その5 最後の晩餐

 ▽


 文字通り「命を賭けた」賞金サバイバルゲーム・マゴン。不定期で開催されているこのゲームの準備が、いよいよ大詰めを迎えていた。ちょうど、最終参加者の見定めが終わり、迎え入れるところである。


 ——とある高校にほど近い公園。サバイバルゲーム・マゴンの運営局の一員であるピエロと名乗る男と、黒いセーラー服を着た少女が相対していた。少女の胸元で、学校指定の赤いリボンスカーフが揺れる。


「こうして参加を承諾した後で聞くのもいかがなものかとは思いますが……、あのゴスロリ娘からはどこまでお聞きになりましたか?」

「ゴスロリ娘……。あぁ、リリアちゃんのことですか? えっと、あのゲームの、次の参加者にアイツがいるってことと、ここに来れば私もそのゲームに参加できるってことくらい……、ですかね」


 思い出すような、ゆっくりとした口調で紡がれた黒いセーラー服の少女の言葉に、ピエロは眉を寄せる。

「ふむ。アイツとはどなたのことでしょう」

「殺したい奴のこと」

 間髪入れずに、はっきりとした返事だった。


 何度か瞬きをして、さして興味もなかったのかピエロは続ける。


「それが、あなたがゲエムに参加したい理由というわけですね」

「そう。何か問題でも?」

「いえいえ、問題なんてとんでもない。そうした趣向がお好きな方もおられますので」

「……?」


「こちらの話です。リリアがこのゲエムに参加者を推薦するのは珍しいですし、ゲエムを盛り上げたい運営局としては大歓迎でございます。それでは、能力の付与を行いますので、このまま所定の場所までご足労願えますか?」

「わかりました」


 男は口元の笑みをわざとらしく深めてから、公園の中心へ向かって歩き出した。

 てっきり公園を出て駅の方にでも向かうのだろうと考えていた少女は面食らった。しかし、それを表に出したのは一瞬で、すぐに冷静さを取り戻し後を追う。

 ピエロは少女の一歩先を躊躇いのない足取りで進んで行く。コツコツと二足の革靴が音を立てる。


 木製の、アスレチック遊具の傍で足を止め、男は少女へ向き直る。


「ああ、そういえばお名前をお伺いしていませんでしたね。教えていただけますでしょうか」

「まどか。ウィンドウの窓に、草が化けるって書く花。それでまどかです」

「ふむ。それでは窓花さん、能力はあなたの願いに応じてその性質を変えます。何を願うのか、着くまでに考えておいてくださいね」

 

「それはいいんですけど、どこへ向かってるんですか? これ、」

「嗚呼、これは失礼いたしました。ここですよ」

 ピエロは遊具を指さして言う。

「これ、ワープスポットとしてつないでもらったんです。便利でしょう?」


 窓花は男に促されるまま、アスレチックを昇る。青年と制服姿の高校生が公園の遊具の上で並んでいるその様子は、少なからず「非日常」を感じさせた。

「一名様、地獄へご案内いたします」





 △


 前準備というものは、もちろん本編のために行われるものであって、催事がないのであればそれが発生することはあり得ない。手段なのか目的なのか、その区別はつけておかなくてはならないはずだ。たとえ祭りの本番よりも「準備をしている段階」の方が楽しく感じたとしても。


 ——そんな風に思考して、青年は意味もなくかぶりを振った。

 準備をしている段階の方が楽しい、なんて青年にとってはあり得ない。そもそも、催事なんて終わってからが一番楽しいに決まっている。このゲームのように大きな賞金がかかっているものならなおさらのことだ。

 自身の仕事上の相方ともいえる存在なら、たどり着く答えは全く別なのだろうが。



 グレーのスリーピーススーツをかっちりと着こなした灰色髪の青年・郡馬條ぐんまじょうはいま、都内でも有数のタワーマンションの最上階で、刃物の整理を続けていく。

 大きさ違いで同じ形のシンプルなダガーナイフが数十本、青年の手で磨かれることを心待ちにしているかのように、床中に横たわっていた。それを一本ずつ丁寧に手にとっては、砥石で研ぎ、クロスで磨き、角度を変えて検分して、その美しさを確かめる。

