白虎竜②


 明朝、ゾグルは精鋭5人を連れて湯のチャチャン・タップを遡上していた。報告の通り水深は足首程度でしか無く、浮き石さえ気をつけていれば移動に不安は無かった。


 今回の狩りは「飛ばし」で行う手筈となっていた。「飛ばし」は飛竜に対して用いられる方法で、挑発された竜が空を飛ぼうとした瞬間、無防備になった腹を狙うのだ。比較的装甲の薄い部位を狙いやすい利点がある反面、射程の短い火竜槍ファルゥスで飛び立つ瞬間を上手く捉える難しさがある。


 先頭を歩くゾグルが足を止める。視界の先、川がぐるりと湾曲した内側に石などが堆積して陸地が出来ていた。熊の背中のような大岩がいくつか並ぶその場所に薄灰色の塊が鎮座している。小さな山のようなその生き物は日の光を遮るため翼の内側に顔を隠し、尻尾を丸めて眠っていた。

 ゾグルたちは岩陰を縫うようにして慎重に近づいて行く。そして身の丈ほどの大岩の側に身を屈めると武器を包んでいた油紙を解いた。


 コージョーたち挑発係も既に配置を終えた頃だろう。ゾグルが鳥笛で合図をすると崖の上からも合図があった。

 

 川の流れに乗って、生暖かい風が肌を撫でる様に吹き抜ける。秋晴れの日差しがやけに眩しく、反射光が岩壁を白く塗りつぶす

 履き物の中は既にぐっしょりと濡れている。湿気を含んだ空気は重く、息をするたびに不快感がこみ上げてくる。

 鳥が1羽、バサバサと音をたてて飛び立った。

 ゾグルは背後の男たちに目配せをすると鳥笛で抑揚をつけた特徴的な音を吹いた。


 音色を合図に雷の様な轟音が谷を駆け巡る。それと同時に白虎竜ハ・ク・ルゥが悲鳴を上げ背中から血を吹き出した。今にも飛び出さんばかりに翼を広げた竜が野太い声で吠えると、森が震えて空気が騒ぎだした。

 竜狩りに使われる銃は親指の第一関節ほどの大口径だが、それでも数発では致命傷になり得ない。


 白虎竜ハ・ク・ルゥがその場で翼を2つはためかせると嵐のような大風が巻き起こった。ゾグルたちは外套を使って跳ね上がる水しぶきから火竜槍ファルゥスを守る。湿気った熱気が一気に吹き飛び、空気が透き通ったように感じる。


「頭骨は高く売れる。傷つけるな!」

遠くからコージョーの声が聞こえて、2度目の斉射が行われる。計十数発の鉛玉を受けた竜はようやく身を屈める。白虎竜ハ・ク・ルゥの前脚にぐっと力を入れて踏ん張った。

 ゾグルはそれを見ると号令をかけ、稲妻の如く走り出す。次の瞬間には、巨体は空を掴み中空へ飛び出そうとしていた。ゾグルは火竜槍ファルゥスの銃底を河原に叩きつける。


 瞬刻、雷鳴が走る。


 硝煙の匂いと白煙が当たりを包んだ。


 白虎竜ハ・ク・ルゥは天高く持ち上げた体に4本の銛を受けていた。

「逸れたか」

 ゾグルは小さく呟いた。

 白虎竜ハ・ク・ルゥは数度大きく羽ばたくと力なく低空を飛んだ。ゾグルはすぐに岩陰に控えていた男から2射目の砲を受け取る。しかし、巨体は水面の上まで着いたところで役目を終えたように沈んだ。その瞳は既に光を失っていた。


        ◯


 白虎竜ハ・ク・ルゥの亡骸は湯のチャチャン・タップを赤く染めた。この1頭で〈水車〉全員が1ヶ月以上暮らすことが出来る大物だ。

「大成功だな」

コージョーがゾグルに語りかける。

「あぁ。これだけの竜を誰一人欠けずに討伐出来たことは大きい。……やっと、やっとだ……。親父に……追いついた!」

 一際大きな背中をした男の瞳は歓喜に震えていた。


 不意に白虎竜ハ・ク・ルゥが眠っていたあたりで大きな声を上がった。トンイがゾグルたちを呼んでいるようだ。二人は大きく手を振って川岸へ向かう。

 彼は円を描く動作をしながら叫び続ける。

「……がある。こいつ、つ……だ」

 白虎竜ハ・ク・ルゥの解体作業音や、川のせせらぎで二人はうまく聞き取れることが出来なかった。

「何だってー!今向かうから待ってろ!」

 コージョーが大きな声で吠えるが、トンイは叫びながらこちら走ってきた。

「た、卵がある!」

 風が吹き、ふっと日が陰る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る