第57話 ドラゴンスレイヤー

 スルストが凄まじい勢いで斬り込んでくる。狙いはジェラールだ。その突進は私と相対していた時とは比較にならないが、ジェラールもまた私とは比較にならない腕前だ。


 スルストが薙ぎ払う大剣を流麗なステップで躱したジェラールが、双刃剣を旋回させてカウンターで斬り付ける。


 しかしスルストも驚異的な反応でジェラールの攻撃を躱し、再び反撃に移ろうとする。だがこれは1対1の戦いではない。


「ふっ!」


 スルストの注意がジェラールに向いている隙を狙って、私は背後からスルストの背中に刃を突き出す。これは最早剣闘試合ではないので卑怯も何もない。というより正攻法で勝てる相手ではないのだ。


 スルストはジェラールと戦っている最中にも関わらず私の奇襲に反応し、横に跳び退ってそれを躱した。やはり一筋縄では行かない。


 Gauu!!


 そこにスルストが飛び退った着地点を狙って、セオラングが体毛を逆立てて真空刃を放つ。どういう原理かは解らないが、魔物はレベルが上がってくるとこのような魔術的な能力を獲得する事が多い。ヘルハウンドやケルベロスの炎のブレスなどはその最たる例だ。それによって討伐難易度が跳ね上がるのだ。


「……!」


 スルストもこの連携攻撃にまでは対処できなかったらしく、僅かに回避が遅れその脇腹を真空刃が掠った。スルストの脇腹に一筋の傷が走り、血がパッと噴き出す。軽傷とはいえ、ドラゴンボーンが初めて傷を負った瞬間だ。



「ち……!」


 スルストが不快そうに眉を顰めると、セオラングに向けて大きく息を吸い込んだ。再びシャウトを放つ気だ!


『ནུ༌ཁུ༌རྗུ༌ཨུ༌』


 スルストの口から不可視のエネルギーが放出される。これは……シグルドが使っているのを聞いた事がある。『服従』のシャウトだ。スルストはセオラングを強制的に洗脳する気か!?


 だが私達が何かするよりも早く、不可視の力がセオラングを包み込む。セオラングが一瞬怯んだように身体を震わせる。


 スルストが龍の言語でセオラングに何かを命令する。どうなったのだ? まさか……



 私が固唾を飲んで見守る中、セオラングは…………スルスト・・・・に対して真空刃を放った!



「何……!?」


 スルストが目を見開いて真空刃を回避した。セオラングはより一層の敵意をスルストに向けている。『服従』の力が効かなかったのか。


「……どうやら既に自発的な意思で他の人間に服従した魔物は、強制的な洗脳効果を受け付けんようだな」


 それを見ていたジェラールが呟いた。そういう事だったのか。私は戦闘中ながらホッと一息ついた。だが安心してばかりもいられない。



「さあ、奴はシャウトを無駄撃ちした。冷却期間クールタイムが終わる前に一気に畳みかけるぞ」


「え、ええ!」


 ジェラールに促されて私は彼と共に再び攻勢に転じる。勿論セオラングも一緒だ。


 2人と1匹は連携を交えてスルストを攻め立てる。この中では最も強いジェラールを主軸にして私とセオラングがそれをサポートする形で波状攻撃を仕掛けていくが、それだけで倒せるほどドラゴンボーンは甘くはない。


 それどころか徐々に私達の連携攻撃に順応して、的確な反撃を繰り出してくるようになった。彼はジェラールを優先的に狙っているので辛うじて持ち堪えていられるが、如何にジェラールとてドラゴンボーンの攻撃を一手に引き受けていてはそう長くは耐えられないだろう。


 くそ……! 3対1だというのに、こちらが徐々に押され始めている! やはりドラゴンボーンの力は強大だ。このままでは地力で押し切られてしまう。


 私が強い焦燥を感じ始めた時……



「ジェラール!」


「……!」


 鋭い剣閃と共に、金色の人影が戦いに乱入してきた。サイラスだ! こちらを一方的に押し始めていたスルストがその剣閃に後退を余儀なくされる。


「ジェラール、危ない所だったな?」


「サイラスか……。ち……向こうはもういいのか?」


 サイラスに助けられた形のジェラールが少し顔を顰めて舌打ちする。このやり取りだけで、この2人の関係性がなんとなく解った気がする。サイラスが苦笑して顎で示す。


「御覧の通りさ。ブロルや他の騎士たちが頑張ってくれてるからね。魔物どもの足止めは彼等に任せて私達・・はこちらに加勢させてもらうよ。あの小さなドラゴンボーンが全ての元凶のようだからね」


