第11話 勉強会からの帰り

 とうとう帰る予定の日を迎え今は車の中だ。

「あの時、どうして私の好物が分かったの?」

 高子は小さな声で言った。

「へ? あの時って?」

「私が転校初日に校舎裏へ引っ張っていった時」

 高子は言いにくそうにして言っていた。

 何か恥ずかしいことでもあったのだろうか。あんぱんか?

 あれ以来、今でもあんぱん作戦は続けていて、その度に緊急脱出に成功しているが、どうしてうまくいっているのか、その原因までは分かっていなかった。分かっているのは高子はおいしそうにあんぱんを食べるという事だけだ。

 しかし、あんぱんが好物だったとは。という事は元からあんぱんの事は知っていたのか。さすがあんぱんだ。

 だが息ができなくなるほどの強さで襟を引っ張られて、校舎裏へ連れて行かれたあの日、いや、今この瞬間まで高子の好物があんぱんだった事は認識していなかった。そんな個人的な情報を予め用意しておく時間も何もなかった。

 いつものようにハツラツとした様子でない高子を見ていると、僕にあんぱんをもらった事は彼女にとって1つの特別なイベントとして認識されていたのかもしれないと思えた。

 今でも僕の能力は買いかぶり過ぎだと思っているが、僕には対面した事のない人間の好物を予め準備して持ち歩き、問題が起きた時に渡してその場を去れるほどの能力はない。いくら発明が得意と言えどもそれができたら超能力だ。

 もじもじとして頬を赤らめ、上目遣いで僕を見る高子の様子は最近になってようやくコミュニケーションの量が人並みに増えてきた今の僕でなくても分かる。何か大切な事があるのだ。一目瞭然だ。

 ただ嘘をついていいものか。

 頭の中が思考で埋め尽くされていると、

「もしかして、忘れちゃった? それならそれでいいんだけど」

 そっぽ向きながら高子は言った。

 だまりすぎたか、やってしまったか。

「いや、覚えてる。覚えてるよ。あんぱんのいやそれはいつもか。でも、初めてあんぱんを渡した日だろ?」

「そう。あれから事あるごとに私にあんぱんを渡してきて」

「実はあの後見てたんだ帰ったふりして」

 高子がポッと赤くなった。

「そ、そーなんだー」

 ボソボソと言う高子。らしくもなく指を突き合わせている。

「見てたの?」

「うん」

 バシッと肩を叩かれた。

「おいしそうに食べてたから。つい」

 再び、今度は容赦なく握り拳で一発二発と肩にぶつけられた。

「言ってくれればよかったのに」

「いや、言うタイミングがなくて」

「理比斗はそういうとこあるよね」

「そうかな?」

「そうよ」

 高子は笑みを浮かべた。

 ホッと肩をなでおろす。事の真相に触れられずに済んだみたいだ。まあ今回はスルーできても次はどうか分からないが。

「で」

「うん?」

「知ってたの?」

「知らなかった」

 即答した。

「やっぱりね」

 バレていたのか。今までの雰囲気は嘘をつかせるための演出? いや、まさかな。

 それでも、演技だったのだろうか。頬を赤く染めた乙女のような高子は消え去り、いつものふてぶてしい表情の高子に戻っていた。

「知ってたって言ったらぶん殴ってたわ」

 さっきので全力でなくてもきっと耐えられただろう。いや、襟をつかまれただけで動けなかった握力だ。もしかしたら骨折していたかもしれない。

「冗談よ。じょ・う・だ・ん。とにかくそんな事にはならなかったんだし、一切の関係を断つつもりだったなんて事を伝えても仕方がないでしょう? 自分のプライベートな事は知られたくないし、知られていたら嫌じゃない? でも、今のは私が教えたから。それならいいわ。構わないわ」

「よかった」

 のだろうか。僕のプライベートは調べていたのではなかったか。まあいいさ、それが高子だ。今回、彼女は自分で教えてくれたのだ自分の好きなものを。

「あと、勝手にプライベートを探ってくるような奴を部下にはしたくないし」

 それはさすがにあんたが言うか。

「まあ、理比斗はそんな事を調べるようなものを作った形跡はなかったしそんな事する人じゃないって分かってるしね。それに理比斗は嘘つけないし」

「え?」

「いえ、別に、何でもないわ。独り言よ。気にしないで」

「そうか」

「うん。だから、色々とありがと、これからもよろしくね」

 僕も色々と助けられ感謝している。

「ああ、僕もこれからも一緒にいたいよ」

「え、私と?」

「うん」

「ほ、本当に?」

「ああ」

 夕日が心地いい。疲れからかまぶたが自然と降りてくる。僕は抵抗せずに目を閉じた。

「ねえ? 本当? 私自分で言うのも何だけどピュアなのよ? 私に後悔しないでよ? 信じちゃうわよ? ドキドキしてる。鳴ってる心臓。暑いわね。ねえ何か言ってよ。ねえ、ねえ。寝てるの? ふふ、いい覚悟じゃないの。私を前に油断したわね!」

 隣がうるさい。が少しすると静かになった。僕はそのまま眠りについた。


「ついたわよ」

「うん。あとちょっと」

 体をゆすられる。まだ眠い。もう少し寝かせてくれ。

「もう夜よ。家で寝なさい」

「え、嘘? え!?」

「え、じゃないわよ。ついたわよ」

 とっさに頭が働かず、必死になって周りの状況を見る。

 街頭の明かりと暗い外。

 田舎のようなのどかな雰囲気の自然はなくなり、ガチガチとしたコンクリートの森だった。

「え、もうついたの?」

「そうよ、帰りなさい。体調崩すわよ」

 改めて車内を見ると皆の姿はなかった。

「そう、だな。送ってくれてありがとう」

「べ、別にいいのよ」

 腕を組んでそっぽを向いている高子に僕は近寄った。

「いや、ありがたいよ」

「そう? まあ、言われて悪い気はしないわ」

「よかった。それじゃ、またな」

「ええ、また」

 僕は数日ぶりに家に帰ってきた。


「そういう事だったのね」

 母が僕の顔を見るなり言った。

「え? 何が?」

「その格好よ」

 フフフと言って母は台所へ戻っていった。

「はっ!」

 そうだった。女のままだった。

「思ってたよりキレイなんじゃない? 女装とは思えないわよ」

「え!?」

 僕は急いで洗面所へと向かった。しかし、とき既に遅し。服は女物だが特別変わった事はなかったはずだった。

 しかし、鏡に写った僕は別人のように見えた。

「これが、僕?」

 何故か化粧までしていた。

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