商館前にて



 タリサたち3人が拠点を置くのは国の北西から南東かけて斜めに貫く街道を少し外れた小さな町だ。近くの山林から採れる良質な木材は河川を利用し王都や港町まで出荷され、町の重要な収入源となる。町は国のほぼ中央部にあり、北部と南部を隔てる中央山系の谷間に位置している。

 つまりは、それほど人口の多くない田舎町だ。しかし、どうしたことか、タリサたちのいない数日間で町がにわかに活気付いているようであった。商店では食べ物が売り尽くされ、町で一番大きな建物であるマリバーンの商館には馬車が4台も止まっていた。


「何か大物の狩りがあるのかもな」

 ハンザは懐かしそうに言う。


 ハンザは名うての狩り人である。その実力は国でも当代随一とも謳われ、数多くの弟子を抱えていた。しかし、10年ほど前から一線を退き、大型の竜を狩ることは無くなってしまった。

 馬車の一台、ひときわ年季の入ったそれを見てハンザは顔色を変えた。

「ニア、タリサ、荷物を貸せ。討伐回収の手続きは俺がやっておく。お前たちはもう帰って……」

 ハンザの言葉の途中で商館の扉が開いた。


 中からは屈強な男たちが談笑しながら出て来た。そのうちの一人がハンザに気がつくと、辺りに妙な緊張感が走った。男たちが塊が割れて、奥からひときわ大きな男が歩いてきた。大岩のように頑健な筋肉は大柄なハンザより一回りも大きい。短く刈り込んだ髪と同じ栗皮色の瞳が放つ眼光は鷲のように鋭い。


「ゾグル……」

 ハンザに名を呼ばれた男は、ニアを一瞥すると鼻を鳴らした。

「親父。まだ、こんな女を連れているのか?」

 あからさまに見下されたニアは俯き、歯切りをする。

「誰と狩りをしようと、〈水車〉を離れた俺には関係ないだろう」

 ハンザは低い声で反論した。

「あんたは俺たち狩猟団〈水車〉の元団長だ。〈水車〉のハンザ・オーグといえば、脱退して10年たった今でも通った名前だ。そんなあんたが女なんか連れて狩りをやってたら、俺たちに迷惑がかかるんだよ」

「……ッ!」

 ニアは真っ赤になったと瞳でゾグルを睨むとタリサに荷物を預けて立ち去った。タリサは彼女が小さく「ごめん」と謝るのを聞いた。

「いい加減、親の名前で仕事を取らずに、自分の名で通る狩り人になったらどうだ」

 ハンザは遠ざかるニアの背中を見送り言う。

「なんだと。おい、もう一度言ってみろよ」

 ゾグルは今にも掴み掛からんばかり、真っ赤になった。

「もういい。タリサ、帰るぞ」

 ハンザは背中を向け帰ろうとする。

「タリサ? そいつが大修道院から引き取ったって言う孤児か?」

 タリサはキッとゾグルを見つめる。

「タリサ! 相手をするな!」

 ゾグルは気がついたように、タリサの前髪をかき揚げ顔をじっと見つめる。

「お前、左目が見えていないのか……?」

「見えていない訳ではないです。まだ、ぼんやりと光が見えます」

「タリサ!」

「親父は黙っていろ!」

 ゾグルはこれまでになく強い語気で制す。

「お前も狩りについて行っているのか?」

 タリサが頷くと、ゾグルはごつごつとした大きな手で彼の両肩を掴んだ。

「お前、このままだと死ぬぞ」

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