昼の宴
ヴラスターリはじっと息を殺して下界を見つめた。たかだか階段を一つ、二つ登った五メートル、十メートル程度の差だが、地上には完全武装したストレンジャーの姿がある。
彼らはビルを取り囲み、用意周到に武器を持って、愚かな道化が来るのを今か、今かと待っている。
目的がわかっていれば、それに対応することは難しくない。
本当に?
脳内でずっとその疑問が浮かぶ。
朝から駆り出され、必要だと思われる書類――オーヴァードたちの個人情報、最新のデータを優先的に運ぶことになっている。
いくつかは未だにアナログな紙の書類だ。けれどそれには理由がある。
紙であれば盗みづらい。
データはネットワークからのアクセスを考えて非常に曖昧な立場にある。本当に大切なものほどアナログに。よく考えられている。それをまとめて運び出すというだけでもなかなかに大変だ。
段ボールに詰めて、あとは運ぶだけ。
その搬送班のヴァシリオスをヴラスターリは見送ることになる。地下のルートを通って移動するので、一階のフロアまでは一緒にいられる。
電気が落ちているので、段ボールをみんなで抱えて階段を通りながら移動するヴァシリオス、高崎、うさぎたちの一番後ろにいるヴラスターリはその香りを嗅いで足を止めた。
「きた」
自然と目が追いかけ、口にする。
今、地上まで降りてきたヴラスターリたちはそれを見る。
十二時ちょうど。
何かの音がした、と一人が気付いて空を見上げる。
青い空に黒い小さな――ドローンが泳いでいる。
違和感を覚えた者が慌てて銃口を向けようとしたとき、ドローンの吊るしたそれが先に動いた。
ステップを踏むように軽やかな弾丸の雨。数名のストレンジャーが声をあげ、慌てて隠れる。
空気が膨れ、爆ぜる。
ドローンが揺れた。
二発目の――小型の火炎武器を引き金をひいた。
混乱は一瞬で終わる、と思ったが、それとほぼ同時に黒い影が現れる。いつの間に、と思ったときにはそれはふらふらとストレンジャーへと向かっていく。全員がそちらへと発砲する。
集中攻撃。
黒い影が揺れて倒れる。けれどさらに攻撃をくわえる。オーヴァードは殺しても、すぐに復活する。
あっけない。
--あ
ヴラスターリは気が付いた。
攻撃が、ひとつ、減っている。また一つ――視線を巡らせる。空に輝く煌めき――スコープ。
それが一つ、消えた。
ようやく狙いがわかった。
地上から自分を狙うスナイパーの位置を把握し、叩く。
では地上にいたそれはなんなのだ。
「隊長!」
声をあげるストレンジャー。
悲鳴。
血。
倒れている黒崎。
混乱した集団の上に再びじわじわと音をたててドローンが接近し、何かが落ちる。
爆発。
誰かが笑う声がする。
土煙が揺らぐ。
そのなかに悲鳴が轟く。
土煙で見えないことがもどかしいと感じる、おおよそ一分間。
ようやく開いた視界。
映るのはストレンジャーの一人を倒し、笑っている男だ。
いつ、ここまで移動したのかと疑問に思ったが、オーヴァードならこの程度の移動はたいしたことではない。たとえば、ビルのところにいるスナイパーを殺し、その足で地上へと舞い戻ることも。
そのための時間は十分に稼いだのだから。
ストレンジャーたちが間合いを詰め、ナイフを抜くのより先にユキサキが動く。
ユキサキがゆらりと体を揺らせたと思ったとき、強烈な片足が一人を吹き飛ばし、もう一人の腹を穿つ。
接近してしまえば銃はただの威嚇にしかならない。よほどの手練れであれば別だが、ここにはそこまでの判断と攻撃を持つ者はいない。
彼は迷いのない一撃で一人を吹き飛ばし、背後から来た相手に見事な回し蹴りで首の骨を叩き折る。ようやく遠くに配置された第二班が気が付き攻撃の態勢にはいったのに彼は残っている生き残りに手を伸ばし、盾にした。
まだ生きている。その姿に誰もが動きを止める一瞬。彼は盾が持っていた銃の引き金を引いた。
弾丸の雨がふりそそぐ。
死体を捨てて一番身近なものの腕をとって顔面に膝蹴りを食らわせ、潰すとナイフを奪いとり、自分を狙う一人の脳天を貫くと四足歩行の獣のように身を低くして死体とものの間を移動していく。
「急いで移動するぞ!」
高見も相手の力量が理解して、焦った声で叫ぶ。
ヴラスターリはじっと見ていた。
ああ、空。青い空、汗をぬぐい、走るジャングル。そのなかで生と死は常に踊っていた。
強くなってニューゲームだ。なぁイクソス
笑う顔。
楽しそうに、殺していく。
彼も自分と同じだ。
人を殺すことが好きで、たまらなく退屈していて。
「ユキサキ!」
ヴラスターリは無我夢中で焼け焦げた、今は動かないロビーの透明な硝子に駆け寄り、両こぶしを叩きつけて魂の咆哮をあげる。
一人、また一人と確実に屠っていくユキサキはその声を聞いて足を止め、振り返る。
瞳に映る。
ああ、美しい紅。
思わず手を伸ばしても、届くことのない、
「カルタゴの空」
自分のことを必死に見つめ、声をあげている――空色の瞳。
心の底からの愉快さがこみあげて、戦いの場所だというのに立ち止まり、つい声をあげて笑っていた。
「あははははははははははは! ここにいたんだね、君は!」
とびっきりの笑顔を浮かべる。
とたんに胸に痛みが走った。
見ると、矢が突き刺さっている。
ああ、しまった。
毒矢だ。または催眠――
