第50話 金と銀の乱舞

 ジェラールから勇気を貰った私は、双刃剣を携えて彼に見送られてアリーナへと歩み出た。さあ、いよいよだ。アリーナに出た瞬間、物凄い歓声と熱気が私に一斉に注がれた。


「……!」


 いつにも増して凄まじい視線の圧力に思わず怯みそうになってしまうが、私とて今までに何度も試合に出て場慣れしている身だ。すぐに胸を反らして、逆にそんな視線を跳ね除けるくらいの気持ちでアリーナの中央まで歩いていく。



『さぁぁぁ、紳士淑女の皆様! いよいよです! 遂に、待ちに待ったこの時が来ました! 今から行われるのは前代未聞の試合です! 恐らく皆様が一度は夢想しながらも、よもや実現するとは思っていなかった。そんなある意味で夢の、世紀の一戦が現実の物となったのです! このアルデバラン大陸を二分する超大国、我等がエレシエル王国と、北の侵略国家ロマリオン帝国の、それぞれの国を象徴するとも言える2人の貴婦人が、何と今からこの場で、互いに武器と武技を以って直接対決を行うのです! この大陸の歴史上、このような事態が未だかつて起きた事があるか? いいえ、決してありません! そして恐らくこれからも無いと断言できるでしょう!』



 ――ワアァァァァァァァァッ!!



 この熱狂もさもありなん。まさにアナウンスが言っているように、前代未聞の試合が今から行われようとしているのだから。



『そしてまず入場しますのは、皆様よくご存知、直近で【マスター】ランクへの昇格を果たした新進気鋭の女剣闘士にして、憎き北のロマリオン帝国の皇女でもある、【胡蝶】のクリームヒルト・ロマリオンだぁぁぁぁっ!!』



 ――ワアァァァァァァッ!!



 再びの大歓声。だが私の意識は既にアリーナにある対面の門に注がれていた。あの向こうに……ヤツ・・がいる。



『さあ、そして大本命の登場だ! 我々がその雄姿を見る事が出来るのは、過日のガントレット5連戦以来! 常勝無敗! 生ける伝説! 嫋やかな容姿と苛烈な戦技を併せ持つ奇跡の存在! 【剣姫けんき】カサンドラ・エレシエル陛下だぁぁぁぁっ!!』



 ――ワアァァァァァァァァッ!!

 ――ウオォォォォォォォォォォォォッ!!



 私の時よりも遥かに大きな歓声や、怒号のような叫び声まで聞こえる。魔物の服従という奇跡さえ為し得なかったかも知れないが、これだけ国民から圧倒的な人気と崇拝を得ていて一体何が不満だ?


 私の見据える先、門がスライドして開き、そこから私の銀髪とは対照的な金髪をたなびかせた女戦士が入場してきた。それは紛れもなくあの女……カサンドラ本人であった。


「……!!」


 そして私は目を瞠った。もしかしてという気持ちはあったが、まさか本当に予想が当たるとは。



 カサンドラの衣装・・は、あの時のガントレット戦の時と同じ物・・・であったのだ。


 即ち程好く鍛えられた太ももや腹部、上腕部、それに胸元などを大胆に露出した白銀の『鎧』姿であり、今の私と殆ど変わらないくらいの露出度の衣装だ。両手にはあの試合でも使っていた精緻な意匠の剣と小盾を携えている。


 私の衣装も肌の露出が極めて高いが『鎧』の色は黒と赤を基調としたデザインなので、白と青を基調とした『鎧』姿のカサンドラとは髪の色まで含めて対照的であった。



「……前の試合もそうだけど、自分から好んでそんな姿になるだなんて、お前が露出狂とは知らなかったわ」


 目の前まで歩いてきたカサンドラに痛烈な揶揄を浴びせる。しかしカサンドラはピクッと眉を上げただけで、むしろ何がおかしいのか口の端を吊り上げた。


「あら、やっと私の前でまともに喋ってくれたわね。懐かしいわ。あのフォラビアで私を散々罵倒してきた高貴な皇女様が、ようやくご復活あそばされたようで何よりね」


「……っ」


 今までカサンドラの圧力に怯んで、対面してもまともに喋れなかった事を揶揄し返されて私は歯噛みした。カサンドラは自分の身体を見せつけるように両手を広げた。


「あなただけそんな恰好じゃ不公平でしょう? 私は自分が有利になるアンフェアは嫌いなの。だから私も、見栄え重視で鎧としては役に立たないこの姿を選んだという訳。納得した?」


「……その余裕が命取りになるわよ」


 自分でも少し負け惜しみじみてると思いながらも、私はそう返すしかなかった。カサンドラはその笑みを増々深くする。




『さあ……それでは両者、準備はいいか!? 試合……始めぇぇぇェェッ!!』




 ――ワアァァァァァァァァッ!!