 暗殺業を生業とする彼にとって、商売道具であるこのダガーナイフたちは「金を手に入れるための道具」として心から信頼を置いているものだ。


 ナイフを美しいとは思うけれども、彼の興味は専ら金銭に向いていた。金稼ぎが彼の生きがいであり、息抜きであり、生き様である。

 稼いだお金をどこへやっているかは、ビジネスパートナーである茜空夜のみが知るところだが、間違ってもタワーマンションを購入することに使ってはいないだろう。マンションの最上階の角を陣取るこの部屋は、件の相方の私物である。


「まったくあいつは……。時間通りに来るんだろうな?」


 自分以外、誰もいない空間で條は独り言ちた。何日も帰っていない家主のアホ面が脳裏に過ぎって、彼は再び首を振る。

「また現地集合になりそうだ」

 確信めいた予感を胸に、條はなおもナイフを磨く。





 ■


「私たちはもう殺しはしないの! そう約束をしたの」

「前回のゲームですか。まあ、私個人としてはその方が死体処理あとかたづけの手間がずいぶん楽になるのでありがたいのですけれど」


 とあるボロアパートの一室。青をベースカラーにしたパーカーに身を包んだ三人組と、ゴスロリ衣装の少女が話している。


「でも、ゲームを盛り上げるために派手な動きをしてほしいんですよね。運営局としては」



 このアパートは年季が入りすぎていて、ゴスロリ少女・リリアだけがこの空間からひどく浮いている。だが誰もそれを気にしている様子はない。四者四様の緊張感のなさだけが漂っていた。



 黒髪の少年が少しだけ申し訳なさそうに応える。

「それはそういう契約ですからね。わかってますけど……。どうすんの、瞳」

 少年が促した先で、何の悩みもなさそうな顔の赤髪の少女が笑っていた。

「だいじょーぶだってー! 要は、派手に盛り上がって見えればいいわけでしょ?」


「……? まあそうですね」


 すぅ、と大げさに息を吸い込んで、赤い少女が宣言するように言う。それはもう、デデーン! と派手な効果音が付きそうな調子で。

「うちの梅雨つゆなら派手に物だけ壊せるように能力調整できるはず!」

「げ、めちゃくちゃ人任せじゃん」

 梅雨と、不意に名前を呼ばれた金髪の少女が不満の声を上げた。


「お願い梅雨~、頑張ってよ~。終わったらお願い聞いてあげるから! って秋雨しゅうが言ってた!」

「へえ……? 言ったね?」

「巻き込むなよ……」

 少年は静かに異論を唱えたが、二人の少女がそれを聞いている様子はない。

 赤い髪の少女・瞳は「梅雨ならできる! だって天才だから!」と煽てているし、梅雨は梅雨で「当然でしょ!」なんて得意げになっている。秋雨とリリアは完全に蚊帳の外だ。


「あー……、そういうことみたいですね。盛り上げるのはしっかりやりますし、それでいいですか? 賞金を稼がなきゃ俺たち生活できないんで、やることはやる……はずです」

「…………まあ、いいですけどね」


 リリアが了承するまでに明らかに不自然な間があったが、秋雨は気付かないふりをして「ありがとうございます」と笑った。




 ◇


  サバイバル賞金ゲーム・マゴンの開催を翌日に控え、参加者予定者たちはそれぞれの時を思い思いの時を過ごしていた。能力を得て精度を高めようとする者、普段と変わらない日常を過ごす者、最後の根回しに励む者など様々だ。

 

 参加者の一人である落ちこぼれ寸前の大学生・住野守は、先輩に呼びだされてとあるマンションの一室に来ていた。守と同じ用件で他にも数人呼び出されていて、その全員が次のゲームの参加者である。


