Section3『オズワルド・コンプレックス』~時系列『現在』『過去』~

 ハーヴ・マークスは専用武器である「Kケネディ・キラー」を構え、排気口ダクトの内部を匍匐ほふくしていた。

 正面玄関から研究所へ潜入することもできたのだが、さすがにそんな勇気は自分にはない。そんな真似をできるのはよほどの大馬鹿者か、挑戦者チャレンジャーだ。


 そういうわけで今はカビ臭いダクトをチマチマ前進する。


 あぁ本当にくせぇ、まぁクソのにおいよりかはマシかと思いつつハーヴは何気なしに先刻別れたカイル・カーティスのことが気になる。

 自分が『クソ漏らし野郎』のあだ名をつけた彼のことを。最初はいけ好かないやつだと軽蔑していたが、なんだかんだでけっきょく気になっている。自分のツンデレっぷりにむしゃくしゃした。


 しかしむしゃくしゃしつつも任務を遂行しなければならない。彼の家系の呪いを解くためにも。そしてなにより、母のためにも。


 ハーヴ・O(オズワルド)・マークスはあのジョン・F・ケネディ大統領を暗殺したハーヴェイ・オズワルドの間接的子孫にあたる。間接的、というのは彼がデザイナー・チャイルドのドールだから、「間接的子孫」という呼称が最適かと思う。

 それによって幼少期には様々ないじめを受けた。住んでいる街の子供から「ケネディ・キラー」とバカにされ、背後から石を投げられたり、教室で座る椅子に釘を置かれたり、ひどい場合は弁当箱ランチボックスの中に昆虫や汚水を入れられたりもした。


 母親が早起きして作ってくれた弁当がゲテモノに汚染される痛みは、当時の自分としては相当痛いものだった。子供の弁当は母親の愛情の権化だ。なのにそれをよくもまぁ台無しにできることか。


 しかしハーヴはやり返さなかった。代わりにくすくす嗤ういじめっ子の視線を尻目に汚されたサンドイッチにかぶりついた。

 あぁムカデって意外にも喰えるのだな、と思いながらいじめっ子連中を見やる。いじめっ子は誰もが顔を蒼白し口をパクパクと動かしていた。上等だ、悪くない。


 その日以来、弁当に虫を入れる者はいなくなった。


 しかし、いじめは耐えない。相も変わらず背後から物は投げられるし、机に落書きもされる。

 さんざん我慢してきたハーヴはついに限界を迎え、ある日死んだ猫を投げてきたいじめっ子のリーダー格の指の骨を折った。


 痛みにもだえ苦しむいじめっ子を見て「ざまをみろ」と吐き捨てる反面、心の中に罪悪感が生まれていた。した行為に対してではない。母親についての申し訳ない気持ちである。

 自分の起こしたことは立派な傷害事件である。少年院行きはまぬがれない。家系の罪を上書きされた母はどんな心境だろうか。


 漠然とした後悔にハーヴはその場から逃げ出した。



 数日後、街なかで腐っていたところを警察に補導されたハーヴは母親を呼び出され、家に連れ戻された。



 古臭いアパートの黴臭い部屋で、母と対になる形で座る。母は険しい顔で無言のままハーヴを見ていた。しかしハーヴはその顔を直視できない。


 沈黙が流れる。実際は数十秒間だっただろうが、ハーヴは数時間の重みのように感じた。

 やがていたたまれなくなったハーヴはついに口を開いた。


「あ、あの……母さん、ぼく――」


「ハーヴ」


 しかし母に遮られる。ハーヴは口を噤み、先の言葉を覚悟した。どうせ今回の件の叱咤をされるに違いない、と。


「よく、やったわ」


 言葉を聞いた途端ハーヴは耳を疑った。顔を上げ母を真正面に見る。母は微笑みを浮かべていた。


 え? と思わず疑問を口に出す。


「よくやった、と言ったのよ。聞こえなかった?」母はテーブルの上においてある煙草の箱を手に取り、一本取り出し火を点けた。


「ぼくは悪いことをしたんだよ?」


「えぇ、たしかに……したことについてはまったく怒ってないけど、その場から逃げたことがね」


 母は煙をゆっくりと吐き出した後、続ける。


「自分の罪から逃げる、だなんて、まるで尻尾を巻いて逃げる犬じゃない。ハーヴ、もう一度言うわよ? 私はしたことには怒っていない。さんざん虐げられたいじめっ子に一泡吹かせるなんてやるじゃない、とすら思ってるわ。でも『思わずした』罪なことから背を向けることは赦されないわ」


「どんな事をしでかしても、堂々としてなさい」


「言いたいことはそれだけよ。ハイ解散」


 母が煙草を消し、席を立とうとする。

 模糊もことした意識が戻されハーヴは抗議の声を上げる。


「で、でもぼくはオズワルド家にまたクソを塗った!」


「『泥を塗った』ね。で? それがなんだっての? 血筋を継いでるだけでけっきょくお前はお前。ハーヴェイ・オズワルドはハーヴェイ・オズワルド、でしょう?」


 極端までの大雑把思考。しかし母の顔は晴れやかだった。

 それにつられてか、ハーヴもすっと心が軽くなるのを感じる。


 しかし、ひとつ不安がある。


「ぼく、少年院に入れられないかな?」


「そんなもん、賄賂ワイロでなんとかなるわよ。警察サツも弁護士も試験を受かっただけのチョロい無能機関でしょう」


「お金どこから……」


「私、こう見えて結構稼いでるのよ?」


 母は親指を立てつつ太鼓判を押した。



 ハーヴはその時、あぁこの母から生まれてきてよかった。たとえデザイナー・チャイルドでもと思ったものだった。


 それでも申し訳無さは残るので、彼は戦闘諜報軍の特殊部隊『ドールズ』に入って母に恩返しをしようと心に誓う。


 自分は戦闘特化に調整されたデザイナー・チャイルドだ。振り返れば学業成績はすこぶる悪かったが、喧嘩だけは天才的に強かった。


 自分はドールズに入る。そして有名ビッグになって、オズワルド家に着せられた余計な汚名を返上し、母に仕送りをし、すこしでも楽をさせよう。


 そう決めた。


 その後、長い月日を経てドールズの試験を無事合格する。しかし幼少の頃、さんざんいじめられた事が原因かは知らないが対人関係は上手くいかないものだ。

 さっそく不仲な武器開発班から「Kケネディ・キラー」というコードネームの付いた専用武器を渡された。


 そんなこんなで、今は黴臭いダクトを潜っている。

 自分の家系にかけられた呪いを解くために、家族のために。



 ぜったいに「生き残る」と心に誓いながら。

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