「……!」


 サイラスの言う通り、確かにブロル達がミノタウロスや他の魔物ども相手に奮戦している。だが私はそこで気付いた。その中にあの女・・・の姿が無い。



「……やってやる。やってやるわよ。ドラゴンボーンはもう過ぎ去った悪夢なのよ。今度こそ……本当に、完全に終わらせてやるわ」



「……! カ、カサンドラ……!」


 サイラスの後ろにはいつの間にかカサンドラの姿もあった。剣と盾を構えて臨戦態勢だ。ただしその対象は私ではない。スルストに対して強い敵意と憎しみの視線を向けている。


 そしてそのままの目を私にも向けてきた。だが……


「……今だけはあなたと共闘してあげる。極めて不本意だけど、優先順位の問題よ。ドラゴンボーンは……この世には存在してはいけないのよ」


「……!」


 先程私がスルストに言ったのと同じ台詞だ。余り嬉しくない偶然だが、不本意ながら私以外で最もドラゴンボーンの脅威と歪さを認識しているのはこの女である事は間違いない。


 図らずもカサンドラ達と共闘する事になった。カサンドラとサイラスが加わった事で一気に戦力が増強した。




「雑魚共が……! どいつもこいつも……俺とクリームヒルトの邪魔をするなぁっ!!」


 苛立ちから咆哮したスルストが、大剣を振り上げて突撃してくる。こちらは大人数だが何故か『衝撃』や『冷気』といった攻撃的なシャウトを使って来ない。


 そこで気付いた。多分……私がいるからだ。強力なシャウトを使ってしまうと私を巻き込む危険性がある。それで使えないのだ。


「クリームヒルト、俺達から離れるな」


 同じ事に気付いたらしいジェラールの指示。必然私達は私を中心として一丸となってスルストに当たる形となる。



 攻撃能力に優れたサイラスとジェラールを主軸に、彼等の攻撃を躱されたらその穴を埋めるようにカサンドラが追撃を仕掛ける。私は常にスルストの全力攻撃やシャウトを妨害できるように、彼の攻撃範囲に入るような位置取りも心掛けながら攻撃に参加する。


 スルストがそれでも私を避けながら反撃しようとした所に、セオラングが絶妙なタイミングで真空刃を撃ち込んで妨害する。


 恐るべきはドラゴンボーンのポテンシャルか。この5対1の状況で尚、ほぼ互角に斬り結ぶ。いや、ただ単純に・・・5対1であったならば、サイラス、ジェラール、そしてカサンドラと一線級の戦士が揃っていてさえ、或いはスルストが勝っていた可能性が高い。


 ……彼が全力で・・・戦えてさえいれば。



「ぬ、ぬ……邪魔だ、クリームヒルト! 離れていろ……!」


 サイラス達の攻撃を捌きながら反撃を繰り出そうとすると、私がそれを妨害するように前に出る。途端にスルストの剣勢が弱まる。その隙を突いてカサンドラが奇襲を仕掛ける。勿論私も、そしてセオラングもそれに重ねるように追撃していく。


 私達の攻撃は辛うじて防げてもサイラスやジェラールの攻撃はそうは行かない。徐々に戦局が傾き出し、防戦一方になってきたスルストの身体に躱しきれない傷が増えていく。


 私達がドラゴンボーンたるスルストと互角以上に戦えている理由。それは……『私』だ。


 と言っても別に私の戦力が優れているからではない。いや、優れているどころか、この中ではセオラングも含めて戦力的に最も劣っているのは私かも知れない。にも拘わらずスルストを追い詰めている最たる要因が私である理由は簡単だ。


 私を殺す事ができないスルストの……いや、ドラゴンボーンの特性・・を利用して、私が彼の攻撃範囲に入って常に妨害する事によって、彼のシャウトも全力攻撃も封じているからに他ならない。


 それが無ければ私達は恐ろしいドラゴンボーンの力によって、とうに全滅していたかも知れない。



 皮肉なものだ。かつてシグルドが斃されたのもまた私が原因であった。あの時もやはり私を死なせる訳にはいかないドラゴンボーンの特性を卑怯者どもに突かれて、最終的にそれが原因でカサンドラに討たれる事になった。


 あの時とは状況は全く違うが、やはり私が原因でドラゴンボーンが追い詰められているという事実は変わらない。


 それでも私とジェラール、セオラングの3対1のままであれば、私というハンデがあって尚スルストが勝っていた事だろう。しかしそこにサイラスとカサンドラという大きな戦力が私達に加勢した事がスルストの命運を決定づけた。


 彼もまた、シグルドと同じく呪いに縛られた哀れな存在なのだ。



「ああぁぁぁっ!! 何故だぁ!! クリームヒルトォォォォォッ!!!」


 その本領を発揮できず、私達の連携の前に一方的に傷ついていくスルストが、慟哭にも似た絶叫を上げる。彼からすれば余りにも理不尽な状況だろう。救出に来た運命の相手・・・・・が自分の敵に対して味方しているのだから。そしてそんな私であっても尚、殺してしまう訳には行かないのだから。


「……っ!」


 私はその慟哭に胸を締め付けられる感情を味わった。彼は、彼自身は何も悪くないのだ。彼はただ純粋に・・・私をこの境遇から助けてくれようとしただけなのだ。その結果どうなるかなど彼は知らないのだ。


 だが……それでも私にはこうする事しか出来なかった。私の祖先が作り出してしまったドラゴンボーンの呪われた連鎖は、どうしても断ち切らねばならないのだ。それは私に課せられた使命であり、亡きシグルドと交わした約束でもあった。



「……ごめんなさいっ!!」



 私は万感の思いと共に……躊躇う事無く双刃剣の刃を真っ直ぐに突き出した。それは傷ついて隙だらけとなっていたスルストの喉元に深々と突き刺さって、首を貫通した!


「……っ!? ……っ!! !!!」


 スルストは自らの喉元を貫通した刃と……それを突き出した私の姿を交互に、信じられない物を見るような目で見比べた。ドラゴンボーンも本当の意味で不死身ではない事はシグルドが証明していた。これは……致命傷・・・だ。


 私は一切目を逸らす事無く、死にゆく彼の視線を受け止めた。



「…………」


 そしてスルストは傷口から大量の血液を溢れさせると、グルッと白目を剥いてゆっくりと仰向けに倒れ込んだ。そして二度と動き出す事はなかった。


 ドラゴンボーンであるスルスト・ムスペルムという哀れな少年の最後であった。

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