いや幻覚に「逃げ込んだ」まま、未だに「現実」に連れ戻す事は出来ていない。

 今の所、公訴時効までに、彼の精神を裁判が可能な状態にまで治療する事は絶望的と見られている。

 そう……もちろん……彼の「催眠アプリ」を使った「客」達も、自分の脳をクラッキングされ「自分が『催眠アプリ』を使って誰かを自分の思うままに支配している」と云う幻覚を見せられているに過ぎない。しかも、脳をクラッキングされたせいで、「催眠アプリ」の使用者は、全財産を開発者に送金してしまった。

 言うまでもなく、脳埋め込み式のデバイスであるABCDのセキュリティ・ホールを利用して「催眠」をかけるのであれば……他人に「催眠」をかけるよりも、使用者自身に「催眠」をかける方が遥かに容易なのだ。

 あくまで、私の個人的な見解だが、今の時代、そんな簡単な事に気付かず、「裏」のアプリストアで「他人を好きに支配出来る」と云う触れ込みの「アプリ」を買って、自業自得としか言えない末路を迎えた連中に……同情の余地は無い。

 もっとも、そんな馬鹿どもの脳をクラッキングして、奴らから全財産を巻き上げたのが、私の初恋の相手だった、と云う事が、私の「個人的な見解」に何らかのバイアスを生じさせている可能性までは否定出来ないが。

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