第3章

第9話 会談

 ロンドン市内のどこか。一切の光を拒絶したかのような空間。

 暗さから言えば、地下なのかもしれない。

 そんな人の目では捉えなれないような暗闇の中、呻き声が木霊していた。

「腕が……俺の腕……」

 その声はまだ若い男の声。ルーヴィックとリチャード・カーター教授宅で戦闘を行った若き悪魔・レオゼルであった。彼を抑えつけるような形にいるのは、もちろんカーター教授宅に現れた悪魔・メーメンである。

「あまり暴れるな。余計痛むぞ」

「腕の感覚が無い。どうなってるんだ?」

 抑えるメーメンの腕の中で、レオゼルの左腕は石化し始めている。浸食は広がっていき、肩口にまで達していた。これは今までの戦いではありえなかった光景だ。人間界での虚像としての体ではなく、悪魔としての実体を傷つけられている証拠なのだ。

「腕が死に始めているんだ」

「どういうことだ? あの野郎、何しやがった!」

 その質問には答えず、メーメンは対処の仕様がないと悟り、一言。「仕方がないな」と言うと同時に、レオゼルの腕を肩口から切り落とした。レオゼルの口からは耳を裂くような、人間には黒板を引っ掻いたような悲鳴が殷々と木霊する。落ちた腕は、地面に激突した衝撃で砕け散った。

 悲鳴はすぐに収まり呼吸も緩やかになっていく。切られた場所は修復されていくからだ。人間界での体が修復したのだ。だが、腕は戻らなかった。

 無くなった腕を見ながらレオゼルは起き上がる。

「あの野郎、俺達を殺す気だ。人間ごときが、俺達悪魔を殺す気なんだ!」

「落ち着け」

「落ち着け? 落ち着けだって? 俺は十分にクールだぜ。だって、今までは送り返されるだけで済んだのが、今となっては人間にぶち殺されるかもしれない、たったそれだけのことなんだから。まったく洒落がきいてるぜ! 俺に今、左手があったら拍手したいところだね」

「奴への対処は考える。いいから黙っていろ」

 数段、声を低めたメーメンの声は、今まで以上に良く通り圧倒する力があった。思わずレオゼルも口を閉じ、シュンとなる。それからしばらくは黙っていたが、落ち着きのないレオゼルはオズオズとメーメンに話しかけた。

「なぁ……生意気言って、悪かったよ。別にあんたを信じてないわけじゃない。さっきだって、あんたが来てくれてなきゃ、俺はあのエクソシストにやられてたし……さっきはありがとう」

「お前が本性を現しても、奴に捕まって、計画をばらしても、どちらにしても面倒だっただけだ」

「そうかもしれないけど、助けてもらった……今回の計画は、嫌な予感がする。計画自体が無理のあったことなのかもしれねぇけど」

 急に弱気な発言をし始めたレオゼルにメーメンは睨むような視線を送るが、レオゼルは最後まで聞いてくれとばかりに話し続ける。

「あの天使が死んだとこから、計画が狂いっぱなしだ。あんたもそう思ってるだろ? 天使を殺したのは間違いだった。それにこの計画を持ち出したのは」

「あの天使を生かしてたら、もっとやばいことになってた。エクソシストが来たのは予定外だったがな。だが、我らの目的さえ成就すれば、そんなことは何も関係が無いことだ」

「その目的への道が狂い始めているとしたら? 俺達はこのまま行けるのか?」

「我々はこのまま行くしかないんだ。後に引き返すことはできない」

 一語一句刻むように話すメーメンに、レオゼルは神妙な顔つきで頷いた。

「そうだな……確かに。今更言ったって、仕方がなかった。今の最善を考えよう。悪魔が最善とは笑えるね」

 自嘲ぎみな発言に笑うレオゼルの様子に、メーメンも微かに口角が上がった。

「あのエクソシストは我々を殺す手段を見つけたが、全ての武器に仕込まれているわけではない。現に、聖水を浴びせられたが、俺もお前もすでに治っている。要するに、危険なのは奴の持っている銃だ。もしくは弾丸」