ぐらり、と体が崩れる。片腕でその矢を引き抜くことは出来たが、体が地面にキスをしていた。
世界が揺らぐ、意識が奪われていくのがわかる。
だが、毒でも、薬でもまわるまでは時間がかかる。
「リセット」
銃弾で自分を貫く。死ぬその一瞬はたまらなく気持ちいい。
かち。
黒崎の体内でなにかが音をたて、必死に逃げろと叫んだのとほぼ同時
爆発
ロス0.1秒
「あははははははははははははははははははははははは!」
なんていう爽快感だろう。
笑いながら立ち上がる。
こんなのでは敵に見つかってまうが、それも一つだ。
「オーヴァードって回復力がすさまじいのが玉に瑕だよねぇ。だって、血肉のなかに爆弾しかけてもばれないしさ」
ぺっと奥歯に仕込んだスイッチを吐き捨てる。
「ほぉら、強くなってニューゲームだ!」
近くにいたストレンジャーに掌打を放ち顎を砕いて気絶させ、その肉体を盾にして銃弾を連射。距離を縮め、さらにもう一人と獲物を取得しながら進む。と、腕に捕まれた男が叫んだ。
「俺たちの命は一つだ。それが、強味なんだよっ」
ほぉと目を見張る。
男は手榴弾のピンを引き抜き自殺して、仲間に託そうとしている。
「意気込みよし。しかし、命は大切にっ!」
自分ごと自爆しようとする男の腰にある獲物をとって素早く腹の肉を抉る。
ぐらりと体が揺れたのに、手榴弾をねじ込み、その場に伏せた。
爆発音。
血の雨がぱらぱらと降る。
爆弾関係はバケツでもなんでもいい、小さなものに叩き込めばその威力はなかに留まり、破壊力も半減する。
そんなことも教えてもらえなかったのか。
可哀そうに。
心のなかで祈りを口にしてさらに進む。まだ、まだ獲物はいる。
なぁ見ているか
「イクソス!」
硝子の前で顔を歪めているイクソスは咆哮をあげ、牙を剥いている。
その顔を見ると、もっともっと、ほしくなる。もっともっと、そうだ。ほぉら
「まだ、まだ足りないだろう?」
軽やかなステップとともに弾丸がつきた銃を捨てると横から鋭い光の矢が飛んできたのを間一髪で首を動かして避ける。
見ると、腹に穴のあいた黒崎が憎悪に満ちた目で睨んでいる。その片腕を伸ばして向けられる淡い光を集めた矢に目が眩む。
目隠し。
と思ったときはに横から撃たれた。痛みにくらりとしたが、それはやむことのない雨となって襲い掛かる。
「捕獲!」
「撃ち続けろ! 生き返るチャンスをやるな」
「殺し続けろ!」
集まったストレンジャーが手早くユキサキの肉体をタンカーに乗せ、さらに銃弾を撃ち込む。
いくつもの弾丸。
殺し続ける。
生き返っても死に続ける。
「倒せたのか?」
高見の声にヴラスターリはじっとその光景を見続けた。
このまま運ばれて、ストレンジャーたちの手に落ちる。いくつもの拷問と実験にさらされてしまう。
ユキサキが
胸が大きく脈打つ。
ユキサキが連れていかれる
苦しい。
ユキサキが連れていかれてしまう。私のたった一人の相棒が!
魂が燃えるような強烈な痛みにヴラスターリは手のなかに銃剣を生み出した。
「ヴラスターリ! なにをするつもりだ」
高見の声を無視してヴラスターリは硝子に血の弾丸を打ち込み、砕くとそのまま走り出そうとしていた。
だめ
行かせない
ユキサキ、お前を行かせない
「ヴラスターリ」
ヴァシリオスの声にぎくりとして、足を止めて、震える瞳で見つめる。
「……っ」
口を開いて、なにか声を出そうとして出来ない。このままだと、彼が連れていかれる。
見つめあう。
「ヴァ、シリオス」
「……ヴラスターリ」
切実な声に心が真っ二つに裂けてしまいそうだ。
自分は彼を知らない。これは過去に引きずられている自分の
「だって、ユキサキが……っ、死に過ぎたら、彼は」
オーヴァードは死に過ぎたらどうなる?
脳内に、ふと疑問がわいた。
オーヴァードは自分から死を選ぶことができる。戦うことを放棄し、死んだと自覚したとき、死ぬのだ。それを否定するだけの強靭な精神、己を信じること、大切なものを見失わないこと。
ユキサキはどうなのだろう?
ユキサキほどの男が容易く死ぬだけなのか?
楽しいことが好きで、けれど決して勝つ勝負しかしない。
ヴラスターリは振り返ると、その死体が笑っているように見えた。
「あ、あ……!」
オーヴァードであればたった一回きりの切り札。
オーヴァードの能力をさらに飛躍的に伸ばす方法で、死すら無意味になる方法。
それになるのは賭けだが、ユキサキだったらどうする? 勝ちか負けかわからなくても面白いなら、
--やろうじゃないか、イクソス
「だめ、殺さないで、殺し続けたらっ」
ヴラスターリはストレンジャーたちの背に向けて叫んでいた。
「そいつはジャームになる!」
撃ち続ける弾丸。
それが不意に止まったのに背後でフォロー役が不思議がって叫ぶ。
「どうし……いかんっ」
今まで銃の引き金をひいていた男の首からナイフが生えている。
そのナイフを投げたのは――タンカーの上に寝ていた男の片腕が天を突いている。
「あははははははははは」
狂うような笑い声。
狂気と衝動に飲まれ、死すら超えたジャームがそこにいた。
「さぁ、強くなってニューゲームだ!」
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