Section8『タイムリミット』~時系列『現在』~

「司令! エルシュ島から救難信号が!」


 ドールズ担当のベイルが血の気の失せた顔で、礼もなしに司令室へ入ってくる。


 自分の落ち着けるために紅茶を飲んでいたクラーク司令は乱暴にティーカップを受皿ソーサーに戻すと、立ち上がる。


「発信源はどこ? 詳細にお願いね」


「エルシュ島の最深部……研究所です」


「わかったわ、今すぐ垂直離着陸機パフィンを出してちょうだい。ステルス塗装の施されてあるやつをね。私も行くわ」


 クラーク司令は引き出しからシグ・ザウエル社のP320拳銃の収まったホルスターを取り出すとベイルを見やり、


「ベイル、基地をお願い」と呟いた。



――999――



 ジェーン・ナカトミとレイ・スピードは研究所まで辿り着いていた。途中、何度か人間兵器ヒューマノイドと遭遇しそうになったが陰を味方につけ、今や最深部と思われる区画まで来ている。


 それにしてもとジェーンは思う。レイの隠密行動スキルは素人のそれとは思えない動きで驚愕するばかりだ。

 この研究所に来るまでもそうだ。弱音は吐けどレイの身のこなしはプロのそれで、かなり熟練された動きだった。

 やはり腐ってもデザイナー・ベイビーの出自を持つと言ったところか。あとはやる気さえあれば一人前のドールとしてこれからも生き残っていくことだろう。


「ジェーンさん、あそこ!」とレイが通路の奥を指差す。


 人が倒れていた。その人影に、ジェーンはよく見覚えがある。


「マークス!」


 倒れていたのはあのハーヴ・O・マークス。ケネディ殺しの末裔ながら同じドールとしてこの孤島に来た仲間だ。


 ジェーンとレイはすぐに駆け寄り、ハーヴの身を起こす。彼のSDIの生命反応バイタルは黄色を示している。安全な状態ではない、と言ったところだ。しかし体に目立った外傷はどこにもない。一体何故だ? しかし考えられる要因がないわけではない。


「何があった?」ジェーンが訊く。


「バーンズだよ。あいつ、精神攻撃も得意だ……。俺はしてやられた。まさか武器も使わずにこれとはな……」


 ハーヴが苦々しげに笑う。


「最初は平気だったんだ。だがあいつの言葉には魔力がある。聞いてて気が狂いそうなほど……。それが体中に広がっていって、な? このザマだ」


「わかった、大人しくしておけ」ジェーンはそう言い、


「レイ、お前はここでハーヴを見ていろ」


「いや、その必要はねぇ」ハーヴはすくっと立ち上がる。その背中に付いたSDIは黄緑色をしている。


「大丈夫さ、大したことはねぇ」とハーヴは振り返り、ニヤリと笑いかけた。


 まさかなんの精神手当てを受けずにここまで回復するとは、恐ろしい精神力だ。


「そのようだな……。バーンズの行った先はどこだ?」


 彼の精神力に感服しつつ、ジェーンは聞いた。


 ハーヴは北の方を指差す。


「あっちだ。ジョン少尉とクラーク上等兵も運ばれて行ってた。何が目的だろうな?」


「わからんが、あまり好き勝手にはさておきたくないな」


 ジェーンは笑いかけつつそう言い放つ。


「俺も同感ですよ」


 二人のやり取りを聞いていたレイも同調した。


 三人はそれぞれの武器……ハーヴはK・キラーをレイはAK突撃銃のカスタムモデルを、そしてジェーンは専用武器の殴るごとに弾を射出する特殊拳銃「Nナックル・ブラスター」を構えた。


「前進する!」

 ジェーンが号令を出し、進んでいく。


 バーンズの元へ。


――885――

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