 観客席の大歓声と共に、カサンドラとの試合の火蓋が切って落とされた!


 私は双刃剣を構えて……その場で待ち・・の体勢になった。ジェラールから聞かされたカサンドラの戦闘スタイル、それに以前のガントレット戦からも明らかなように、カサンドラの戦法は相手に攻撃させてそれを受け流して反撃するという、いわゆる「後の先を取る」スタイルである。こちらから迂闊に攻撃を仕掛けるのは悪手だ。


 果たして剣盾を構えたカサンドラも、やはり待ち・・の体勢になっていた。試合開始直後、一瞬だが奇妙な「間」が生じた。


 するとカサンドラがこちらの考えを読んだように、再び口の端を吊り上げる。


「私が自分からは攻撃できないとでも思ってるの?」


「……!」


 私が警戒の度合いを上げた瞬間には、カサンドラが自分からこちらに向けて踏み込んできた。純粋な筋力や脚力の問題か、ジェラールやルーベンスの踏み込みに比べるとやや遅い。しかしそれは比較対象が悪いだけであって、女としては驚異的な速度の踏み込みだ。


 だが事前にルーベンスと戦った経験が活きている私は、辛うじてカサンドラの踏み込みに対処できた。


 奴が真っ直ぐ剣を突き出してくる。私は双刃剣の一方の刃でその突きを受ける。そして間髪入れず柄を回転させて、もう一方の刃を掬い上げるようにしてカサンドラに斬り付ける。


 だがカサンドラは素早く後ろに身を引いて私の斬り上げを躱した。相当の身のこなしだ。私が斬り上げを空振りした隙を突いて、カサンドラは左手に持つ盾を面にして薙ぎ払ってきた。奴の得意技シールドバッシュだ。


 面で迫る金属の塊は立派な凶器だ。私は慌てて飛び退ろうとするが、斬り上げを躱された直後だった事もあり、僅かに間に合わずに盾の先が当たってしまう。


「ぐ……!」


 直撃は避けたとは言え、肩口に喰らった衝撃と痛みに呻く。くそ……かすっただけでこの威力、こいつ本当に女か!?


 だが私が痛みに呻く間にもカサンドラは容赦なく踏み込んで追撃してくる。くそ、体勢を立て直す暇がない!


 今度は剣を斜めに斬り下ろしてくる。私は身体を捻るようにしてそれを辛うじて躱すが、そこに再び盾の一撃。今度は先端で殴り付けるような攻撃だ。


「がっ……!」


 咄嗟に双刃剣を掲げて受けるが、そのなけなしの防御の上からカサンドラの盾攻撃が私の身体全体を揺さぶる。私はその衝撃で更によろめく。完全にカサンドラに主導権を握られてしまった!



 同様の攻防が何度か繰り返される。致命傷になりかねない剣による斬撃だけは必死に辛うじて回避しているが、盾による追撃までには対処できない。


 防戦一方の私は、盾攻撃によってどんどんダメージが蓄積されていく。既に身体のあちこちに打ち身による痣が出来始めていた。だが痣などいくら作っても、一回斬られるよりマシだ。


 しかし無理な防戦による体力の消耗は如何ともしがたい。カサンドラはまるで息を切らしたようすもなく私を追い詰めてくる。このままではいずれ遠からず、奴の凶刃が私の身体に食い込む事になる。


 リスク覚悟で……反撃をするしかない!



「く……そおぉぉぉぉっ!!」


「……!」


 私は半ば崩れた体勢を無理に立て直そうとせずに、カサンドラの脚を狙って双刃剣を強引に斬り払った。奴も太ももを露出しているので刃物による斬撃を脚に受けたら、当たり所によっては致命傷を負いかねない。


 カサンドラは攻勢を中断して、後方へ跳び退って私の斬り払いを躱した。一瞬だがなけなしのインターバルが出来る。私は尻餅を着いていた体勢から強引に立ち上がる。

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