第8話 仲良く喧嘩しな
アランは柱から体を離し、姿勢を正して歩み寄ってきた。
「どんな歴戦の冒険者でも、死ぬ時は死にます。ここは、そういう場所なんですよ。忘れたんですか?」
「……だが、こんな低階層であの人が死ぬなんて、何かおかしいと思わないか」
「今は理由を探るより、あの遺体をどう使うかを考えませんか? 俺は資格がないから今は無理ですが、蘇生術で蘇らせていいし、あのまま置いておいてもいいんですよ。幸い、死体は1ヶ月の間ならタダで安置しておいてくれますし」
「……遺体は復活させる。私たちの家に、あの人は必要だ」
「はい。でも今は出来ませんから、後日また伺いましょう。俺もここを出たら、資格を取りに行く予定です。その後でまた、二階層に降りてあの遺体を生き返らせますね」
「じゃあ、それでいいだろう。あと、質問をいいか? 院長先生は……ベルベネット・メムは、本当にアランの母親なのか?」
「そうですよ。彼女はサラマンダーでしょう? 俺は正真正銘、彼女の息子だ……まぁ、今まで会ったことはなかったんですけどね」
「なら、どうして分かったんだ?」
「叔母からよく話を聞いていたので。俺とそっくりなんですってね。それに、鎖骨のあたりに刺青があった……あれは、俺の故郷に古くからある風習です。成人を迎えると、あのあたりに部族の紋様を刻む……古臭い習慣ですがね、判別をするのには役に立つ」
「じゃあ、どうして一緒に暮らしていなかったんだ? 我々は、先生が独身だと聞いているが」
「さぁね。どうして一緒に住めなかったのかなんて、昔からずっと考えていた……なんでベルベネットが、あの人が俺を遠くの村に置き去りにしたのかなんて、俺が聞きたいくらいです」
アランは口調を荒げず、ただ淡々としていた。
ローゼリカは、わかりやすく動揺している。ヤルキン自身もひどく焦っていた。院長先生が? 子供を拾って育てていたような人が、実の子を捨てるわけがない。
騙そうとしているのか、それとも動揺を誘っているのか、本当にそうなのか……
全く見当がつかない。
ここで嘘をついても向こうに利点はないのだ。
本当に親子なのか確証がないが、そうでないと言い切るのは難しい。
「……先生が、子供を置き去りにするわけがない……あの人が、先生が……」
「えぇ、言いたいことはわかります。信じたくはありませんよね。けれど、これは事実です。人が変わったのでしょうかね。実の子を置いて迷宮に籠るような人間が、孤児院を経営するなんて、ねぇ」
「……わかった。あんたが先生の息子だということは、ひとまず信じよう。もう一つ聞きたいが、父親はわかっているのか?」
「全くわかりません。俺は混ざり物なので、きっと同族以外の、行きずりの相手でしょう。同じ探索者かもしれません。村にいた時から、あの人はあばずれだったそうですから、探ってもわからないでしょうね」
「……もう、結構だ」
「もうよろしいですか?じゃあ今から竜の巣に向かいましょう。感動の再会はおいておいて、ひとまずは金を稼がないと」
服のシワを伸ばし、アランは北へ向かって進み出す。
「……あいつがまた先生のこと"あばずれ"って言ったら、私はこいつで殺す」
ローゼリカが本気の目をしていたので、ヤルキンは思わず胸を押さえた。
「嫌なものを踏んだと思って、耐えろよ。それに、アランは殺されたら喜ぶぞ、逆に」
「先生に息子がいるわけないだろ、ちゃんと考えろ。あいつは出任せ言ってるだけだ」
「でも、今ここで嘘をついたところでアランに何があるんだよ。俺たちに嘘ついて、詐欺れるものも何もないだろ。ロゼ、ちゃんと頭冷やせ。ここでトチったら、終わりだ。わかるだろう?」
「でも、あいつ、先生のことをあばずれって言った……ひどいやつだ! 私たちへの侮辱だ!」
「本当に、家族に置き去りにされて、しかもそいつが自分以外の子供を可愛がっていた、なんてわかったら、誰だって嫌な気持ちになるはずだ。それに、今先生の蘇生代が俺たちに払えるか? 払えないだろ。今はそんなにかっかせずに、様子を伺おう。先生が生き返ったら、全部わかることだし、な?」
「……すまない、少し取り乱した。ひとまずは仕事をやる」
ローゼリカは、勢いを取り戻したようで、アランの方へ近づいた。
「先ほどは取り乱してしまってすまなかった。今日の遺体は、大物を狙いたいから、アランの協力が必要だ。頼んだぞ」
「いえ、俺こそ怒りに任せてひどいことを言ってしまいましたね。心より謝罪します。腹でも切りましょうか……東大陸で、刀使いはそうやってけじめをつけるそうですよ」
「ここで大道芸人のようなことをしたら、追い出す」
「えっへへ、すみませんね、癖で」
「癖で死ぬような奴があるか」
ヤルキンはそっと胸を撫で下ろす。
ひとまず、一触即発の事態は回避した。
本当に協調性のない二人だ。
感情的で、勢いだけの二人。
典型的な若い探索者には、こういうタイプが少なくはない。
(俺がどうにか間を取り持たないと、崩壊するな)
目先のことに意識を逸らし、騙し騙しでやっていくしかない。どこもそうだ。ここが特段荒れているわけではない。
悪い二人ではないのだ。
それをヤルキンはよくわかっている。
(それにしても、ローゼリカはまだまだ子供だし、アランは底が見えない。俺って、もしかして変人二人にぶち当たった……? 貧乏くじってやつか?)
二人とも技術がある分、余計に残念だ。もっと人数を増やせば、討伐隊として、迷宮探索の最前線に潜ることも難しくないかもしれない。
まぁでも、それは夢のまた夢の話だ。
「アラン! 後衛はもっと後ろについていてくれ!」
そう叫ぶと、二人は後ろを振り返った。
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