トイレの花子さん

椎名稿樹

トイレの花子さん

 トイレの掃除、それがあたしの務めなのよ。

 綺麗なトイレを子供たちに快適に使っていただく、それが何より嬉しいのよ。

 とは言っても、あたしは死んじゃって、あんたと同じ幽霊になっちまっているんだけどね。


 それにしても人体模型ちゃんがトイレに遊びに来るなんて珍しいこともあるもんね。

 えっなになに、寂しいから来ちゃったって。

 そだねー。人間の世界ではコロナウイルスってのが流行ってらしいね。そのせいでこの通り学校は休校だからね。子供たちの声がないから寂しいね。


 でもやだねー。いつの間にか学校の怪談で有名になっちまって。

 あたしは女だけど男子トイレも入るよ。勘違いしないでよ、掃除のためよ。もちろん人が来たら隠れるわ。誰も用を足しているところなんて見たくないからね。


『はーなこさん、遊びましょ』

 これが一番困るねー。あんたは基本的に理科室に居てるから知らないと思うけど、こう言ってトイレの個室のドアをノックする子たちがいるのよね。

「はぁーい」って返事してあげると大絶叫して帰っていくのよ。遊んで欲しいのか欲しくないのかよく分からないね。

 でも子供は可愛いわ。その無邪気な姿に癒されるわ。

 内臓を触られるとこそばいけど嬉しいだって。あんた内臓剥き出しだもんね。でもお互い子供たちに癒されてるんだね。


 でも今は寂しいもんだね。いつになったら子供たちは帰ってくるのかね。

 運動場できゃっきゃしながら走り回っている子供たちをトイレから眺めるのが好きなのにね。今は誰も居ない。寂しいもんだね。


 あっそうそう。暇だからって、あんた夕暮れに校内を走り回ったらダメよ。ガイコツちゃんとたまにかけっこしてるでしょ。

 子供はいないけど、たまに校長先生たちは来るからね。

 走ってるあんたたちを見たら心臓発作起こすからね。

 暇だったら今日みたいにトイレに来なよ。ガイコツちゃんも連れてきてもいいよ。あたしはいつでも歓迎だからね。


 そう言えばあの子は元気かな。

 あーあの子っていうのは、以前トイレで泣いてた女の子が居たのよ。たぶん虐められてるのね。可哀想に。そばに寄り添って頭を撫でてあげたわ。

 あはは。そうなのよ。あたしは掃除だけじゃないわ。こういう人生相談的なこともしてんのよ。もちろんあたしのことは見えないみたいだけど、ゆっくり心の声を聞いてあげたり、頭を撫でたりしてあげると少し楽にみたい。

 ちなみに、その子を虐めていた子にはあとでお灸を据えておいたわ。極上の恐怖を味わせてあげたわ。でもちょっとやり過ぎたかな……。


 あっそうそう、この前面白いことがあったのよ。

 聞きたいでしょ?

 いやね、この前、口裂け女ちゃんが来たのよ。最近みんなコロナのせいでマスクしているから自分のトレードマークを真似された気分だって。んでね、最近の女の子の間ではブラジャー型のマスクが流行ってるらしいわ。時代だねー。口裂け女ちゃんもそれ付けてみようか言ってたわ。

 あらやだ。あんた何鼻血出してんのよ。いやらしいわね。あたしので作ってあげようか? いらない、ってあんた失礼ねー。

 

 そこじゃないのよ。面白い話って。

 口裂け女ちゃんが夜道を散歩してたらマスクが落ちてたらしいのよ。しかも袋に入ってる状態でね。そう新品。

 んでね、そのマスクを持って来てくれたの。そしたらびっくりするくらい小さいのよ。実際にあたしの前でつけてくれたのよ。あの娘、口が広いじゃない。口が丸見えなわけよ。あたしもう爆笑しちゃって。笑いが止まらなかったわ。

 でも口裂け女ちゃん、それが気にいったらしくてね。しばらくこの路線で行ってみるらしいわ。意味不明だよね。

 何でも『アベノマスク』って言うらしいわ。


 あらやだ。もうこんな時間だわ。そろそろ掃除しないと。あんたも早く戻らないとガイコツちゃんが寂しがるでしょうに。

 久しぶりに楽しかったわ。

 お礼にアベノマスクあげるわ。何でも二枚入ってたらしくて一枚くれたのよ。あんたにあげるわ。ちょっとつけてみなさいよ。

 あら、あんた似合うわ。

 じゃーまたいつでもおいで。

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