Section7『ミッシング』~時系列『現在』~

 黴臭いダクトを潜っていたハーヴ・マークスは研究所深部に潜入すると、適当な排気口から地面に降り立った。

 埃をぱんぱんと払いつつ辺りを見渡す。まず見えたのは機能しているかわからない水道の蛇口とコンロ、その上には大きな鍋がある。


 調理室か……ハーヴはそう思い、右手に付けられたデバイスから立体映像ホログラム情報を表示した。


 ホーム画面には自分の生体情報バイタルが表示される。健康の状態。まったく自分の悪運はすごいな。ここまで無傷でたどり着くなんて。


 ハーヴは次にマップ情報を見る。自分が今まで通ってきたエリアの周辺情報を記録し、地図マップを構成していくというすぐれものの機能だ。


 マップは約二秒で構成された。自分が今いるエリアとその先のエリアが表示される。


 複雑なエリアではないが……とハーヴはため息をついた。


 ここから先は隠密行動か、ガラじゃねぇや。そう思い、自分の専用拳銃ケネディ・キラーに持ち出した消音器サプレッサーを取り付ける。


 サプレッサーが完全に噛んだことを確認すると地面にチョロチョロいるネズミに試しに一射。乾いた独特の銃声が、サプレッサーの銃口から響き、鼠は「キュー!」と鳴き地面に転がる。


「ごめんな」ハーヴは転がっている死骸にそうささやくと、移動を開始する。


 調理室キッチンを抜け、拳銃を構えつつ素早く安全確認クリアリングをする。


 右よし、左……よし!


 ハーヴは通路の交差点に差し掛かる度に、横断歩道を渡る小学生のように安全を確認する。


 そうして通路を抜き足差し足で歩いていた、その時、



「これこれ、暴れるでない。ミス・クラーク」とねっとりとこびり付くような男性の声が聞こえ、ハーヴは咄嗟に食器の乗った台車の影に隠れた。



 物陰から声の方を窺う。ヴィクター・バーンズが、ジョン・ヒビキ隊長とミラ・クラークをいとも容易くその広い両肩に抱え歩いていた。


 隊長とクソ漏らしくんの女が捕まった!? とハーヴは声の方を睨む。


 バーンズはハーヴの数メートル先を歩いていた。 こちらには来ない様子だったが、ハーヴとしては隊長とミラが気がかりだ。


 バーンズは急に立ち止まる。抱えてるミラが何事かと暴れるのをやめバーンズの顔を覗き見た。


 そして大男はハーヴの視線に気づいたようにバッと振り向いた。ハーヴは急いで物陰に戻る。


「ふん、何事かと思えばギャラリーがいたとはな?」


 バーンズははっきりとハーヴに聞こえるように声を張り上げる。


 見つかった……! ハーヴは内心、舌打ちしたい思いでK・キラーを目の高さまで持っていく。


「だが、君の落ち度ではない。私の目からは逃れることはできないからな」


 あいつ、全方位に目があるのかよ? と思う。実際ハーヴはバーンズどころか敵兵に見つからないように移動する術は心得ていた。ただ、ガラじゃないだけだ。


「「潜入任務はガラじゃないだけ」、かね?」


 そんなハーヴの内心を見透かすようにバーンズは嘲笑し、「しかし、違うぞ」と叫ぶ。


「いかなる事でもそうした甘えは命取りになる。コソコソせずに自分の意志を表明してはどうだ?」


 だまれ……。


「私は大革命の時に高々と自分の名前と顔を世界中に表した……君にはそれができないのかね?」


 黙れ……!


「私を倒すはずの君が」


「黙れと言ってるんだ!」


 ハーヴは物陰から出てバーンズを睨んだ。いくら敵に乗せられているからと言っても、許せないこととそうでないことがある。


「ハーヴ、よせっ」と担がれたジョンが叫ぶ。


「ほう? 姿を見せたな?」とバーンズは言う。


 ハーヴは拳銃を構えつつ、


「貴様の言う通りだ。堂々と決着をつけようぜ? ミスター・バーンズ」


「乗るな! ハーヴ!」と言うジョン。


「すまねぇな隊長! 俺は大口叩くいけすかねぇ野郎は大っ嫌いなんだよな!」


 自分でも驚くほど殺気立っていた。


 引き金に指を掛ける。担いでいるジョンとミラに当たらないように狙いを定める。



 そして――。



「けっこう! 大いに結構!」


 バーンズは静かな殺気を見せる今までとは打って変わり、フランクな口調でささやいた。

 そして、ハーヴの前をゆっくり通り過ぎる。


 ハーヴは呆然とした。なんだこれ?


 目を瞬いたあと、正気に戻りK・キラーをバーンズの無防備な背中に構える。


「その若さ、大切にしろよ」背中を向けたバーンズは軽く手を上げ、ぽかんと口を開けるハーヴに投げかけた。


 二人の兵士を軽々と担いだ背中が遠ざかっていく。


 目標ターゲットが何処かに消えていく。


 なんだあれ? とハーヴは疑問を口に出した。少なくとも自分は先刻までバーンズを殺す気でいた。しかし、あの大人の物腰を見た途端、その凝固した意識は発散していった。


 それなのに、ちくしょうなんだろう、すごくむしゃくしゃする。




 ハーヴはK・キラーを片手に呆然と佇んでいた。


 彼はそれが「精神的敗北」と呼ばれることを知らなかった。

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