「何か、変なもんでも混ぜたのかね」

 メーメンとレオゼルが考えていた時、言い合う声が聞こえてくる。それは次第に大きくなっていき、二人にも聞こえる所まで来ていた。

「だから、俺はお前と一緒に行きたくなかったんだ」

 低く擦れるような声だ。まるで獣の唸る声を思わせる。

「おい、それはこっちのセリフだ。お前が無茶をしなきゃ、あんな小娘はなんとかなった」

 対する黒いコートに身を包む者は心外とばかりに相手を非難する。

「ジャック、ジェイス、遅いかったな。その調子だと、うまくいかなかったか」

「お互いにね」

 現れた二人にメーメンは落胆しながら口を開くと、黒いコートの方(ジェイス)はレオゼルの失った腕に眉をひそめて応える。

 ここに集まる四人、否、四体は人の姿をしながらも悪魔だ。

 四者はそれぞれに何が起きたかを共有する。

 メーメン、レオゼルは言わずもがな、リチャード・カーター宅で指輪を探していたところへエクソシストのルーヴィック・ブルーが現れて戦闘。レオゼルは腕を失い、指輪も奪われた。一方、ジェイスとジャックは、カーター教授の息子、レイ・カーターを襲撃するも、どこからか現れたシスターの妨害を受け、見失ったのだった。

 互いに説明が終わるとレオゼルは「シスター?」と呟き、ジャックは「ルーヴィック?」と唸る。

「多分、あの神父のところのシスターだな」

 レオゼルの問いにジェイスは答える。

「だったら、あの坊やは教会に駆け込んだかもしれんな」

「なら、まずいんじゃないか? 聖域に逃げ込まれただけでも厄介だが、あの神父はやばいって噂だ」

 メーメンの予想にレオゼルが慌てるが、他の面々はそこまで慌てていない。

「まだ我々の名前はバレてないから、やり方はある。それよりも問題はルーヴィックの方だ」

 教会のエクソシストには退魔の方法、ルールがある。その中に悪魔の名前は重要な要素となるのだ。一方、ルーヴィックのようなアウトローのエクソシストは、そういったルール関係なしでシンプルに殴りかかってくる(まさにアメリカお得意の棍棒外交だ)。だがそれ故に、悪魔達にとっては危険。しかも今回、彼の武器には悪魔を殺す力があるのだから。

「ルーヴィックってのはアメリカのエクソシストだろ? わざわざ海渡ってきたか?」

 ジャックの問いには呆れの色が見える。そして、これからの動きを話し合っている時だった。

「指輪をあの人間が持っているのなら、まずは取り返すのが先決でしょうね」

 その声は彼ら四人の背後に現れた影から。即座に振り返る四人はそれまでとは違い緊張した面持ちになった。優しげな声だったが、その場を支配する力のある声だ。

「まったく。揃いもそろって失敗して帰ってくるとは。どれだけ私を失望させるのですか?」

「あんたがあの天使を殺さなけりゃ、エクソシストは今もアメリカにいたんじゃないか?」

 メーメンの腹立たしげな物言いに、影は少しイラだったように沈黙してから口を開く。

「あなた方が失敗ばかりするからでしょう? これ以上、役に立たないのでしたら、消滅させますよ」

 物腰は柔らかいが、内容は脅しだ。そしてただの脅しではなく、本当にやりかねないことはその場にいた者達には分かった。

「あの指輪は必要です。それにあの人間にいろいろ知られて動かれる前に何とかした方がいい」

「お前に言われなくても分かっている」

「そう。なら良かった」

 蔑みを含みながら一笑すると影は消えた。

 忌々しげに影の消えた方へ舌打ちをしてからメーメンは悪魔達に向き直る。

「エクソシスト狩りだ」

 四体の悪魔の目が暗闇の中で不気味に輝いた。

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