「住野ぉ、どうよ? カメラとかこの辺の機材とか、使えそう?」

 守たちを呼びつけた先輩・桐島多家良きりしまたからが尋ねる。今回の要件は、多家良が用意したビデオカメラや照明機器の取り扱い方法の確認だった。明日行われるマゴンの様子を動画として記録し、後日編集するための打ち合わせを兼ねている。


 多家良は動画投稿サイト・ToTubeに動画を投稿している人気ToTuberで、ゲームに参加することができたのもその活動が関係しているようだった。守はその活動を積極的に追っているわけではないが、どうやらやや「過激な」ネタや視聴者からの「タレコミ」をメインで扱っているらしい。


「大体わかりそうなんで大丈夫っすよ」

「やるじゃん! さすが元放送部!」

 多家良は本当に感心したようにそう言って、守の頭を無造作に撫でまわした。


 守が放送部だったのは高校生の頃の話だ。


 ——文化祭くらいしか活動をしていないような緩い部活だったものの、一通りの映像・照明・音響機材の使い方は学んでいた彼にとって、多家良の持つそれらに対応するのは難しくなかった。共に活動していた部活仲間と比べても、守は機材の扱いに慣れている方だ。わからないことはすぐに尋ねることができる環境に合ったのが大きいのだろう。

 無論、守の疑問に答えるのはいつだって無我愛悠美である。彼女は「天才」だから——。


 不意に脳が厄介な幼馴染のことを回想しそうになって、守は慌てて多家良に話を振った。


「い、いよいよっすね」

「お? 住野、緊張してんのか?」

「そりゃあしますよ。動画で見ていたあのゲームに参加する日が来るなんて、思ってなかったし」

「ま、そりゃそうかもな。明日はカメラにも映るわけだし。住野もこの機会にToTuberデビューとか考えてみるか?」

「いやあ、俺はそんな……。ちょっと楽しそうではありますけどね」


 言いながら、今目の前で話しているこの人も、よく考えたら日本中にファンがいるちょっとした有名人だと気が付いて、この収録が終わったら友人に自慢することを決めた。

 上手い具合に思考が紛れて守は内心で息を吐く。せっかく多家良に放送部で培った技術を買われて楽し気なイベントに参加できるのに、こんなところでまで惨めな気持ちになりたくない。それは守の本心だった。


「よーし、じゃあ最終の打ち合わせがてらみんなで飯でも行こうぜ。動画投稿者仲間とよく居酒屋があるんだ。もちろん、手伝ってもらうんだし俺のおごりだ」

「まじっすか!」

「なんたって明日の動画は視聴率も高くなること間違いなしだからな。俺、ちょっと奮発しちゃうよ?」

 気前のいい多家良の言葉に、守たちは湧き上がる。

 実際、明日のゲームの一部始終をカメラに収めることができれば、それは相当な話題になるだろう。マゴンにはそれだけバラエティを好む世間からの関心が集まっている。


「あ、住野」

「なんすか?」

「今回はやばめの話に首突っ込むんだから、あの女の子は置いて来いよ」

 浮つきかけた守の心が、スンと冷えていく。唐突な多家良の忠告に、否応なく彼女の存在を思い出した。


「悠美ちゃん、だっけ? お前と付き合ってないんなら俺んとこ来ねえかなあ。可愛いよなあ、あの子」

「はあ……。炎上しますよ、センパイ」

「とにかく。女の子を危険にさらすようじゃダメっしょ。ま、そもそもゲームの参加権もないんだから連れていく方が無理だけど」

 茶化すように言って、多家良は他のアシスタントたちに声をかけて玄関へと誘導しに向かった。


 守の幼馴染兼本人公認ストーカー・無我愛悠美は、彼のことを「絶対にろくでもない人」と評価していたが、やっぱりそれは穿った見方をしすぎだろう。あまり親しくないはずの悠美のことまで心配をするくらい、善い人らしいし。と、守はいつもと同じように脳内でそう結論付けて、センパイたちの後に続いた。


 そうして、ゲームの前夜は更けていく。

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結局世のなか愛と金 といろ @toiromodoki

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